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サイボウズ式:縄文時代、社長も上司もいないのに組織が成立していたってホント? 考古学者と組織の起源をさかのぼってみた

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突然ですが、縄文時代に"上司"っていたと思いますか?

「働き方改革」が叫ばれる昨今。固定デスクの廃止やリモートワークの推奨などが進み、「会社が社員を管理する」ようなシステムが変化し始めています。

しかしそもそも、会社が存在しなかった時代って、みんなどう協業していたのでしょうか?例えば縄文時代に上司や社長はいたの?

考古学者の岡村道雄氏に、縄文人がどう暮らし、どう働いていたのか聞いてみました。

「協業」はどう始まったのか?人類の組織化の原点を探る


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岡村道雄(おかむら・みちお)さん。考古学者。1948年生まれ。東北大学文学部卒業、同大学大学院修了。東北大学、東北歴史資料館、文化庁、奈良文化財研究所などで勤務。専門は日本の旧石器時代から縄文時代、埋蔵文化財保護。主な著書に『縄文の生活誌』『縄文物語 海辺のムラから』『貝塚と骨角器』『縄文人からの伝言』『やってみよう縄文人生活』などがある

根岸:考古学のレジェンドでもある岡村先生から直々にお話を聞かせていただけるなんて、とても光栄です!今回は「組織化の原点」や「縄文人の働き方」について、考古学の視点からお話しいただきたいと考えています。

岡村:なかなか難しいテーマですね。そもそも考古学は、遺跡遺物という自らは語らないものから歴史をつむぎだしていく学問なんです。

根岸:遺跡から発掘された石器や祭祀具、人骨などから、年代を特定したり、そこにいた集団がどんな生活をしていたのかを考えていくわけですよね。

岡村:そうです。だからその時代の人間がどういう気持ちで、何を考えて組織化したのかというような、目に見えないものを実証していくのは、学問として、実は非常に不得意なんですよ。

でも、無文字社会の姿を物的証拠から明らかにしていくことができるとしたら、それは考古学以外にはありません。どこまで協力できるかわからないけれど、いっしょに考えてみましょう。

縄文時代のムラ組織は、人類の組織化の原点?


岡村:組織化の原点について、イメージしやすいのは「村」ですね。旧石器時代に遊動生活をしていた人間たちは、地球環境の変化にともなって、次第に定住生活へと移行し、縄文時代のころには数多くの村が生まれました。縄文時代のモデル村、通常の村の形は円形、環状の村です。

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縄文モデル村は墓を中心に、広場、住居、貯蔵庫などが円形に配置されていた

岡村:集落の真ん中には広場があり、その中心には墓地がありました。広場を囲むようにして、縄文人の住処である竪穴住居が配置され、そのさらに外側にゴミ捨て場や、食べ物を貯蔵する穴がつくられていたんです。

根岸:中心が墓で、円形に配置されていたと。

岡村:縄文時代の墓地というのは、共同体における精神的な拠りどころだったんです。

根岸:ということは、墓地を中心とした広場でお祭りなども?

岡村:開催されていました。いまでも葬式は最大のお祭りでしょう。お盆や法事もそうですよね。

しかし、縄文人の生活が現代人の生活と違って特徴的なのは、霊的な存在を共同体の中心に据えつつも、ムラとして組織化された実社会のなかでは、中心となるようなボスや偶像を置かなかったという点です。

なぜ「ボス」がいなくても組織が成り立つのか


根岸:なぜボスがいないんですか?

岡村:共同体の真ん中に権力を置かないことで、みんなが等距離にある状態をあえてつくりだしていたと考えられます。心理学的にいうと『中空の原理』ですね。

根岸:しかし、組織的に狩りをしたり、木の実を収穫したり、工事をしたりする際に、ボス的な存在なくして、どのように協業を成り立たせていたのでしょうか?

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岡村:階級が上の"ボス"ではなく、各種の協業ごとに"リーダー"的な人はいたと思います。リーダーがいなければ成し遂げられなかったような事業の痕跡も残されていますし、埋葬されていた人物の副葬品からは、例えば弓矢をそなえられた狩りのリーダーや、マダイの頭や亀の甲羅で作った装身具を持った漁の名手などが推測できます。

根岸:リーダーはいたんですね。

岡村:そう。ただ、それは弥生時代以降に見られる、特定の原料・設備・技術などを独占し、直接生産にかかわらないような"ボス"ではなかったと思います。

縄文時代には、個々の能力差、得意分野の『違い』は存在していましたが、取り分の大小が決まるような『階級』はおそらくなかったはずです。

根岸:どうしてそう思われますか?

岡村:理由はいくつかあります。たとえば集落内に、溝や塀などで区画されたり、特別な場所を占有したりする居住跡がないこと。特別な構造や規模の施設、財産を副葬した大きな墓などがないこと。みんなにほとんど差のない土坑墓が用意されていたことなどが挙げられます。

根岸:縄文時代の人類は、どうしてそのような組織を実現できたのでしょうか?

岡村:それは縄文人が、努力=物質的対価、経済的対価というような思想ではなかったからだと思います。

彼らは常に自然の摂理のなかに生きていて、自分たちは自然の恵みによって生かされているという考え方を持っていたのです。

根岸:では、富の分配はどうなっていたのでしょうか?

岡村:平等に分配されていたと思われます。考古学的証拠で言うと、シカやイノシシを獲ってきたときに、彼らはそれを解体して、パーツごとに小分けにしています。マグロも、30cm幅くらいの大きさでぶつぎりにしているんです。

収穫があったときに、組織の中で誰かがそれを独占するのではなく、自然からの賜りものを皆で分けたと理解していいでしょう。

根岸:自然からいただいたものなのだから、感謝の気持ちを持って、みんなで平等にいただこうよということですね。

岡村:彼らは自然のめぐみをもらうだけでなく、ときには栗林や里山なども育てました。食料も薬も道具も、すべて自然物を利用し、常にその恩恵にあやかっていたんです。

だからこそ、収穫は自分たちの努力だけで得られるものではないということも、人間は自然摂理のなかでしか生きられないということも、当然のこととしてわかっていたんでしょう。

縄文時代には"社長"も"上司"もいない


岡村:縄文人って、誰にも雇われていないし、誰も権力のために仕事をしていないんですよ。

根岸:縄文時代には、"社長"も"上司"もいなかったんですね。フラットな関係のチームの中で、リーダー的な人はいたけれども。縄文時代の組織では、どんな風に仕事を分業していたんでしょうか?

岡村:おそらく、その集団のなかで自分ができることを自分ができる範囲でやっていたんじゃないかと思います。

たとえば漆(うるし)について詳しくて漆器を作るのが上手なら、それを誇りにして皆のためにやるという、ゆるい役割分担で。

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根岸:「俺、それ詳しいからやるよ~」というような感じで、手を挙げていたのですかね。

岡村:おそらくそうだと思います。富の分配は平等だったので、たくさんの報酬がもらえるから仕事をやるのではなく、自分が得意なことをみんなのために役立てるという雰囲気があったのではないかと。精神的にレベルが高いですよね。

ちなみに、縄文時代ではひとつのムラがひとつの場所に、数百年~数千年も継続してとどまっていた形跡があります。これはその集団が精神的にものすごく安定していたから獲得できた持続性だろうと思います。

根岸:1000年も!すごいですね。

私たちは「定住生活にまだ慣れていない」?


根岸:その精神的に安定した共同体の構造も、弥生時代の水稲耕作を中心とした生産経済が導入されていくなかで変化していきますね。

岡村:そうです。弥生時代になると、人は土地を占有するようになります。囲い込んだ土地で人は米作りを始め、鉄というハイテクも入ってきます。生産力が上がれば、権力者も出てきます。獲れた米を税金にして、権力者は一次産業にかかわらなくなります。

根岸:一気に現代的な話になってきますね。

岡村:それ以降は、ひたすら人工的な組織が増殖していく歴史です。その行き着いたところが、いま、私たちが生きている時代ですね。

根岸:困難としか言いようのない時代だと感じています。

岡村:では、なぜ困難なのか。それでいうと、少しおもしろい話があります。国分功一郎という哲学者が書いた『暇と退屈の倫理学』(太田出版)という本を知っていますか?

根岸:読みました。遊動生生から定住生活になって「暇」を得た縄文人についての考察がありましたね。

岡村:この本はわたしが書いた『縄文の生活誌』(講談社)からも多く引用してくれています。

まず、本格的に定住を始める以前の人間というのは、血縁を中心とした家族単位の集団が遊動しながら、目的に応じてほかの家族集団とくっついたり離れたりしながら、フレキシブルに連帯していたと考えられます。

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『縄文の生活誌』(著:岡村道雄/講談社)。岡村先生の考古研究の成果が詰まった学術書。縄文時代の生活を想像した「物語」が挿入され、それがとてもドラマチックで感動的な一冊

岡村:父ちゃんが死んだら、新しい父ちゃんの集団に入るとか、女ばかりが多くなったら、男に偏った集団とくっつくとか。さまざまな理由で、いっしょになった方がよければそうしたし、相性が合わなければ離れるというようなかたちをとっていました。

根岸:先生の本には、『石器材料の入手などに関して、ある種の契約を結んだ小集団同士が、草花の開花や鳥の渡りなど、季節の変化を目印に集合して、共同で活動していた可能性もある』と書かれています。現代の組織で考えると、プロジェクトごとに結集するチームのようです。

岡村:いまのように細分化された役割分担ではなかったと思いますが、自由に集団を組み替えることが、目的を果たすためによかったからそうしていたと理解することはできますね。

根岸:現代の、特に日本のように、大学を卒業して新卒で入社した会社にずっと所属して......というのが、いかに不思議な生き方なのか、考えさせられますね。

岡村:働き方もそうですが、現代の私たちは家を持ち、一カ所に定住して暮らしています。人類400万年の歴史のうちで、現在も含めて人間が本格的に定住したのはどのくらいの時間かというと、たったの1万年程度なんですよね。

根岸:人類の歴史のほとんどが遊動生活。

岡村:となれば、私たちはまだ、定住生活に『慣れていない』とも言えます。人類は定住できなくて遊動していたのではなく、遊動が本来の生態に一番合っていたから定住しなかったと考えることもできるわけです。

根岸:会社組織に所属して何十年も一社で働くのも、どこか同じ場所に何十年も住むのも、もしかしたらそもそも人間という生き物に向いていないことなのかもしれないですね......。

そういえば、本の中で、「現代に、ゴミの分別や掃除がなかなかできない人がいることや、子どもがなかなかトイレでの排泄を覚えられないのも、定住化にまだ適応できていないことを表しているのではないか」という言及もありましたね。

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岡村:人は本来、どこかに縛られることなく、もっと自由に生きていたのでしょう。

だからいま、会社をやめて旅に出るんだとか、自分の生きる目的はこうじゃないとか、現在の状況から解き放たれようとする動きがあるとすれば、それは人類の本来的なフレキシブルな生き方に回帰するようなものかもしれません。

人類が社会的動物として生きていくこと


岡村:結局、会社組織もそうですが、家族や地域集団だって組織です。私たちは縦も横もある何らかの共同体に属して、1人では生きられない社会的動物である人間として生きています。

であれば、縦横どちらか一方に偏るのではなくて、どちらもバランスよく積み上げていくことが大切ではないかと思います。

根岸:はい。

岡村:それはいま、自分が持っている人のつながりとか、自分を取り巻く環境のなかでしか積み上げていくことができないものでしょう。

それを踏まえた上で、自分はどういう人生を選択して、どう幸せに、平和に生きていくか。風土とともに生きることから、それを考えていかないといけないのが現代人かもしれません。

岡村:風土とともに......。考えさせられます。

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岡村:それによって、人は自然のなかに生かされている、自分という人間のポジションを知ることになるでしょう。縄文の思想というのは、人間が動物として幸せに生きていくために大切なことなんです。

自然の一部として生きて、私利私欲ではなく、みんなのために仕事をして、最後に自分はかっこよく生きてこれたと総括できたら、それがきっと幸せな人生というものだろうと思います。

根岸:先生、このたびは縄文愛、そして人間愛にあふれるすばらしいお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。縄文スピリット、今の時代の働き方を考える上でも知っておきたい、大切な精神性かもしれないですね。

ライター:根岸達朗+ノオト/カメラマン:小野奈那子

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本記事は、2017年7月5日のサイボウズ式掲載記事縄文時代、社長も上司もいないのに組織が成立していたってホント? 考古学者と組織の起源をさかのぼってみたより転載しました。