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プロは舞台裏の努力を評価に入れるべきなのか

2014年07月22日 17時26分 JST | 更新 2014年09月20日 18時12分 JST
MjDigitalArt via Getty Images

シドニーから3大会連続で五輪に出場した元陸上選手と、一緒に考え、議論を深めます。議論は週刊誌AERAの連載で紹介します。いただいたコメントを抜粋・要約することもありますがご了承ください。

 前回のテーマ「プロは勝つべきか、それとも魅せるべきか」の議論の中で、プロは結果が全てで、例えばスポーツ選手であれば勝利することが全てでプロセスは関係ない、というご意見をいただきましたので、少しそれを掘り下げて考えてみたいと思います。

 チームが勝つために最もよいと思われるメンバーを選ぶことが監督の仕事だと思われます。たとえ誰よりも努力した人がいたとしても、その人の実力が劣るようであれば代表から落選します。そしてそのチームが勝つかどうかでファンも評価するのではないでしょうか。選考理由が「頑張っているから」「いいやつだから」という理由では、おそらく納得されないと思います。

 

 昨年佐村河内守さんが、ご自身が障害者ではない、ということが発覚した時、せっかくいい曲だったのにという意見がありました。佐村河内さん自身に関しては、詐称して障害者手帳の交付を受けていた等問題があると思いますし、そもそも新垣隆さんの作品ではないかという観点もあると思います。ですが、いくら背景が変わっても、誰が作ったとしても、出てきたプロダクトの質は変化しません。曲は曲なのではないでしょうか。

 プロの表現者の世界は、アウトプットしたものを消費者に買っていただく世界だと思いますが、その場合舞台の裏にある努力や個人的な背景も評価に加えるべきでしょうか?

 舞台裏で何が起きているかを評価に反映させると、本番の結果に甘い社会になるように思います。たとえ結果が出なかったとしてもそれまでに頑張っていた経歴さえあれば評価が甘くなる。中には一生懸命頑張っているふりをして、本番の評価に下駄を履かせようとする人も出てくるかもしれません。

 一方で、頑張ることや誠実にやることに重きを置く社会にもなりえます。結果はともあれプロセスを頑張れば評価してもらえるからです。より多くの人が努力し誠実に生きるようになり、全体としてはレベルが上がる可能性もあります。

 舞台裏を評価するのか、それとも舞台でのパフォーマンスだけを評価するのか。果たしてどちらがより好ましいのでしょうか。

 今回もぜひ皆さんのご意見をお待ちしています。

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