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サッカーの日本代表は責任を取るべきなのか

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シドニーから3大会連続で五輪に出場した元陸上選手と、一緒に考え、議論を深めます。議論は週刊誌AERAの連載で紹介します。いただいたコメントを抜粋・要約することもありますがご了承ください。

サッカーの日本代表が予選リーグ敗退に終わりました。事前の国内の評価からすると期待外れ、FIFAランキングからすると予想通りといえる結果に終わりました。そして試合が終わった現在では、各メディアから一斉に批判を浴びていて、責任を取れという声も出ています。
 
例えば企業の場合、事前に企業が発表した目標をもとに株主は株式を購入しますから、仮に株主の期待を裏切った結果を残した場合、金銭的損害を株主に与えるわけです。このことに対し株主が企業に責任を問うのは許されるのではないでしょうか。

また政治家がマニフェスト等に書いてある目標を達成できなかった場合、それをもとに投票した国民が政治家に責任を問うということも理解できます。実際に国民の生活や財産に影響するからです。

実害があったという過去のことに対しての責任を取るため、また今後被害がこれ以上拡大しないため、両方の観点から責任を取らせることは正しいように思えます。

ところがサッカーの日本代表の場合、実害を被っている人が極めて見えにくい状況にあります。批判の中に、日本を代表していたのに負けて、日本の世界でのプレゼンスが低下した、という意見がありますが、彼らは実力で選抜されたわけですからあれ以上のチームは今のところの日本では組めないと私は考えます。多少は代表としての責任はあると思いますが、それほど大きな損害を与えたとは思えません。

強化費に日本のお金が使われているという意見がありますが、これも多少は加味する必要があるとは思いますが、それほど大きい予算ではないこと、さらにはJFAが自助努力で稼いでいる事を考えると、さほど問題とは思えません。

現実的に誰かが具体的にこんな損をしたという例がさほどない中で、世間から責任を取れという声がある。これは果たして許されることなのでしょうか?代表を批判することはただ不満をぶつけているだけか、それとも現実的に彼らを責める理由はあるのでしょうか。

サッカーの日本代表に責任を取れと求めることは、許されるのか許されないのか。許されるとしたらその根拠は何か。ぜひ皆さんのご意見をお待ちしています。