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クマムシ博士・堀川大樹 Headshot

クマムシこそ真の最強生物である

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最強。人々を熱狂させる魅惑の言葉だ。最強の存在を無意識に求める私たちの欲望は、映画や漫画に登場する最強のキャラクターなどに投影されている。また、人類最強を決定する格闘技の催しが大晦日にたびたび行われている。実際、人類はこれまで、個人そして組織を単位として最強を競い合ってきた。その負の側面として、戦争が挙げられるだろう。スポーツは平和的に行われる疑似戦争と見なすこともできる。いずれにしても、人々が最強を求めるのは、道徳的な善悪とは別のところにある本能的な欲求だと思われる。

クマムシという生物がいる。私が研究の対象としている生きものだ。この生物はしばしば、地上で最も強いと評される。そう、私たちが崇拝すべき「最強」生物なのだ。

クマムシは体長が0.1~1.0ミリ程度の、4対の肢をもつ微小な生物である。歩く様子がクマに似ていることから"water bear"とよばれる。クマムシは昆虫ではなく、緩歩(かんぽ)動物とよばれる分類群に属する。現在までに、1000種類以上のクマムシが記載されている。道路上の干涸びたコケなど、私たちの身近な場所にもクマムシが棲んでいる。

驚くことに、陸に生息するクマムシは、体の中から水が抜けてカラカラになっても死なない。この乾燥した状態はいわゆる仮死状態であり、「乾眠(かんみん)」とよばれる。乾眠状態にあるクマムシは見た目はただの石ころのようであるが、水を吸うと何事もなかったかのように、再び動き出す。

クマムシは放射線にも非常に強い。通常状態および乾眠状態のクマムシは、ヒトの致死量のおよそ1000倍に相当する線量の放射線を浴びた後でも生存できる。また、クマムシは乾眠状態で-273℃の低温、+100℃の高温、紫外線、水深1万メートルの75倍に相当する圧力、真空などさまざまな種類の極限的ストレスに耐えられる。

さらに、宇宙空間に10日間曝露された乾眠状態のクマムシの一部が、地球に帰還後に復活したことも確認されている。この実験ではほとんどのクマムシが多量の紫外線照射のために死滅してしまったが、わずかながら生き残った個体がいたという事実は、クマムシが他の生物に比べてきわめて高い耐久性を備えていることを示している。

このように、クマムシは生物界で最強ともいえる耐性をもっているのだ。クマムシの耐性や生態についてさらに知りたい方は、9月15日発売の拙著『クマムシ博士の「最強生物」学講座―私が愛した生きものたち』を読んでいただければ幸いである。本書はクマムシの他にも常識破りの生物たちのエピソードが盛りだくさんなので、生き物好きの方にはきっと楽しんでいただけると思う。

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クマムシ博士の「最強生物」学講座ー私が愛した生きものたちー

さて、Webナショジオ上でクマムシに対して強烈な野次を飛ばしている微生物学研究者がいる。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高井研博士だ。微生物学者である高井氏はクマムシが「最強」の肩書きをもつことをお気に召さないようで、「へっ、なにがクマムシだよ。あんなプニュプニュのユルユル歩きなんて、相手じゃねえぜ。地球最強はアレよ、極限環境微生物よ。そらそうよ。」と威勢良く書き立てている

そして攻撃的な批判の矛先はクマムシのみならず、クマムシ研究者である私にも向けられている。大御所とよばれるような研究者が、面識の無い下っ端研究者に対して「堀川許すまじ!」と大人げもなく食ってかかるとは、よほど腹に据えかねたのだろう。

高井氏の主張は「極限環境微生物こそが地上最強の生物である」というものだ。彼は、クマムシと極限環境微生物の耐性の度合いを比較し、こう結論づけたのだ。なるほど、確かに高温や極端なpHなど、極限環境微生物よりもクマムシの方が耐性が低かったりと、一見すると極限環境微生物の方が「地上最強生物」の称号にふさわしいように感じる。

ところが、高井氏が行った比較の仕方はフェアではなく、欠点がある。そして見方にもよるが、やはり結論としては、極限環境微生物ではなく、クマムシこそが地上最強生物といえるのである。私が高井氏の所属する海洋研究開発機構のしんかい6500によって海底に沈められるかもしれない危険を覚悟の上で、この理由を以下に述べていきたい。

まず、クマムシと微生物では種数に大きな差がある。上述したように、クマムシはこれまでに1000種が記載されている。一方で微生物――ここでは細菌のことであるが――は、100万種類を大きく上回る。未知の種も含めると、トータルでは数億種以上が存在するとする仮説もある。属する種数が大きく異なるグループどうしを比較し、耐性能力の優劣を比較するのは問題があるだろう。微生物側では、ある種類は高温には強いが低温には弱く、別のある種類は酸性には強いが乾燥には弱いなど、特定のストレスのみに強い種が多いからだ。

とはいえ、これについては高井氏から反論が出るだろう。微生物の中には、納豆菌の仲間であるBacillus subtilisや放射線耐性菌のDeinococcus radioduransなど、乾燥、放射線、低温などの複数のストレスに対してクマムシを上回る耐性能力をもつものが存在するからだ。また、高井氏が発見した超好熱菌Methanopyrus kandleriなどは122℃もの高温下で耐えられるだけでなく、増殖することもできる。クマムシはストレス環境下で生存こそできるが、増殖することはできない。

だが、このような比較も次に述べる理由により有効とはなりえないと、私は考える。

微生物である細菌の体は、細胞ひとつでできている。すなわち、単細胞生物だ。その一方で、クマムシは動物であり、いくつもの細胞が協調的に働いて成り立っている多細胞生物である。細胞が集まり組織となり、組織が集まって器官となり、器官が集まって動物の個体ができている。動物の個体は、生命システムの上位の階層に位置しており、細胞ひとつからなる微生物とは比べ物にならないほど複雑である。惑星に対する銀河のようなものだ。

よって、極限環境微生物とクマムシのどちらがストレスに強いか、という比較自体がナンセンスなのである。微生物であれば細胞ひとつが生存できればそれでよい。これに対し、クマムシやヒトでは脳神経系などの重要な器官が致命的な損傷を受けてしまえば、たとえ他の器官が無傷であっても、個体としての生命活動は停止してしまう。クマムシが個体レベルで上述のようなストレスに耐えられる事実は、まさに生命の奇跡といえるのだ。

それだけではない。クマムシの愛らしいフォルムや歩行をするさまは、見る者の心を打つ。クマムシは「かわいい生物ランキング」でも常にトップに君臨しているのだ。私が手がけるクマムシのキャラクターも、嬉しいことに人気を博している。その一方、申し訳ないが、細菌はお世辞にもかわいいとは思えない。鑑賞するにはまったく退屈な対象である。せいぜい寒天培地を眺めながら「ああ、コロニーができたね。頑張って分裂したんだね」と声をかけて褒めてやるのが精一杯だ。

結論として、単細胞生物の微生物は、科学的にも芸術的にもクマムシの敵ではないということなのである。

―――

さて、この議論の続きは9月25日に新宿ロフトプラスワンで開催される「クマムシ vs. 極限環境微生物ー地上最強生物トークバトル」にて高井研氏本人を相手に行う。司会には「むし大好きブロガー」のメレ山メレ子氏を迎える。当日はぜひその目で最強生物がどちらかを確かめてほしい。

http://d.hatena.ne.jp/horikawad/20130829/1377766211

(※本記事は2013年9月19日にWebナショジオに掲載された記事を改題し、転載したものである)