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あいまいだったデフレの定義

2014年12月05日 01時34分 JST | 更新 2015年02月03日 19時12分 JST
ASSOCIATED PRESS
People walk by an electronic stock board of a securities firm showing Japan's benchmark Nikkei stock exchange surged 261.88 to 1,578.36 in Tokyo Monday, April 22, 2013. Asian markets traded higher Monday, with Tokyo stock markets heading close to a five-year high after a meeting of global finance leaders lent support to Japan's aggressive monetary policy. The Nikkei index rose after a statement by finance ministers and central bank presidents from the world's biggest economies appeared to give its blessing to aggressive credit-easing moves pushed by Japanese Prime Minister Shinzo Abe, saying they were intended to stop prolonged deflation and support domestic demand. (AP Photo/Koji Sasahara)

■ あいまいな「デフレの定義」に悩む現状

喫緊の世論調査では、アベノミクスを評価しないとの層が半数近くに及ぶとの結果も見られている。消費者物価指数(CPI)は2%への到達こそ実現されていないとはいえ、アベノミクスの以前と以後で顕著に加速した。世論もそれを望んで2012年に政権交代を実現させたはずだが、なぜこのような事態になっているのだろうか。結論から言えば、「デフレの定義」をあいまいにしたままリフレ政策にまい進したことが各経済主体間における捻(ねじ)れを生じさせてしまっているように見える。

「デフレの定義」は、政府・中銀にとっては消費者物価指数(CPI)のマイナスという最も分かりやすいものであったが、企業にとっては長年続く円高、海外投資家にとっては長年続く株安だったように感じられる。だとすると、もはやこれらの経済主体にとってのデフレは概ね「脱却済み」とも理解できるかもしれない(もちろん、2%に達するまでは不十分、という意見があることは重々承知している)。問題はそれらの定義において「デフレ」を脱却した結果、家計部門に提示されている現状が「不況下の物価高」になってしまっているということである。その現状に対し、政府から提示されているのが「アベノミクスを問う」解散総選挙である。

■ 家計部門にとってのデフレは実質賃金低下

では、改めて家計にとってデフレとは何だったのか。それはCPIの伸び幅でも、円相場の水準でも、株価でもない。家計部門の景況感が雇用・賃金情勢と直結することは言うまでもなく、冴えない労働市場や賃金動向がデフレという言葉に置き換えられてきた感は強い。厳密に言えば、今日問題となっている「実質賃金の低迷」が家計部門にとってのデフレの定義として最も近かったように思う。事実、アベノミクスよりずっと以前から実質賃金は低迷している。ただ、アベノミクス以前の実質賃金の低迷は、ゼロ近傍の伸び率で推移する物価と名目賃金の結果でもあった。アベノミクスにより物価も賃金も動き出したが、前者の伸びが後者の伸びを圧倒的に上回るスピードになったため、これまではあまり注目を浴びない実質ベースの賃金が耳目を集めるようになっているのが現状かと見受けられる。現状の賃金情勢に関し、実質と名目の乖離(かいり)は甚だしいものがある。

長くなるゆえ、ここでは実質賃金の詳しい議論までは踏み込まないが、実質賃金は定義上、「労働生産性(実質GDP÷雇用者数)×交易条件(GDPデフレーター÷CPI)×労働分配率(名目賃金÷名目GDP)」で計算される¹。1990年以降、実質賃金を押し下げている一因として指摘できるのは鈍い労働生産性の伸びもさることながら、常時、交易条件の悪化が効いていることも分かる(下図)。交易条件悪化の背景は2000年代以降の商品価格急騰はもちろんのこと、これをコスト転嫁できないことで日本の輸出物価が上がらない(上げられない)状況が続いてきたことなどが考えられる。後者に関しては、端的に、国際競争力の低下と表現されることが多いように思う。2009~11年の超円高局面において、本邦輸出企業が到底採算に見合わない「Harakiri-price」での商売を余儀なくされたという話は筆者も頻繁に耳にしたことがある。

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1  労働生産性は「実質GDP÷雇用者数」、交易条件は「GDPデフレーター÷CPI」、労働分配率は「(1人当たり名目賃金×雇用者数)÷名目GDP」である。

円安は交易条件悪化の主因ではないが、加速させる一因にはなり得る。とすれば、上述の実質賃金の定義に従えば、「円安→実質賃金低下」という結果を招くことも想定され、現在日本で起きていることを理解する上で重要な論点に思われる。物価が1%を超えても、ドル/円が110円になっても、株価が倍になっても、家計部門の抱く慢性的な不況感は払拭(ふっしょく)されていないとすれば、まずは「デフレの定義」という症状をはっきりさせた上で、正しい処方箋を描くことが必要だろう。

端的には、物価上昇に負けない程度の名目賃金上昇が求められるわけだが、生産性上昇抜きの賃金上昇では、後に企業の価格転嫁を伴い、最終的には物価上昇によりチャラになる公算が大きい。また、無理な労働への分配と引き換えに、設備投資が控えられる恐れもあろう(本欄では割愛するが、そもそも日本企業の労働分配率は安定推移してきたという分析もある)。結局は、「第三の矢」において、いかに民間の経済活動を活発化し、生産性を改善できるかが重要になってくるという「いつもの結論」に帰着せざるを得ない。