ペプシ炎上後、社会問題に「口をつぐむ」広告主の胸の内

そのコマーシャルが確固とした洞察に基づいたものでなければ、ただ時流に乗ろうとしているだけであることが簡単にバレてしまうのだ。

旅行予約サイトのエクスペディア(Expedia)は1月、世界観を広げることの重要性を訴えたスポット広告を流した。

世界のさまざまな地域を旅する1人の女性が、アジアで楽しい夜を過ごしたり、難民を支援するボランティアで厳しい体験をしたりするというものだ。この考えさせられるスポット広告は、クリエイティブエージェンシーの180 LAが制作した。

エクスペディアが、自社の広告キャンペーンで社会的問題や政治的問題をテーマにしたのは、これがはじめてではない。だが、エクスペディアと180 LAは現在、議論を引き起こすような問題を広告のテーマにするという戦略を見直している。

「我々は分裂の時代に生きており、政治情勢は非常に緊張している」と、180 LAでマネージングパートナー兼最高クリエイティブ責任者を務めるウィリアム・ジェルネール氏はいう。「多くのクライアントが転換点を迎えている。信条に基づいたキャンペーンを展開する前に、じっくりと検討するための時間を取っているのだ」。

この数年、さまざまな大手ブランドが、社会的・政治的問題をテーマにした広告を積極的に採用してきた。このトレンドが最高潮に達したのが、2016年の米大統領選挙直後だった。だが、ペプシ(Pepsi)のCMが炎上した出来事を受け、多くの企業がこうした戦略を慌てて中止しはじめた。このCMは、モデルのケンダル・ジェンナー氏が、仕事の途中で抗議活動に参加し、ペプシをデモを制御している警官に手渡すという内容だ。

フェイクに敏感になった人々

「ちょうどペプシのCMのように、社会の時流に添ったキャンペーンは顧客の共感を得る手軽な方法として、多くのブランドに利用されてきた」と説明するのは、サンフランシスコを本拠とするエージェンシー、トラクション(Traction)のCEO、アダム・クラインバーグ氏だ。「だが人々はフェイクニュースややらせにとても敏感になっている」。

人々の関心が高いホットなテーマをタイミングよく取り上げ、クールなTVコマーシャルに仕立て上げるという手法は、ここ数年の標準的な戦略になっているが、単に社会的、政治的理念に賛同するだけでは信用を得られないことに、ブランドは気づきはじめた。そのコマーシャルが確固とした洞察に基づいたものでなければ、ただ時流に乗ろうとしているだけであることが簡単にバレてしまうのだ。また、場合によっては、まったくの善意による取り組みが完全に裏目に出ることもある。スターバックス(Starbucks)のバリスタが人種についての会話を促そうとした試みを覚えているだろうか(東洋経済の記事)。

あらゆることが政治的な意味を帯びるようになったいま、ブランドとエージェンシーは、ごくわずかであっても政治的なことがらに触れたくないと考えている。

リスク回避するブランドたち

「この国(アメリカ)は、よくいえば葛藤、悪くいえば分裂している。このような時代の流れにうまく乗ることは簡単ではない」と、180 LAのジェルネール氏はいう。「それは、信じられないほど多くの文化的知識を動員し、この手のキャンペーンを手がけた経験をフルに活かして、信頼の獲得にフォーカスするという作業だ。そして、そうした作業をすべて行ってもなお、クライアント側は実際に実行するには一定の勇気を必要とする」。

多くのブランドは、こうしたキャンペーンが自分たちの利益にならないと考えはじめている。トラクションのクラインバーグ氏は最近、ある大手小売企業のクライアントと話をした。その企業のCMOは、キャンペーンで社会問題を取り上げようというクラインバーグ氏の提案に二の足を踏んだ。CMOによれば、そのブランドは「決して目立つことなく、どのような立場も採らないように」と意識的に取り組んでいるのだという。何らかの立場を公言すれば顧客の半分にそっぽを向かれる可能性がある、とそのCMOは述べた。

クラインバーグ氏によれば、「政治的または社会的立場を表明することは、新しい世界に徐々に足を踏み入れるのではなく、いきなり頭から飛び込むようなものであり、命を危険にさらす可能性がある」と指摘する。したがって、「いまは多くのブランドが、そのようなリスクを取りたがらない」と同氏は語った。

ブランドDNAに織り込むこと

しかも、こうしたキャンペーンが必ずうまくいくとは限らない。複数の調査によれば、消費者は何らかの進歩的な立場を採るブランドを好むという。

だが、そうした姿勢がDNAに織り込まれているブランドと、単に流行に乗ろうとしているブランドの差は、これまでにないほど明らかに広がっている。たとえば、こうしたトレンドが見られはじめた頃にトラクションが行った調査によれば、消費者は信条や問題を製品のプロモーションに利用する企業に対してますます懐疑的になっている。

また、大手エージェンシーのハバス・メディア(Havas Media)が行った別の調査によると、人々は「意識の高いブランド」を評価しているものの、こうしたブランドが制作するコンテンツの60%は、品質が低いか、的外れなものか、キャンペーンの目的が達成できていないという。

だからといって、絶対にうまくいかないわけではない。基本的な信念として、ある種の信条を設立当初から表明しているブランドもある。たとえばパタゴニア(Patagonia)は、環境に責任をもてるやり方で品質の高い製品を製造している。またAirbnb(エアビーアンドビー)は、何年も前から「belong anywhere(どこでも居場所がある)」というキャッチフレーズを掲げ、人々の調和を訴えかけている。

同じように、乳製品メーカーのチョバニ(Chobani)は、難民のために行動し、難民の側に立った意見を表明している。そしてスナック菓子メーカーのカインド(Kind)は、何年も前に財団を立ち上げ、人々を結びつける取り組みを行っている。

カインドの創設者兼CEO、ダニエル・ルベツキー氏は、「思いやり(kindness)にフォーカスすることは私たちの信念となっている。なぜなら、これは私が両親から受け継いだ個人的な信念だからだ。他人を思いやることが信頼を築き、最終的には人々を結ぶ架け橋となる」と述べる。「揺るぎないブランド価値を築くには、社会的な取り組みを、変わることのない信念として行う必要がある」。

信条は戦略に利用できない

重要なのは、理念や目標を「ブランドのDNA」に織り込むことだ。物事を正しく行おうとするなら、その「プロセス」を正しく理解する必要があると、コンテンツマーケティング専門のエージェンシー、スクール(School)のCEO、マックス・レンダーマン氏はいう。「まず、ブランドの信念には適切な意図がなければならない。次に、その信念に向けて何らかの行動を取っていることを示し、こうした信念について人々を説得し、最終的には実際にどういう成果が上がっているかを示すことが必要だ」。

「ほとんどのブランドは、トレンドに対してただ反射的に反応し、そのトレンドを乗っ取ろうとする」とルベツキー氏は話す。「だが、信条や目標を戦術として利用することはできない。そんなことをすれば失敗するだけだ」。

Tanya Dua(原文 / 訳:ガリレオ)

(2017年5月23日DIGIDAY日本版「ペプシ炎上後、社会問題に「口をつぐむ」広告主の胸の内」より転載)

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