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絶対に負けられない戦いin築地?!戦うスポーツ新聞社の裏側に迫る!

2014年06月26日 17時05分 JST | 更新 2014年08月24日 18時12分 JST

「日本中が注目する国際的スポーツ大会はお祭りです。そこに関わる全員が全力を尽くしています」――彼らは、その情熱的な取り組み方で人々を魅了し続けてきた。これは日本中を熱狂させる"スーパースター"の言葉ではない。この言葉を聞いたのは、野球場やサッカースタジアムと無縁の地、オフィスが立ち並ぶ東京都中央区築地である。

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何を隠そう、この言葉は、新入社員研修の一環で日刊スポーツ新聞社(本社:東京都中央区築地)を見学する機会を下さった、日刊スポーツ新聞社 広告事業局広告事業部 川辺順さんの言葉である。普段、我々が何げなく手に取っているスポーツ紙。実際に我々の手に届くまでには、彼らの血のにじむような努力があるのだ。

川辺さんいわく、スポーツ新聞社では通常、夕方に編集デスク会議をおこない、翌日の新聞で扱うトピックスを決定する。その決定を元に取材に出ている記者から原稿が続々と整理部に届けられ始めるのは日が暮れた頃だ。ある程度記事が集まった段階で、"新聞の最初の読者"とも呼ばれる整理部が見出し、写真の大きさ、掲載する面など紙面レイアウトを決定していく。(レイアウト決定や野球のナイター記事が続々と届くこの時間は、普通のサラリーマンが一杯飲みに出かける頃。新聞社はこの時間がもっとも慌ただしいそうだ)

こうした過程を経て、紙面レイアウトを決定したのち、編集割付端末によって新聞が作られ、データが印刷会社に送られる。そして、印刷されたスポーツ紙が実際に各家庭に届くのは翌日の明け方。日刊スポーツ新聞社から人がいなくなるのはその少し前とのこと。

しかし、「日本中が注目する国際的スポーツ大会はお祭りです。そこに関わる全員が全力を尽くしています」との言葉通り、大会開催中、日刊スポーツ新聞社は眠らない。各国代表の宿泊地出発や、試合前の試合会場での練習など、普段は"空"になる時間帯に、多くの"動き"がある。それは記事によってだけでなく、国際電話やメールなどで届けられる。その"受け"と"指示"のため、そして、なによりも日刊スポーツが読者にとって一番の情報源であり続けるために、記者もアスリートたちと共に戦っているのだ。

こうした記者の"絶対に負けられない戦い"のかいもあり、日本代表の試合翌日の即売(駅スタンド、コンビニ)の売り上げは大きく増加。特に「結果付け」はかなり部数を増やし、通常の数倍は売れるようだ。どの程度部数が増加するかについては「企業秘密」のため、教えていただくことはできなかったが、結果として、毎回この時期は宅配、即売とも部数が伸びるそうである。

普段、何げなく手に取っているスポーツ紙。"スーパースター"の活躍の裏で、我々のために戦う人々の存在を思い出してみてはいかがだろうか。

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日刊スポーツが作ったスポーツ新聞"初"

実は日刊スポーツは数々のスポーツ紙"初"を持っている。なんといっても、日刊スポーツは1946年3月に創刊された日本"初"のスポーツ新聞だ。さらに、野球ファンならだれでも見覚えがある、試合出場選手の各打席結果表での「右2」、「左邪飛」といった表記、"金文字"と呼ばれるくしゃくしゃした黄色の文字フォント、スポーツ紙でのカラー印刷、紙面をレイアウトした整理部記者の氏名掲載など、これらはすべて日刊スポーツが残したスポーツ紙"初"なのである。

(2014年6月25日「DIGITAL BOARD」より転載)