狂犬病に関する不都合な真実

折しも、新型インフルエンザが流行の兆しをみせていますが、国内のメーカーだけでは、ワクチンを迅速に供給することは困難と考えられています。

狂犬病は、すべての哺乳類に感染するウイルス感染症です。おもに犬に噛まれることによって人に感染し、ほぼ100%が死亡する、もっとも死亡率が高い病気の一つです。

日本では1950年の狂犬病予防法施行により、犬へのワクチン接種が徹底され、国内での人での発病は1956年が最後で、数少ない狂犬病フリーの国です。最近では、フィリピンで犬に噛まれ、帰国後に2人が発症し、死亡するという事例が2006年にありました。

世界では狂犬病は定常的に発生し、局地的な流行を繰り返しています。WHOの発表によると、年間約5万5000人が狂犬病で死亡しています。うち最多はインドの約3万人です。年間370万人の日本人が渡航する中国では、なんと年間4000万人以上が動物に襲われ、約3000人が狂犬病を発病しています。広西自治区、貴州省、四川省、湖南省、広東省での発生が多く、全体の6割を占めます。年間約20万人の日本人が渡航するインドネシアのバリ島では、2008年以降、犬による狂犬病が流行しており、100人以上が死んでいます。

流行地帯への赴任者は、3回の予防接種を受けておくことが望ましいとされています。しかしながら、日本国内で販売されている狂犬病ワクチンは、一般財団法人化学及血清療法研究所(化血研)の製造するワクチンのみで、年間の生産量は約4万5000本であり、1万5000人分でしかありません。年間1600万人が海外へ渡航する現在の日本では、供給はまったく不足しており、その状態がながらく放置されていました。

海外で感染するだけでなく、日本で再び狂犬病が流行する可能性もあります。狂犬病に感染した動物の国内の侵入は、いつ起きてもおかしくありません。偶蹄類の動物(牛、やぎ、ひつじ、豚、いのしし、しか等)、馬、みつばち、犬、猫、きつね、あらいぐま、スカンクは輸入にあたって検疫がなされており、まず安全と考えられます。しかし、ハムスターなどの小動物は輸入の届け出だけで済みますし、寄港する外国船舶で飼育されている犬からの感染や、ネズミなどコンテナ内の潜入動物によって日本国内に狂犬病が侵入するおそれがあります。そして、飼育されている犬の狂犬病ワクチン接種率が低く、感染動物が侵入したら、流行します。犬を飼ったら、保健所に登録し、狂犬病ワクチンを毎年接種する義務があります。厚生労働省の資料では、犬の登録頭数は約700万頭で、接種率は約70%です。ところが、一般社団法人ペットフード協会による調査では、犬の飼育頭数は1200万頭であり、未登録の犬が多く、それらの犬はワクチン接種を受けていません。なんと日本で飼育されている犬の6割は、狂犬病に対する免疫がないのです。

もし国内に狂犬病が侵入して流行した場合の対応は、ガイドラインが作られています。当然ながら、狂犬病動物を捕獲する人には事前に狂犬病ワクチンを3回接種しておくべきです。ワクチンを受けていない人が噛まれたり、唾液が付着して感染のおそれが生じたりした場合にはワクチンを6回接種する必要が生じます。ところが、上述のとおり、日本国内では狂犬病ワクチンがほとんど流通していません。

海外では、複数の製薬会社がワクチンを大量に生産し、販売しています。今後、化血研が、スイスのノバルティス社が販売する狂犬病ワクチンを国内に導入する予定です。

日本のワクチン製造は財団法人が担っており、ワクチンを開発するインセンティブや技術力、資金調達能力において、海外の製薬会社に劣ります。近年、日本で販売が開始されたヒブ、小児用肺炎球菌、ヒトパピローマウイルス、ロタウイルスワクチンは、すべて海外メーカーが開発したものです。ちなみに、先進国では、ワクチンの国内生産にこだわっている国はありません。

折しも、新型インフルエンザが流行の兆しをみせていますが、国内のメーカーだけでは、ワクチンを迅速に供給することは困難と考えられています。日本人の安全を守るため、ベストの方法を選択するワクチン行政の実現を望みます。

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