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「中国の夢」:欧米化?それとも新しい道を開く?

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最近、会議のため南京へ行くことになった。あの有名な「夫子廟」へ連れて行ってほしいと案内係の学生さんにお願いした。南京は初めてなので、下町の昔ながらの喫茶店でお茶を飲みながらのんびりしたいと思った。

今回南京に来たのは初めてだったが、明の時代まで「金陵」と呼ばれた「南京」のことはよく研究していた。東京大学とハーバード大学で中学文学を勉強したとき、南京を舞台にした詩集をたくさん読んだ。十七世紀の散文雑記で描かれた秦淮河のきれいな景色に印象深く、大学で小説『紅楼夢』を読んだときも、十八世紀の南京の軒を連ねる邸宅が何度も頭に浮かんでいた。

しかし、賑やかな街を歩いて昔の金陵の風貌を探そうとした私の努力は無駄だった。夫子廟辺りは昔の建物が既に取り壊され、ファーストフード店や洋服屋の入っているつまらないコンクリート造建物が立ち並んでいる。確かに上質なお茶を売っている店も何軒かあるが、そこで売られている食べ物やお土産はバンコク、ロサンゼルスのとほぼ変わらない。結局、南京製のものには一つも出会わなかった。詩人、小説家どころか、匠、職人の姿までいつの間にか消えていた。

夫子廟のなかも昔の風貌がなくなった。石壁や土壁の代わりにコンクリートの壁が溢れている。大工さんの腕が悪く、壁と床のつなぎ目がいい加減に仕上げられていた。置かれた家具の作りが悪く、壁に掛けられた絵画があり溢れたものばかりだった。

あの日、南京ではパリのノートルダム大聖堂や日本奈良の東大寺で拝見したような心を動かされる歴史の跡には出会えなかった。南京の過去はすべての中国人が勉強しなければならないとある本の中で読んだ気がしたが、街中を歩いてみたら、その華やかな歴史文化は今の南京とほぼ関わりなくなったように思われる。

案内係の学生さんのおかげで昔風の喫茶店が見つかった。喫茶店を出たとき、悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。中国の歴史伝統が次から次へと消えていく。これは文化大革命のせいではなく、消費文化の激しい成長が招いた結果と言っても過言ではない。そしてこの悲しさは確実で深いものだった。

しかし最も悲しいのは、古代中国は持続可能な有機農業によって世界一のシステムを作り出し、国の複雑な官僚制度を支え、多くの人々を養えてきたにも関わらず、その素晴らしい有機農業の伝統が捨てられてしまった。アメリカ農学者フランクリン・ハイラム・キング(F·H·King)がその著書『東アジア四千年の永続農業-中国・朝鮮・日本』(Farmers of Forty Centuries, or Permanent agriculture in China, Korea, and Japan)で、東アジアは確実な永続農業のモデルを作り出しており、アメリカはそれを導入すべきと呼びかけている。一方、中国は致命的な化学肥料と農薬を取り入れたせいで、農業は持続可能なものでなくなった。古代中国の農業文明の素晴らしい知恵が最も必要とされた今、その跡取りが見つからない。

また、消費社会の残酷な価値観の反面、中国人の素朴、節約、親孝行、謙遜の人柄がとても魅力的に思われるが、これらの美徳を求めに中国にきたら、あなたはきっとがっかりするだろう。

中国の欧米化の夢


欧米文化が受けている悪い影響を減らし、そのあり方を求めるために、多くの欧米人が中国に訪れてくる。同じ目的で、アメリカ社会を支える制度を蝕んでいる物質主義と軍国主義に絶望感を持つ私は、中国文学を勉強することになった。中国の儒学、仏学及び道学思想は、人間のすべてを金銭で評価するアメリカに新しい基準を提供している。

中国文化の勤勉節約及び知行合一の精神が学生時代の私に大きな影響を与えてくれた。多くの偉大な儒学者たちは、裕福な家庭で生まれ育った人でも無駄のない質素な食生活を実践し、文学と哲学を最高の人生目標として求めていた。中国は昔、静かで平和な文化を大切にし、人間社会と自然界の和を保つように配慮し、永続な生活を暮らすようにしていた。

しかし、今回中国に訪れて、私がアメリカで捨てようとした偽の「神様」を我先に拝む中国人たちに気づいた。レストランでの大量の食べ残し、アクセサリー等の衝動買いを目の当たりにした私はかなり驚いた。百年前の中国人なら、恐らくこのような暮らし方に恥を感じるのだろう。この気候変動の激しい時代でも、このような無駄遣いは恥ずかしい行動に違いない。中国の多くの若者たちはアメリカ人のように、環境への影響を考えずにペットボトルやビニール袋をポイ捨てしている。

そして、なによりも悲しいのは、中国の政府までもこういう歪んだ経済理論と物質主義を持って官僚たちの功績を評価していることだろう。この評価基準が既に欧米社会に多大な破壊をもたらしている。また、多くの中国人は使い捨て商品の溢れる高級デパートで買い物するのが大好きで、派手な戦闘機を国家の実力象徴と認識している。このような変化を敏感に捉えた私は、母国のアメリカが発展の方向性を失い、国民が消費への幻想に溺れることで現実逃避しようとする姿をこの目で見ていた。

世界の道徳モデルの視点では、アメリカは惨敗したと言わざるをえない。アメリカはこの二十年以来、一連の不法戦争に身を入れきた。アメリカ人は優越感に浸る一方で、環境保護や貧困層への関心においては世界基準を作ろうとしない。

これに比べ、中国は世界の発展途上国を引っ張っている。アジアやアメリカの多くの国は中国の発展を成功例として捉え、中国政府から多くの援助を受けている。世界人口の五分の一は中国人なので、中国の影響力は圧倒的になる。また、中国の文化はアフリカや南アメリカの国々に直接的な影響を与え、発展途上国の多くの人たちが中国語の勉強に励んでいる。

中国文化に驚くほど深い知恵を集めている。持続可能な農耕の長い歴史と節約の伝統が新しい発展モードの文化基礎になる。消費を基にしたアメリカの発展モードの代わりに、中国はいまだかつてないモードを一から作り直す必要はない。

中国の夢


多くの中国人が考えている強さは、アヘン戦争(1839-1842)とアロー戦争(1856-1860、第二次アヘン戦争とも呼ばれる)が二度と起きないように自分たちの力で国家の利益を守れることだ。中国人が国家実力を高めて外敵から国を守る願望はもちろん理解できないわけではない。しかし、その国家実力の向上は、気候変動など人類の存続に関わる課題に取り組むことではなく、空母や戦車の製造などアメリカの求めているものと同じ形で現れる場合が多い。

中国国内では新自由主義の更なる推進と毛沢東思想の復興の議論がされている。伝統的なやり方を取り戻して経済、生態及び政治問題に取り組むやり方は一度も触れなかった。その議論の際、習近平総書記が「中国の夢」という構想を発表し、中国のグルーバル化の道をどのように進めていくかを解釈している。

2012年11月中国共産党第十八回全国代表大会では習近平氏が「中国の夢」を発表し、「中華民族の偉大なる復興」の実現を中華民族の夢であり、中国人一人ひとりの夢でもあると掲げた。この夢は中国人の精神的な追求として国や世界の更なる発展のために力を合わせるよう呼びかけたにも関わらず、多くの中国人にとって、数え切れないほどの高級車、便利な交通網、立ち並ぶ高層ビルや商品の溢れる百貨店など裕福な国の意味にすぎない。彼らは高級レストランで贅沢な料理をたくさん注文し、食べ残しが山ほどになることを夢見ている。中国人は欧米化の暮らしが羨ましがるが、我々欧米人にとって悪い予兆にしか見えない。

古代中国の末期に儒学思想の中の悪い要素が勢力を伸ばし、女性への束縛が過酷だったこともあり、中国の伝統はすべて肯定できないが、中国人には民族の過去を超えるべき障壁とせず、その過去から未来へつながるひらめきと悟りを見つけてほしい。

中国文化は、小さい頃からビジネスマネジメント、マーケティングではなく、詩集、論理や哲学の勉強を勧めている。知識人が社会と政治に忠誠を尽くし、官僚がなによりも人徳を重んじるべきと期待される。必要とされるのは、エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハー(E. F. Schumacher)の著書『スモール イズ ビューティフル』(Small is Beautiful: Economics as if People Mattered)で取り上げられた「物質至上主義」(materialist heedlessness)と「伝統の固守」(traditional immobility)の「折衷方法」になる。

中国の過去の経済発展は、欧米のように世界各国の人々を搾取して彼らの自然資源を略奪するパターンと異なっている。欲深いグローバル化主義者の一員にならず、人文と知恵を大切にする持続可能な経済発展の道に戻って中国ないし全世界に真の「中国の夢」を広げることが期待される。

中国人は儒教と道教の伝統思想の要素となる長期的な経済的正義と環境的正義を中国の夢に取り入れなければならない。そして生態と政治論理の伝統思想を活かし、真新しい世界観の基礎を築き、経済成長の評価基準及び消費活動指数の新しい選択肢を提供すべきだと思われる。中国にはこのような思想体系を支える「美学」という哲学的な基礎がある。明と清の時代の中国人は何世紀もかかって完成されるはずの農業灌漑計画を立てることに成功した。

ジョン・フェッファー(John Feffer)がその著書『The New Marx』で主張したように、中国の持続可能な農業発展の伝統理念を再研究することによって、経済学と環境論を融合する総合的な概念を作り出し、2つの学科の発展方向を見直すことに繋がるかもしれない。問題は中国人が自分たちの持っている宝に気づくことができるかと思われる。

中国の学術伝統が発展方向の見直しにおいて重要な役割を果たす。『治平篇』を書いた洪亮吉と『農政全書』を書いた徐光啓の経済、農業、生態の融合における努力が、環境要素を無視した経済理論に力尽くしたアダム・スミス、カール・マルクスまたはジョン・ケアンズのように世界に認められるときがきっといつか訪れるだろう。

中国は世界を導く準備ができているかは問題ではない。むしろ既に舞台の上に立たされている。この三十年のうち、アメリカ文化の激しい後退及び知識人の驚くほどの無責任さがアメリカに多くの問題をもたらしている。アメリカメディアがどのように解釈をしても、国際社会におけるアメリカの中心的な役割を果たすことが妨げられている事実は変わらない。

素晴らしい経済力、科学力、政治力及び奥深い文化を持つ中国こそ、国際舞台の真ん中に立つ唯一な国になるだろう。かつてアジアで一番強かった中国は、イギリス、フランス、スペインやドイツのような植民地主義の道を選ばなかった。そのため、中国は公平な「世界競技場」の築き上げに貢献できると期待される。しかし、これはあくまでも期待であり、確実なものではない。一番肝心なのは、十分な創造力と道徳力を身につけ、経済力と権力への追求を冷静に捉え、自分たちの伝統文化がどのように国と世界を頼もしい方向へ導くかを批判的に評価できるかとのことだろう。

法律遵守、世界平和及び世界の持続可能な発展への働きかけがチャンスだけではなく、責任でもあることに大半の中国人はまだ気づいていない。積極的に提案する国もあれば、重荷を背負わされる国もある。中国は明らかに重荷を背負わされるほうだ。中国の決定が世界中に注目されている。

「一帯一路」の展望


グローバル経済発展の舞台における主役を任されたとき、アジアとヨーロッパ各国の一体化と協力関係を推進するため、中国は「一帯一路」という戦略を発表し、世界各国の加入を呼びかけている。

しかし、今までは「一帯一路」の戦略はインフラ建設と資源開発の領域に止まっている。このようなプロジェクトは持続可能な未来の発展につながるケースもあるが、多くの場合、功を奏することができなかった。経済成長と投資拡大のため、これらのプロジェクトは中国の石油と天然ガス及びほかの原材料の供給に重点を置くようになっている。

アジアインフラ投資銀行(AIIB)、シルクロード基金(NSRF)、上海協力機構(SCO)、シルクロード・ゴールド基金、鉱業産業発展基金は、環境保護とほとんど関係ない。エネルギー消耗を国家実力の要素とみなすことは決していい予兆ではない。レスター・R・ブラウン(Lester Brown)の著書『だれが中国を養うのか? 迫りくる食糧危機の時代 』(Who will Feed China?)で述べられたように、中国の食糧と燃料の消費状況は世界に大きな影響を与えている。

しかし、この戦略はまだ始まったばかりだ。これに基づいて、中国は最終的に新しい組織、政策及び習慣を作り出し、世界を正しい方向へ導いていくことになるかもしれない。「一帯一路」はいまだかつてない絶好なチャンスになる。これをきっかけに、すでに欧米に忘れられた『国際連合憲章』の定めに基づいた新しい国際社会を作ることが実現できそうに思われる。また、プライベート・エクイティ・ファンドや多国籍企業にコントロールされた世界銀行と違って、世界の高度一体化の動向に合わせたグローバル管理機構の成立が期待できる。

「一帯一路」戦略は中国の独裁ではなく、世界の協力を求めている。これは超大国にコントロールされない新しい国際合意システムを生み出す珍しいチャンスになるだろう。しかし、ほかの国もこの戦略をもうかるチャンスではなく「人類のための構想」と受け止めないと実現できないだろう。

また、中国は「一帯一路」戦略で述べられた「新シルクロード」という言葉を深く吟味しなければならない。「シルクロード」というと、唐の時代の中国とアジア、ヨーロッパの国々を結ぶサマルカンド、アンディジャンのような貿易中心に代表された「オアシスの道」と、中国とインド、ペルシア、アフリカを結ぶ「海の道」が思い出される。そして、中国と中央アジア、インド、ペルシア間の深い文化交流も意味している。この文化交流は仏教思想の繁栄を促進し、敦煌の美しい壁画、長安の素晴らしい彫刻と磁器、及びその後の中国文学史の発展方向を確立した李白と杜甫の詩集を誕生させた。

新シルクロードは欧米の経済発展の道ではなく、文化の最大限の表現に着目し、新しい空港の建設の代わりに有機農業の推進に力を入れるかは注目を集めている。また、協力プロジェクトによって燃料、金属の採掘から持続可能なエネルギーの開発に切り替わることが期待される。

私たちの経済発展計画は精神的なニーズを無視している。この欠点について、イギリスの社会改革主義者リチャード・ヘンリー・トーニー(R. H. Tawney)は、一番明らかの事実はいつも無視されるという見方を示している。

人間は誰にでも魂がある。経済計画の人間の尊厳と自由にもたらした傷または妨害を物的な豊かさで無くすことができない。この真理を無視しているからこそ、現在の経済秩序及びそれを見直す各種の対策は行き止まっている。

人間の魂を軽視する工業は、いつかきっと人間の魂に怒りの火をつけ、経済発展の周期的な破壊ないし崩壊をもたらすに違いない。それを防ぐため、経済発展には経済的な価値のほかに、精神的な価値も求めなければならない。

この「新シルクロード」はいったい、欧米経済発展の破壊の道を避けて人類最高の追求である文化価値に目を向けることができるだろうか。また、空港の大量新設や、石油燃料と金属の採掘の代わりに、持続可能な有機農業の発展及びエネルギー開発の協力プロジェクトに力を入れることができるだろうか。

少なくとも現在はこのような動向はほとんど見られない。しかし、中国は以前、激しい改革と変化の時期を迎えていた。多くの中国人が意識していないにも関わらず、中国の過去に世界難題の回答が隠されている。その中国の過去は、苦難の道を歩んできたこの世界に最後のチャンスを与えているかもしれない。

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