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トランプは忘れて、京都を再び始めよう!

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ドナルド・トランプ米国大統領がパリ協定の離脱を一方的に宣言し、アメリカ国内の環境保護に関する全ての規制を解除するなど、気候変動に対して無謀な対応をし始めると、全世界の市民たちには衝撃が走った。

トランプ政権の登場は、企業から支援を受けている気候変動拒否勢力と結合して急浮上し、危ないアメリカの反知性主義から最終的に生まれた産物である。また、これはアメリカがこれ以上、グローバル・リーダーシップを発揮することができないことを意味している。

アメリカの政治文化は、今や連邦政府が腐敗した実業家に掌握されてしまうほどに衰退してしまった。

アメリカの化石燃料業界や腐敗した議会はこの20年間、科学的原理を基盤に立脚した非常に重要な世界的レベルでの環境政策に関する話し合いを絶えず妨害しようと試みてきた。テロに焦点を合わせることで、人類の歴史上、類を見ないほどの最大規模の保安脅威である気候変動をずっと無視し続けてきたのである。

現在、アメリカ政府は、恥ずかしいことに化石燃料業界の手先になってしまい、パリ協定を無効化させ、拘束力をなくそうと各種のロビー活動を行っている。

日本の出番


アメリカ政府は、政策決定の過程においては専門家の存在を認めておらず、とりわけ現在の生態系の災難規模を意図的に過小評価するため、投資銀行や化石燃料業界の関係者など、企業の利害を反映した政策をバックアップしている。

今、最も重要な問題は今後、アメリカが推進しようとする政策ではなく、日本が重要な瞬間に真のグローバル・リーダーシップを発揮し、よりよい未来に向かって世界を導いていく意志と勇気を持ち合わせているか否かにかかっていることである。

とにかく、日本は持続可能な開発モデルに基づいて、大規模な経済運営を長い間、行ってきた歴史を持っている。江戸は18世紀、世界で最も大きな都市であり、石炭やその他の化学燃料を使わなくても、大規模な経済の総本山だった。伝説的な有機農法の効率性は、日本の経済繁栄の基礎になった。また、林業や環境保全のためにスマートな政策を施行してきた。日本では、エコ的持続性は馴染みのない概念ではない。

京都議定書に回帰へ


日本は、温室ガス排出を削減するために世界192カ国が参加した会議を初めて開催し、ここで決議されたのが、まさに国際条約である「京都議定書(Kyoto Protocol)」である。「京都議定書」は、政治家や企業団体の短期的利益よりも今日、人類が直面している生態的災難を想定した専門家による科学的分析に基づいている。

日本には、「気候変化に対する国際連合基本条約(United Nations Framework Convention on Climate Change)」の目標が実際の政策に転換された地である京都で、再び国際社会をリードし、新たなプロセスを真剣に取り組むことを提案したい。

今後は、このような行動に焦点を合わせるべきである。大企業の手先である投資銀行やシンクタンクのためのテーブルはこれ以上、必要ないのである。

本来、過去20年の間に取り組まなければならなかった対策や企業が環境を汚染できる権利を売却できた温室効果ガスの排出量取引制度について、いい加減に話し合うほどの時間的余裕は今やない。

今、必要なのは引き続き、即刻的な温室効果ガス排出の減少に努めることで、これを遵守しない場合は、相当な罰則を設ける拘束力のある厳しい協定で処罰することも必要である。寛容や身勝手な行動は許してはならない。

今こそ、拘束力のない紳士協定であるパリ協定に代わり、拘束力のあるきめ細かい規約が必要である。また、急速な経済発展や社会変化に伴う野心的なアジェンダを提示する一方で、温室効果ガスの排出規制に加え、さらに石油や石炭の利用規制も追加し、違反行為を明確に定義する新たな京都議定書が必要なのである。

新たな議定書の合意内容については、次のようなことを提案したい。化石燃料だけに止まらず、土壌を破壊する産業型農業に関しても厳しい制限が必要であるのはもちろんのこと、山林破壊や砂漠化に関しても厳しい規定を取り込む必要がある。また、危険物質であるメタンを量産する産業型畜産業からも脱皮しなければならない。したがって、セメント、鉄鋼、プラスティックの生産も厳しく規制するべきである。温室効果ガス排出の制限よりも土壌保存を優先にしなければならないのである。

簡単に述べると、新たな議定書は包括的かつ科学的でなければならず、資源の抽出や消費に依存する成長モデルから抜け出し、新たな一歩を踏み出す機会になることを期待したい。

トランプ政権やアメリカの投資銀行が化石燃料やこれを確保するための争いに執着しなければ、最終的には進展を見せるであろう。そのためには、気候変動に関する意義のある対処を毀損し兼ねるグループを全て話し合いからシャットアウトさせるべきである。

そして、気候変動のメカニズムを理解する人々が話し合いの中心にいなければならないのは、もちろんのことである。政策決定の過程で無知な政治家や銀行家が献身的な科学者たちを押しのけることはこれ以上、許してはならないのである。

新たな京都会議は、1945年にサンフランシスコで開催された国際連合会議のように、真摯な目標を掲げるべきである。この会議は、私たちの未来に変化をもたらす人類の歴史上、重要な瞬間になるであろう。この会議は、大衆に見せつけるための写真撮影の場であってはならず、話し合われた内容は株式や債権による短期的な利益とは無関係なものでなければならない。

日本の任務


新たな京都議定書では、温室ガスの排出量を削減するためのインセンティブ提供に加え、高い水準の罰金賦課を明示するべきである。太陽光・風力エネルギーの迅速な具現に加え、全ての建物をアップグレードさせ、断熱やその他の技術の効率性を改善できるよう大規模な資金を調達する必要がある。微々たる水準の太陽光・風力エネルギーの使用であっても、エネルギー生産をすることで地域コミュニティーに権限を与えることになるので、結果的にはとても大きな影響を及ぼすことになるであろう。

そして、また、これらのプロジェクトの財政収益性が主要関心事になるべきである。具体的には今後、全ての経済モデルにおいて全車両を電気自動車に交替する費用や大量の太陽光パネルを即時に配布する費用だけではなく、間もなく発生するであろう気候変動に関連した天文学的費用も勘定に入れなければならない。そうすれば、真の経済状況を正確に評価した場合にだけ、グリーン経済を大規模に、かつ迅速に具現することが唯一の選択肢であるということを一般の人々にも明確に提示することができるであろう。

また、新たな京都サミットは、1992年のリオ地球サミットで設立された地球環境基金(GEF)や緑の気候基金(GCF)を活性化させる機会にもなるであろう。世界的な環境保存ための努力の一貫として、これらの機構には具体的で、かつ重要な任務を任す必要がある。気候変動に関する問題に焦点を合わせ、世界銀行やその他の関連機関はもちろん、地球環境基金や緑の気候基金も根本的に再構成することが必要になってくるであろう。

例えば、持続可能な経済創出ができるように20、30年周期の長期計画プロジェクトを推進する必要もある。1兆ドル規模の大型プロジェクト参加等、具体的には海水面上昇に対処する地域での対策や河川や雨水を利用した新たなプロジェクトの開発や劣悪な環境下でも、生存する農作物の開発等を支援するべきである。

そのためには、長期資金の調達は必須であるが、これにより経済には安定をもたらし、有価証券等の危険な「カジノ経済」からは遠のくことが期待できるであろう。

気候変動に対応していくためには、何よりも教育が重要である。気候変動に関する教育や日常生活におけるエネルギー消費が直接的に気候変動に及ぼす影響等、具体的に教育をし、また、教育の機会を増やしていくことで、社会のどの分野においても危機感を募らせていくことが重要である。住民を対象にした教育は、単に行政的なものではなく、行政的レベルを超える内容を含むべきである。

そして、新たな京都議定書では、中国の参加を積極的に推進できるかどうかがカギになるであろう。中国は、2020年までに新たな再生可能エネルギー分野に約3,600億ドルを投入する計画を決めており、太陽光・風力エネルギー、電気自動車の普及に関連した広範囲な政策をすでに施行中である。新たな再生可能エネルギー分野に大規模で、かつ長期的な資金を投入している中国のモデルに関心を持って研究するべきである。

日本の場合、新たな経済モデルを模索中であるという点では、この分野においても成功することが期待できる。日本には、石油に支配される経済からは断固として、縁を断つ勇気が必要である。

たとえ、アメリカ連邦政府が新たな京都議定書の首脳会議に参加を拒否しても、アメリカの各州は独自的に協定を結ぶように動き出すであろう。経済規模が世界6位で、すでに独自的な気候変動政策を行うと宣言しているカリフォルニア州が主要会員国になるかもしれない。

アメリカがさらに肯定的な方向へ進み、未来の主要産業である太陽光・風力エネルギーの分野で逆転することになれば、今度は逆に「新京都気候変動枠組条約」に参加するように相当な圧力を掛けてくることもありうるだろう。

しかし、このようになった場合、一人当たりの温室ガス排出量が世界1位であるアメリカが決められた規定を自国の都合のよいようにしてはならず、遵守しなければならないことが絶対条件になる。