東京の通勤地獄を、船が変える? ソフトバンク×トヨタの「船運MaaS」実証実験がスタート

その過酷さで世界に知られる東京の通勤ラッシュに対し、ソフトバンク傘下のモネ・テクノロジーが通勤客を小型船で運ぶ「船運MaaS」の実証実験をスタートさせました。
Engadget 日本版

東京の通勤客を小型船で運ぶ「船運MaaS」の実証実験がスタートしました。実証実験で15日〜17日までの3日間で、各日の通勤時間帯に4本が運航されます。今回の実証実験は東京都が主導し、ソフトバンク傘下のモネ・テクノロジーズ(MONET)が実施しています。

その過酷さで世界に知られる東京の通勤ラッシュに対して、古くて新しい交通手段「船」を活用する取り組みです。竹芝地区の勤務者を対象に、勝どきから竹芝までの海運と、竹芝小型船ターミナルから浜松町駅までのオンデマンドバス輸送がセットで提供されました。

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通常、観光用に運行されている勝どき〜竹芝間の小型船を活用し、朝ラッシュ時間帯に1回に約30名の乗客を乗せて竹芝小型船ターミナルまで運航。そこで待機しているオンデマンドバス(という想定の大型乗用車によるプッシュ輸送)で浜松町まで運航します。

実際に乗船してみると、乗船客が30名と制限されたこともあり、ゆったりとした席が確保されており、普段の通勤ラッシュとは段違いの快適さです。実証実験の乗船客もコーヒーを飲んだりするなど落ち着いた雰囲気で乗船していました。

▲船は勝どき桟橋から朝潮水門を通り、竹芝小型船ターミナルまで運行
▲船は勝どき桟橋から朝潮水門を通り、竹芝小型船ターミナルまで運行
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▲船内は机とイスが用意されていて、ゆったりと過ごせます
▲船内は机とイスが用意されていて、ゆったりと過ごせます
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▲到着後はJRの最寄り駅・浜松町までオンデマンドバス(を想定したハイエースでのプッシュ輸送)を運行
▲到着後はJRの最寄り駅・浜松町までオンデマンドバス(を想定したハイエースでのプッシュ輸送)を運行
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この実証実験は、流行り言葉の「MaaS(移動のサービス化)」の一環として、船からバスへ、電車へと乗り継いでいく利用スタイルを想定。Suicaなどの交通系ICカードを利用して乗客の認証をするといった検証も行われます。

東京都では新しい交通体系を実現するためにさまざまな実証実験を行っており、 船で通勤客を輸送する実証実験は2019年夏、東京オリンピックに向けて勝どき〜日本橋で行われています。今回の取り組みも内容は類似していますが、ソフトバンク傘下でMaaSのシステム開発を手がけるモネがとりまとめて、各種の交通機関を1回の予約で乗れる(というシナリオ)の実証実験をするというのが新しい取り組みとなります。

▲船やバスに乗る際はSuicaで認証
▲船やバスに乗る際はSuicaで認証
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■”通勤地獄”を優雅に回避

実は今回の実験の区間「勝どき〜浜松町」は都営地下鉄大江戸線が通っており、電車では乗り換えなしで約10分ほど、徒歩を含めても20分ほどしかかかりません。

対して船の場合で行く場合は乗り換えを含めて、およそ30分ほどと、時間的な優位性はありません。船自体の移動は15分ほどで、竹芝の小型船ターミナルから新交通ゆりかもめの竹芝駅前で乗り換えることもできますが、さらにバスで浜松町駅まで行く場合は、プラス5分ほどかかります。さらに、船の乗降やバスへの乗り換えにかかる時間もあり、30分以上はかかるでしょう。

▲黄色が船+オンデマンドバスの経路(約30分)。赤紫は都営大江戸線の勝どき〜浜松町(大門駅)のルート(約10分)
▲黄色が船+オンデマンドバスの経路(約30分)。赤紫は都営大江戸線の勝どき〜浜松町(大門駅)のルート(約10分)
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一方で、船での通勤には、時間と手間をかけてでも、快適な通勤が確保したいという需要があると見込まれます。

勝どき地区は、タワーマンションの建設ラッシュの中で人口が急増しているエリアで、東京オリンピック後に住宅地として放出される選手村が近くにあることから、今後もさらに人口が増えていくことが見込まれています。

▲朝の通勤ラッシュで混み合う勝どき駅周辺
▲朝の通勤ラッシュで混み合う勝どき駅周辺
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勝どき周辺で利用できる公共交通機関は、地下鉄(都営大江戸線)とバスがありますが、朝の通勤ラッシュでは、都営大江戸線の勝どき駅に集中します。勝どき駅の乗車人口は1日5万1074人(2018年度)で、六本木駅に次いで都営大江戸線で4番目の多さ。勝どき駅ではより多くの乗客に対応できるよう、改良工事も進められています。

こうした地獄の通勤ラッシュを避けて、船で快適に通勤できるとなれば、利用したいというニーズはありそうです。

■“MaaS”の実用化に立ち並ぶ高いハードル

ただし、今回はあくまで実証実験であって、勝どき〜竹芝の小型船輸送が公共交通機関として機能するためには、多くの課題があります。

その筆頭にあげられるのは、交通機関のハードウェア面での整備。に使われた小型船は90人乗りの観光船では、朝の交通ラッシュの電車の混雑を緩和するほどの輸送量はありません。数百人乗りの定期船が毎日運航するようになって、はじめて輸送効果がでてくるでしょう。

さらに、ソフト面、特に料金体系には大きな課題があります。勝どきから浜松町まで地下鉄で行く場合、その運賃は178円。バスで東京方面に出る場合も210円しかかかりません。仮に船からバスへと乗り継いで通勤に使うルートを想定すると、船自体が200円程度の運賃だったとしても、乗り継ぎ割引がないと数倍の値段になってしまう可能性があります。

▲モネが2019年3月「MONETコンソーシアム」のイベントの中で提示したスライド
▲モネが2019年3月「MONETコンソーシアム」のイベントの中で提示したスライド
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こうした公共交通の料金問題を解決すると期待されているのが「MaaS」のコンセプトです。MaaSでは、さまざまな交通機関の予約やチケット発行をアプリで行えるだけでなく、電車やバス、タクシー、シェア自転車などを通し料金の運賃で発行したり、定額乗り放題のチケット販売したり、ニーズに応じて価格が上下するチケットを発行するとような使い方が想定されます。

モネはその「MaaS」のシステム構築を目指す企業で、ソフトバンクとトヨタ自動車の合弁会社として設立され、「MONETコンソーシアム」として、各地の公共交通機関や自治体とも連携しています。その加盟企業の中にはJR東日本や東急電鉄、ANA、JALといった大手交通事業者も含まれています。

モネの宮川潤一社長は、今回の実証実験の終了後の囲み取材で「船に乗って200円で、鉄道で200円、乗り継ぎのバスで200円でというと、皆さん使わない。料金面も含めて考えていかないといけない」と指摘。乗り放題の”サブスクリプション”についても「都会で交通機関を使う上では必要。ニーズは十分あると思っている」と前向きな見方を示しました。

▲モネ・テクノロジーズ社長(兼 ソフトバンクCTO)の宮川潤一氏
▲モネ・テクノロジーズ社長(兼 ソフトバンクCTO)の宮川潤一氏
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今回の実証実験についても、船とバスを組み合わせた通勤サービスを打ち出すことで(モネが活動していることをアピールするとともに)実際にどのくらいの運賃なら乗客が受け入れるのかを判断するための材料を得たい狙いがあるものと思われます。

地下鉄やバスなどが一体となった公共交通機関の統一運賃体系については、すでに諸外国で例があり、“MaaSだからこそ”できるというものではありません。また、定額制の”乗り放題”サービスについても、(MaaSの代表例として取り上げられることが多い)フィンランドの「Whim」などが展開しています。東京でも実現できないということはないでしょう。

ただし、東京圏では統一運賃体系を実現するとしたら、多数の交通事業者との協力がかかせません。鉄道だけでもJR東日本、東京メトロ、都営地下鉄(東京都)と3社あり、さらに多数の私鉄が直通運転という形で接続しています。仮に統一的な運賃体系を目指すとしたら、さらにバスやタクシー、そして船舶など含め、東京の交通を担う多くの事業者との調整が必要となります。

モネの船出には、各地の交通事業者との調整という荒波が待ち受けることになりそうです。

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