そもそもアートは誰かの心を傷つける。宮台真司さん 「生半可な覚悟で見に行けば不快になって当然です」

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」をふりかえる。
宮台真司さん
宮台真司さん
Ryan Takeshita / HuffPost Japan(アップリンク渋谷にて撮影)

2019年後半の日本社会を大きく揺るがした出来事といえば、「表現の不自由展・その後」が一時中止に追い込まれた「あいちトリエンナーレ2019」だった。

政治家が検閲をにおわせ、文化庁は運営に必要な補助金約7800万円を交付しないことを決めた。

「不自由展」に展示されていた少女像や昭和天皇の肖像を燃やす作品に「不快な思い」をした人がいて、抗議が殺到したことが背景にある。

「そもそもアートは心に傷を付ける。心を回復させる娯楽とは違う」ーー。そう語るのは社会学者の宮台真司さんだ。

「こうした基本的なことでさえ、行政、政治家、そして市民までもが分かっていないことに驚きました」

アートは人を傷つける?どういう意味なのだろうか。宮台さんに語ってもらった。

表現の不自由展の3つのポイント

まず、誰にでも思いつく、「表現の不自由展・その後」のポイントは3つあります。

第1に、展示に「抗議をしたい」のなら、市民も政治家も自由にやればいい。それを受け入れるかどうかはアーティストや美術館側の問題です。ただ「抗議を受けた」程度で展示を取り下げれば、アートが社会に媚びたことになる。今回「抗議されて中止した」という印象を特に外国に与えたのは、不幸です。

第2に、「脅迫」など違法性のあるものは警察が対処するべきです。捜査人員も含めて、警察の対応が不十分だったのなら、警察が批判されるべきです。仮に首相官邸が同種の恫喝にあえば、警察は全力を挙げて警備するでしょう。今回の印象では、警察が問題をさして深刻に捉えていなかったようです。

第3は、政治家による補助金カットを匂わせる恫喝は問題です。憲法問題以前に、文化芸術基本法 (※)の理念に反し、論外です。

※2017年に文化芸術振興基本法から改正。「文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し,文化芸術活動を行う者の自主性を尊重する」ことが前文に書かれている。

「表現の不自由展・その後」は、10月8日に抽選式で展示が再開された。入場を前に金属探知機でチェックを受ける来場者。
「表現の不自由展・その後」は、10月8日に抽選式で展示が再開された。入場を前に金属探知機でチェックを受ける来場者。
時事通信社

週末の風呂とは違う「アート」

「表現の不自由展」で大きな波紋を呼んだのは、慰安婦像をモチーフにした少女像の展示だ。現地を視察した名古屋市の河村たかし市長は「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの。いかんと思う」とコメントをして、展示の中止を求めた。

河村市長は分かっていませんが、ロマン派に始まる近代アートは「人の心に傷をつける」ことが目的です。比べると、娯楽は、文字通りレクリエーション(回復)です。疲れた人が作品に触れ、笑ったり泣いたりしてカタルシスを得て(心がスッキリして)「頑張ろう」と思う。週末に浴びる風呂みたいなもの。

一方、アートはそうではない。「社会の中」に閉じ込められている人々に「社会の外」を突きつける営みです。

世界は、人々が思っているようなものではないことを突き付けるのです。だから娯楽と違って、アートに触れた以上、元の姿では社会に戻れないようにします。要は心に回復しない傷をつけるのです。

少女像の作品自体の評価はあえて脇に置くと、この像が想起させる「慰安婦問題」「日韓の歴史認識の食い違い」ゆえに、少女像を見た人の一部は「不快だ」「自分の心を傷つけられた」と感じるでしょう。でも、心を踏みにじること自体はアートにつきもので、それ自体には何の問題もありません。

「表現の不自由展・その後」で展示されていた「平和の少女像」
「表現の不自由展・その後」で展示されていた「平和の少女像」
時事通信社
ハフポスト日本版のインタビューを受ける河村たかし名古屋市長(2019年10月7日撮影)
ハフポスト日本版のインタビューを受ける河村たかし名古屋市長(2019年10月7日撮影)
HuffPost Japan

古代ギリシャの歴史からみるアート

そもそも、今回のあいちトリエンナーレの展示にかぎらず、映画、絵画、小説、舞台には、心をえぐるような過激な表現はたくさんある。どうしてアートは私たちを“傷つける”のだろうか。

根本的なことから説明しましょう。娯楽や見世物と区別されたアートは、近代西欧の概念です。その前身は「神への捧げ物」という非日常。「神への捧げ物」を終わらせたのが14〜16世紀のルネッサンスです。でもそこで始まったのは貴族の肖像画。「神への〜」が「貴族への〜」に変わっただけでした。

これを「古典派」と言いますが、音楽も同じで、モーツァルトなどが典型的ですが、やはり18世紀の終わりまでは王侯貴族のための見せ物だったのです。

そこでのカッコつきの「芸術家」は、貴人のために芸を見せる「猿回しの猿」みたいなもの。モーツァルトは最も技巧的な猿だったというわけですね。

それが19世紀に入る頃から、初期ギリシアの世界観を追求する「自由な表現」に変わりました。我々がアートと呼ぶ近代アートがフランス革命に始まったと教える教員もいますが、革命とアートの間には関係がなく、同じ時期から次第に豊かな産業ブルジョアジーが形成され、アート市場が創出されたのです。

そこではアーティストやブローカーが、初期ギリシャの世界観を口上にしました。ギリシャは紀元前12世紀から400年間の「暗黒時代(初期鉄器時代)」を経験します。殺人・強姦・強盗・放火のオンパレード。それを忘れないように記録したのがギリシア神話で、理不尽で不条理な残酷劇に満ちています。

紀元前8世紀のホメロス叙事詩も、紀元前5世紀のギリシャ悲劇も同じ。世の摂理が人知を越えることを描き、社会の中に閉じられてはいけないことを示す。

ギリシア悲劇のオイディップスは、気づかずに、父を殺して母と交わり、絶望して自分の目をえぐります。「人の心を傷つける」どころではありません。

宮台真司さん
宮台真司さん
HuffPost Japan

世界は何事も不条理で、人智を超える

こうした世界観は「ああすれば(if)こうなる(then)」といった、コンピュータのような「条件プログラム」があり得ないという前提に立ちます。

神の言葉どおりに良いことをすれば(ああすれば)報われる(こうなる)ということもない。だから、初期ギリシャは中東の絶対神信仰を軽蔑しました。

神に捧げ物をしたり、神の言葉に背く罪を徹底して回避したりしても、良いことは起こりません。世界(あらゆる全体)がそのように出来ているからです。

だから、世界の理不尽や不条理にも拘わらず前進する存在を愛でました。いわば、損得勘定の自発性ならぬ、内から湧く力の内発性を、褒め称えたのです。

そうした力に満ちた存在を初期ギリシャ人は「真の英雄」と呼びました。だから、初期ギリシャへの回帰を目指したニーチェも(初期の)ハイデガーも、不条理にへこたれない力こそ人の尊厳だとしました。逆に、良きことの約束がないと前に進めない謂わば「条件プログラム野郎」をヘタレだと罵倒しました。

ただし初期ギリシャ人は、社会の中が条理に満ち、社会の外が不条理だと考えたのではない。オイディプスに見るように、世界の不条理は社会を貫徹しています。だから社会の中を「安心・安全・便利・快適」で満たそうとする輩をクズとして罵倒します。こうした枠組みを参照するのがアートの伝統なのです。

とはいえ、アート直前の歴史も面白い。17~18世紀のイタリアではオペラが盛んでした。劇場2階席に貴族のボックス席が並び、劇場が楕円形なので、貴族達がオペラはそっちのけでスキャンダラスな性愛の営みを向かい側にひけらかします。それにシンクロして、オペラの内容も高尚から「程遠い」娯楽でした。

他方、貴族ではない一般人は、1階席や桟敷席でまじめに舞台を向いて観劇していました。だから、貴族の時代が終わって産業ブルジョアの時代になると、上級市民の要求に応じて内容が高尚なものになります。こうして見ると、「心に傷を残す」アートも、産業ブルジョアの自己顕示と表裏一体だったのです。

日常の「見過ぎ世過ぎ」から遠く離れるために

社会は移ろい、政治的価値も移ろいます。あいちトリエンナーレの少女像が象徴する「慰安婦問題」もここ20年の騒動。

時代が変われば日韓対立も確実に変わります。だから、政治の営みも所詮は社会の中の由無し事に過ぎない、という見切りこそ、アートが伝統を踏まえて与えて然るべき気づきです。

人々を世俗の政治対立から引き離し、衝撃を与え、対立する者同士をつなげる。それがアートの機能です。慰安婦で対立する日本も韓国も、右も左も、所詮は「言葉の自動機械」「法の奴隷」に過ぎない。だからアートが「言外や法外のシンクロ」を与えることで、自動機械や奴隷から人を解放できるのです。

大浦信行さんの昭和天皇をモチーフにした映像作品を観る参加者たち。
大浦信行さんの昭和天皇をモチーフにした映像作品を観る参加者たち。
時事通信社

少女像は完成度が低い。しかし…

余談ですが、今回の「少女像」は作品としての価値が低く、鑑賞者に衝撃や気付きを与えません。誰にとっても既知の「言葉の箱」に事物や人を当てはめるだけ。僕も現地に出かけましたが、大半の作品が、LGBT問題や多様性問題に言及した優等生的パネルを掲げ、それらしい展示をするだけでした。

このポジション取りの優等生らは僕のゼミに来れば、一瞬で粉砕。

慰安婦問題を考えます。慰安婦の連行や慰安所の設置への「国の関与」があったかなかったかについての激論があります。日韓・左右ともに「国の関与」があれば大問題だ、という前提です。この前提を置く者たちは、頭が悪いと言い切れます。

1930年にマグヌス・ヒルシュフェルトが『戦争と性』(明月堂書店、宮台真司解説)で書いたように、戦時には性を兵站(ロジスティクス)として考えるべきです。武器、弾薬、水、食料と同じく、補給線を確保して提供しなければ、レイプという「現地調達」がなされるからです。

女を傷つけて戦後の占領統治を困難にする「現地調達」を避けよ。これがナポレオン戦争の教訓でした。それゆえ第1次大戦から、各国が慰安所か従軍慰安婦の仕組みを設けます。ヒルシュフェルトは仕組みの国営化を唱えます。業者が必ず、貧困ゆえに慰安婦になる女を「自由意志だ」と主張するからです。

彼の枠組みを、宗教原理主義が支配するアメリカを除く列強が採用しました。この枠組みが、第2次大戦後の先進各国の売買春政策に継承されます。女性に免許を与える制度や管理売春だけを合法化する制度を通じて、貧困ゆえに売春を余儀なくされる女性を保護し、個人売春(タチンボ)を認めない政策です。

歴史には複雑な構図がある

ことほどさように慰安所や従軍慰安婦には「国が関与」するべきなのです。国は関わっていないと言うのは仮にそれが事実でも無責任な言い逃れです。「国の関与」にはむろん道徳的抵抗感があります。だから彼は「慰安施設への国の関与がイヤなら戦争するな、戦争するなら国が慰安施設を作れ」と言います。

ベトナム戦争後、先進各国に「リベラルな風」が吹いて、慰安施設への抵抗感が高まり、戦時の慰安施設はなくなりました。性の兵站はどうなったのか。そのための奥の手が、米軍から各国軍に拡がった「男女混成軍」でした。つまり、性欲の処理を軍の内部だけで完結させるという画期的なアイディアです。

慰安婦問題ひとつとっても、これほどにまで「複雑な構図」が浮かび上がります。不条理な世界に貫かれた不条理な社会は、いいとこ取りができません。多くの皆さんにとっては「少女像」よりも、僕が語った学問的真理のほうが「心に傷がついた」かもしれません。「少女像」の人畜無害ぶりを表しています。

税金が使われるパブリックアートの起源

「あいちトリエンナーレ」には約7800万円の補助金が交付される予定だった。「国のお金を使っているのに」という言葉とともに、「公金を使って、反日的な作品を展示した」という声が根強かった。展示では、慰安婦をモチーフにした少女像や昭和天皇の肖像に関する映像作品があったからだ。公金を使った美術展に制約はあるべきなのだろうか。

税金が使われて公共の場で展示される「パブリックアート」は当初から大きな矛盾を抱えてきました。

歴史を見ましょう。パブリックアートのルーツは、1930年代以降のアメリカでフランクリン・ルーズベルト大統領が始めたニューディール政策の一環で、アーティストの失業対策から始まりました。

1929年からの大恐慌で貧窮したアーティストを助けるために、公共建築物に彫刻や壁画を描かせて仕事を与えたのです。現代アートで著名なジャクソン・ポロックも恩恵に預かります。なんだよ、と思うでしょうか。アートは「社会の外」に出るのが本義とはいえ、アーティストは「社会の中」で食うのです。

アートはまちづくりのため?

だから、きれいごとを言ってアーティストを批判してもダメです。とりわけ不況期には不要不急なアート売買が収縮するので、国策としてアートに価値を認める場合には、税金でアーティスト支援が行われます。でも、税金には納税者の世論が影響します。その意味で、当初から潜在的問題が孕まれていました。

その後、1950年のフランスで公共施設を作る際に一定割合の予算をアートに当てる「パーセントプログラム」が始まり、アメリカに拡がります。1960年代以降は「リベラルな風」で「地球環境」への意識が高揚、地域行政がアーティストの力を借りて自然との共生を打ち出す「アースワーク」が拡がります。

「まちづくりのためのアート」の始まりです。「地域の人々の意識を背景に、人々の意識に訴える」という形は、パーセントプログラムにはなかった。その意味で、世界各地で開催される今日的な意味でのパブリックアート=狭義のパブリックアートの出発点。それが潜在的問題を顕在化させることになります。

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の最終日を終え、拍手する芸術監督の津田大介氏(右から3人目)と大村秀章愛知県知事(同2人目)ら
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の最終日を終え、拍手する芸術監督の津田大介氏(右から3人目)と大村秀章愛知県知事(同2人目)ら
時事通信社

なぜアートは理不尽さを描くのか

慰安婦問題を始め社会には複雑に絡み合った問題が多い。アートを通して、その複雑さに目を向けないといけないのに、私たちは、何事も単純化して考えてしまっているのかもしれない

友人である映画監督の園子温さんによれば、『自殺サークル』『紀子の食卓』などの試写会では批評家を含めた観客が怒り出しました。訊けば「つらい社会を耐えかねて、映画で回復しようと思っているのに、わざわざ落ち込ませるような作品を作るとは、ケシカラン」という内容だったそうです。クズですね。

「言葉の自動機械/法の奴隷/損得野郎」という意味でクズという言葉を使います。要は「社会の中に閉ざされた輩」。

そういうクズは映画館や美術館に来ないで、テレビやネットを見てりゃいいだろう(笑)。僕は映画批評家ですが、そうした発言には明確な根拠があります。実はとても簡単なことですよ。

「お茶の間の日常」と違う映画

人は交通費込みで2000円前後の支払いをして映画館に行きます。そうした「ゾーニングされた非日常」が、表現者にとっては「心に傷を付ける」営みの免罪符になるのです。

他方、テレビやネットは無料で「お茶の間の日常」「個室の日常」です。不意打ちで「心に傷を付ける」わけにはいきません。

美術館も映画館もアジール(世俗が及ばない聖域)なのです。だから社会から逃避したい時にこそ美術館や映画館に足を運ぶのです。愛好者にとっての美術館や映画館はそういう場所。

生半可な覚悟で行けば不快になって当然です。美術館や映画館はゾーニングされているのだから、「イヤなら行くな」で終了。

「あいちトリエンナーレ2019」の受付。
「あいちトリエンナーレ2019」の受付。
時事通信社

僕もよく炎上します

「表現の不自由展・その後」の3日での中止、文化庁の補助金とりやめ。そして、SNSで繰り広げられる批判。さらに集団で電話をして抗議をする「電凸」になどによって「あいちトリエンナーレ」の関係者やアーティストに対しては多くのひどい言葉が浴びせられた。SNSによる「炎上」の深刻さも改めて浮き彫りになった。

まず、手続き論に決着をつけます。「電凸」にはマニュアルがあります。今回は公務員の弱点が狙われました。第一に、公務員はパブリックサーヴァントなので、相手が切らないと電話を切れないと思いがち。第二に、公務員は名前を明かすことが公務員法で定められているので、名乗ることで疲弊しがちです。

直後に、今回の芸術祭のディレクター(芸術監督)である津田大介氏にも伝えましたが、対処は簡単。第一に、他の市民からの電話を塞ぐとの理由で、例えば5分経ったら一方的に切る。第二に、リスク管理を理由に、窓口に訪れて身分を明かした者にだけ身分を明かす。これらの対処は公務員法上の問題が一つもありません。

電凸対策はこうすればいい

これらの対処をマニュアル化して事前研修すればいい。「電凸」を予想していなかったのなら「対策のために数日展示を休止する」と告知し、マニュアルを配って研修して再開すれば良いだけです。今回は数日後の再開を約束せずに中止したので、「テロに屈したのと同じだ」という国際的批判に晒されました。

ちなみに「テロ」になぞらえるのもバカバカしい。「余命三年ブログ」問題で攻撃対象になった弁護士に訴訟を起こされて泣きついたウヨ豚の群れを見て分かるように、「電凸」に類する動きは所詮はウップン晴らしの愉快犯で、そうしたヘタレを巷に「テロリスト」と過大評価させてはいけない。ただのクズです。

以上で手続論は終了。さて、昨今は「炎上」を恐がるというヘタレな動きも拡がっています。炎上が怖いなら、娯楽や芸術や学術の区別なく表現者をやめるべきです。僕は炎上好きで、わざと炎上させます。ところで炎上は、一人を相手に続くという意味では2年以内に終息する。経験的には例外がありません。

宮台真司さん
宮台真司さん

1990年代のブルセラ論争

僕が1993年に朝日新聞で女子中高生をめぐるブルセラ論争を始めたのを皮切りに「素人の売春はダメ、プロならいいという議論は、妻や娘を家父長の所有物とする家父長制の補完に過ぎない」と論陣を張った際も、大学には抗議が殺到したけど(当時の学長は僕に伝えなかった)、2年以内に収まりました。

1995年4月にTBSラジオの「荒川強啓デイ・キャッチ!」が始まりました。僕からの条件は「クレームを承知で発言するから、クレームを僕に伝えた瞬間に番組を降りる」。最初は抗議だらけで荒川さんもスタッフも右往左往したようですが、僕に伝えずに我慢したら、やはり2年以内にピタリと収まりました。

ラジオでの発言も表現です。神経症的なクレーマーを神経症的に恐れることで神経症的なクレーマーが増殖します。こうした悪循環を切断することが表現者の規範(道徳)であるべきです。そうした規範を担えないのなら、直ちに表現者であることをやめるべきです。表現者の資格のない表現者が溢れています。

BBCと「みなさまのNHK」の違いは

1990年代半ばにBBCの援助交際ドキュメンタリーに協力して、いくつか驚いたことがありました。少女らの自意識や街の構造にまで踏み込んだ、難解な番組でした。そこでプロデューサーに言いました。「この番組は、下手したら(BBCが放映されるイギリスで)500人しか分からないんじゃないの」と。

僕は「みなさまのNHK」の話もしました。すると彼は、みんなが分かるものだけが公共的だとの発想は、悪貨が良貨を駆逐するのに任せる自堕落だと答えました。「視聴者の1%だけが理解する深い内容だからこそ公共的だと言える表現もある。万人に関わる問題を万人が理解するとは限らないぞ」と。

公共性とは「万人に関わる問題にコミットせよ」という規範です。万人に関わる問題には、平易なものも難解なものもあります。

どんなに難解でも一部の人には理解してもらうべき問題もあります。難解で「不快」に思う人が出てきても、それを織り込み済みで必要な問題を伝えることに何の問題もありません。

批評もしていた当時の僕は「BBCのプロデューサーが言う公共性の観念があればアートの公共性を正しく評価できる」と思いました。一部に不安や不快を与える表現も公共的なのですから。その意味で、朝日新聞を皮切りに援助交際を社会に広めたのも含め、自分は学者・兼・アーティストなのだと思いました。

Pure Imagination via Getty Images

アートはカオスを好む

初期ギリシャに連なるアートの伝統に従えば、アートはカオスを好むのです。「その程度でカオスに陥る社会や人を批判するのだ」とも言えます。マルクーゼは「その程度でカオスに陥る人」を「一次元的人間」と呼びます。まぁ、ヘタレのことですね(笑)。こうしたヘタレは、むしろ社会にとって有害です。

ちなみに最初に朝日に記事を掲載した際、デスクが「載せられない」と言ってきました。「この記事は人々に不安を与える。昔ながらの不良がやっているという話じゃないと…」と。僕は「普通の子がやってるんだ。それどころか普通科じゃなく進学科の子が始めたんだよ」と言いました。結局は掲載されましたが。

より「公共的」であるために

原発事故後の放射能汚染を含め、人々が不安になるような公共的メッセージがあります。御理解いただけたでしょうか。実は朝日のデスクが語ったのと同じ理由で、NHKスペシャルでの援助交際ドキュメンタリー企画が2回、番組化直前にはねられました。2回目はポケベル女子高生の話に変じました(笑)。

ことほどさように、学問であれ批評であれラジオやテレビの発言であれ、人々が受け入れられるものだけを出していくことは、僕にはあり得ません。より公共的でありたいからです。朝日のデスクが英断しなければ、不良でも貧乏でもない子の援助交際を人々は知らないままでした。それが公共的でしょうか。

不安や不快ゆえに多くの人が受け入れらなくても、無理に知らせることが公共的であるような事案があります。イヤでも知ることがみんなの利益や幸せにつながることを僕は伝えようとしています。この姿勢は過去30年、僕の表現活動に一貫します。それができないアーティストなんてありうるのでしょうか。

ネット炎上なんてどうでもいいのです。なぜ気にするのか。僕は言います。「書き込んでいるヤツの顔を想像してみろ。こいつらを動かすのは価値観じゃなくて症状なんだよ」と。「人工無脳と呼ぶべき自動機械なのであれば、相手を人間じゃなく、人間モドキだと思え」と。僕の20年来の口癖ですね。

「人間モドキ」は幼少期のテレビ『マグマ大使』に出てくるキャラです。人はカブトムシやカマキリに怒ったりしません。心の病気で症状を呈している人間にも怒りません。カブトムシであることや心の病気であることを尊重するからです。ただし、僕の言論やゼミの実践は、「治療」も目的としています。

ハフポスト日本版は「 #表現のこれから 」という特集を通じて、ニュース記事、アート、広告、SNSなど「表現すること」の素晴らしさや難しさ、ネット時代の言論について考えています。記事一覧はこちらです。

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