人間関係は「ピラミッド」より「原っぱ」で考えよう。 日韓を行き来するアーティスト、イ・ランさんが語ったこと。

私は人間のいいところは、考えるところだと思っているんです。考えるのは時に、辛いことだと思います。でも辛くても考えて、解決をする方法を探すことが人間はできるし、得意だと信じています。
韓国・ソウル出身アーティストイ・ランさん
韓国・ソウル出身アーティストイ・ランさん
米田志津美

コンプレックスは、どうすればなくなるのか?

コンプレックスがない人は、いるの?

7月1日から約2ヶ月、「コンプレックスと私の距離」という企画をやりながら、ずっと考えてきました。

そんな私に「昔はあったコンプレックスが、今はなくなりました」と話してくれたのが、シンガーソングライター、映像作家、コミック作家、エッセイストなど多彩な表現活動を続ける韓国・ソウル出身のアーティスト、イ・ランさんです。

日本でもファンが多く、日本で刊行された2冊のエッセイ集のトークイベントや、柴田聡子さんほか、さまざまな日本人アーティストとの共演のため、年に何度も来日している彼女に、日本語でインタビュー。コンプレックスがなくなった理由を聞いた。

整形する人が多い韓国で、私は私で生きると決めた

――作詞、作曲、歌、執筆、絵…。幅広い活動をしていると、どうしても人と比べられる機会は多いと思います。そんな中で、コンプレックスを感じることはありませんか?

たしかに昔、子どもの頃は人と自分をよく比較していました。学校にいると、あの子が綺麗、運動ができる、頭いいと順位をつけたり、比べたりされますから。だから、「あの子は、かわいいなー」とうらやましく思う気持ちはあったと思います。

さらに言うと、私には生まれつき障害のある弟がいるので、両親は私に愛情を注いだり、大事にしてくれたりする余裕があまりなかったんです。両親から褒められた記憶があまりありません。だから、私は自分に自信を持てないまま大人になり、いろんな人に認められたいという気持ちを抱えていました。

だから絵、音楽、映画、執筆といろいろな活動をしてきた気がしているんです。活動の幅が広くなればなるほど、褒めてくれる人が増えるでしょう?

10代の頃からは、恋愛もしました。だって、恋愛をすれば、相手は私を愛してくれるから。自信がなくて、自分がキレイなのかどうかもわからなかったから、誰かに「好き」と言われると、「本当?」ってすぐ付き合ったりして(笑)。

――容姿について言うと韓国は整形をする人が多いですよね?

はい、そうなんです。

私の家族や親戚の女性たちもみんな整形しています。整形はとても自然なことだから、私も小学生くらいになる頃には、親戚が集まる席で「ランちゃんも、まぶたを二重にするんでしょう?」と言われたものでした。実際、姉は高校を卒業してすぐに「大学はキレイになってから行きたい」といって、二重に整形していました。

そんな家族、親戚の女性たちのなかで、私ひとりだけ整形をしていないんです。自分の顔が好きとか自信があるとか、そういうことでは全くなくて、周りの「ランちゃんも、そろそろ…」という雰囲気は感じていたけれど、整形をするのがいいのか、しないのがいいのか、ただ分からずにいたという感じです。

でも、好きと言われたらすぐ付き合ってしまうのも、整形するか迷っていたのも、「私は私自身で生きていこう」と思えるようになったら、いつの間にか消えていました。

イ・ランさん
イ・ランさん
米田志津美

――「私自身で生きていこう」と思うようになったのはいつ頃ですか? 何かきっかけがあったのですか?

20代で、大学に入った頃です。

私は韓国の芸術大学、韓国芸術総合学校で映像の勉強をしていたのですが、学校にはいろいろな価値観の人がいて、「芸術はすごい。だからアーティストはえらい!」と考えている人も中にはいました。実際、私も、そっち側の人間で「私はアーティスト。だからすごいの、他の人より優れているの」なんて思っていたし、アート関係以外の人とは付き合いもしませんでした。

そんな私が変わったきっかけは、『悲しくてかっこいい人』というエッセイの中にも書きましたが、イタリアンレストランの厨房でアルバイトをはじめたこと。

私は料理についても、厨房のシステムも何も知らず、ただの“役立たず”でした。できるだけ迷惑をかけないようにと思って皿洗いをしても、1日の仕事量の20分の1くらいしかできない。それでも私はプライドを守ろうと必死でした。「アーティストなんだから、ここで働くことは一時しのぎで大したことじゃない」と思おうとしたり…。

ところが、レストランで一緒に働いていたお姉さんたちと仲良くなると、みんなすごく頑張っているのがわかって、どうやったらそのレベルに合わせて仕事ができるかすごく悩みました。そして、アーティストは何よりも優れた仕事だと思っていたけれど、どんな仕事もそれぞれすべてが素晴らしいことに気づかされた。それがすごくショックで「芸術はすごい。だからアーティストはえらい!」なんて考えは木っ端微塵になりました。

アーティストの私だけじゃなくて、どんな仕事でも生きていける自分になろうという考えも芽生えて、勉強していた映像以外にも、絵を描いたり、音楽を作ったりする以外にも、人に教えることを始めたんです。私は私で生きていくために。

――これまでの価値観を壊されたことで、どんな変化が起きたんですか?

「ピラミッド構造」で物事を考えるのをやめました。えらい人(仕事)、すごい人(仕事)が上にいて、その下に…というんじゃなく、平らで、広~い原っぱに、いろんな人がいて、それぞれの人がそれぞれの仕事をしたり、役割を果たしたりしながら、みんな一緒に生きている。そう考えると、上も下も無くなるでしょう? 人と比べる必要もないから、コンプレックスもなくなる!

そう、人に音楽を教える活動の一つとして「自分の人生の曲を作る」というワークショップをしているんです。

授業に来てくれた人の人生で曲を作るわけだから、一人ひとりの人生の話をしてもらうのですが、みんな最初は「私の人生なんて、話せるようなことは何もないです」と口を揃えます。でも「自分は平凡で、おもしろいことなんて何もないです」というところからスタートして、たくさん会話をするなかで曲ができあがっていく。すごいでしょう。私から見たら、すべての人の人生、それぞれがすごく素敵な話です。最終的には自分の曲ができて、みんなで歌うのだけれど、みなさん、涙を流します。だからね、ワークショップの名前は「平凡な人の歌」というんです。

それで、何が言いたいかというと、やっぱり「ピラミッド構造」ではなくて、「平らで広い、原っぱ」だなと思います。ピラミッドで考えるから、自分はいまこの場所にいて、上に行きたいと感じて、人をうらやましく思ったり、嫉妬心みたいなものも生まれたりするんです。広い原っぱに、「あの人はあっちにいて、私はここにいるんだ、何かの機会にどこかで会うかもしれないな」と思ったら、楽になる。そして、自然とコンプレックスもなくなっていきました、私の場合。もっというと、頑張らなくちゃいけないという不安というか強迫観念みたいなものもなくなりました。

イ・ランさん
イ・ランさん
米田志津美

20代から30代、考えるテーマが変わった

――最新刊『私が30代になった』は、20代の自分と30代の自分をイラストと短い文章で表現していますよね。日本では年を重ねることにマイナスなイメージがつきまといますが、韓国ではどうですか?

韓国も同じですよ。韓国は男性社会で、女性は20代が価値があると思われています。

私も20代の頃「一番いい時期だね」「かわいい時期」だねと言われましたし、それを何も考えることなく信じていました。先ほどもお話しした通り、20代は私にとって「芸術とは?」「人間にとっての仕事とは?」というテーマを考える時期でした。

当たり前のように男性にちやほやされ、自分から何もしなくても、男性が「親しくなりたい」という意思を持って近づいてくること、例えば、私は映画を見たいだけなのに、一緒に映画館に行けばベタベタされるとか、散歩がしたいだけだったのにベタベタされるとかといったことが、自分にとって気持ちいいことなのか、自分の欲しているものなのかは考えていなかった。

でも30代になったら男性からの視線が変わりました。まったく、ちやほやされません(笑)。男性にとって価値があった20代が過ぎたからこそ、ようやく女性としての自分を意識し、考えられるようになった気がします。私は女性としての自分を意識していなかったけれど、20代の頃は男性から自分の気持ちとは別のところで、女性として扱われるような経験をしたな、と今となっては思います。それは怖いことだったし、暴力だったなという風にも感じます。20代から30代になって、考えるテーマが変わったという感じでしょうか。

――今のお話も、ある意味では男性と女性の間には性別によるピラミッド構造が存在するということなのだと思いますが、ピラミッドで考えないようにするにはどうすればいいんでしょう?

一番大切なのは、人間みんなにリスペクトの気持ちを持つこと。そして、自分の位置を把握することも必要になると思っています。

あるピラミッドのなかでは、私もあなたも誰かから見たら、権力を持っている人になってしまっているかもしれない。そんな私やあなたも誰かにとっては、下に位置する人間になっている。今この瞬間の位置をきちんと把握しないと、自分自身の言動で自分が上にいられるピラミッドを作ってしまう可能性がある。そして、私やあなたが無自覚に作り出したピラミッドの下の方にいる人たちは下の人たちで。自分が上になれるピラミッドを作ろうとする…。それは繰り返されます。だから、「自分がピラミッドを作っていないか」を考えつづけなくてはなりません。

私は人間のいいところは、考えるところだと思っているんです。

考えるのは時に、辛いことだと思います。でも辛くても考えて、解決をする方法を探すことが人間はできるし、得意だと信じています。辛いことだけれど、考えて、解決する方法を探すのが、人間の得意なところだと思っています。だから私は音楽や絵を通じて、「考える人はかっこいい」と「考えていない人はダサいよ」と伝えられたらいいなと思っています。

イ・ラン 이랑 Lang Lee

1986年ソウル生まれ。シンガーソングライター、映像作家、コミック作家、エッセイスト。16歳で高校中退、家出、独立後、イラストレーター、漫画家として仕事を始める。その後、国立の芸術大学に入り、映画の演出を専攻。日記代わりに録りためた自作曲が話題となり、歌手デビュー。短編映画『変わらなくてはいけない』、『ゆとり』、コミック『イ・ラン4コマ漫画』、『私が30代になった』、アルバム『ヨンヨンスン』、『神様ごっこ』『クロミョン Live in Tokyo 2018』を発表(スウィート・ドリームス・ プレスより日本盤リリース)。『神様ごっこ』で、2017年の第14回韓国大衆音楽賞最優秀フォーク楽曲賞を受賞。

『私が30代になった』イ・ラン著 イ・ラン/中村友紀/廣川毅 訳 1300円+税 発行 タバブックス
『私が30代になった』イ・ラン著 イ・ラン/中村友紀/廣川毅 訳 1300円+税 発行 タバブックス
Amazon.co.jpより

コンプレックスとの向き合い方は人それぞれ。
乗り越えようとする人。
コンプレックスを突きつけられるような場所、人から逃げる人。
自分の一部として「愛そう」と努力する人。
お金を使って「解決」する人…。

それぞれの人がコンプレックスとちょうどいい距離感を築けたなら…。そんな願いを込めて、「コンプレックスと私の距離」という企画をはじめます。

ぜひ、皆さんの「コンプレックスとの距離」を教えてください。

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