日本と中国は「泥沼で死ぬまで殴りあう」べきなのか。元・駐中国大使に聞く“軍拡”中国との向き合い方

現実主義とは「今の状況を想定して、その中で一番賢く生き抜く道」。これだけではダメだと、宮本雄二さん(元・駐中国特命全権大使)は話す。

日本と中国は「泥沼の中で、死ぬまで殴りあい続ける」のだろうか。

中国共産党の重要会議「5中全会」が10月29日に閉幕した。会議で決まった内容には、米中の分断を意識したとみられる政策が多く盛り込まれ、人民解放軍の増強も明記された。

香港問題や尖閣諸島沖の領海侵入などもあり、日本でも中国への警戒心が高まる。中国の動きをどう捉え、日本はどう対処すべきか。元・駐中国特命全権大使で、日中外交の最前線に立ってきた宮本雄二さんに聞いた。

宮本雄二・元駐中国特命大使。現在は宮本アジア研究所の所長を務める
宮本雄二・元駐中国特命大使。現在は宮本アジア研究所の所長を務める
Fumiya Takahashi

■イノベーションや軍事力を強化へ

「5中全会」は中国共産党の重要会議。共産党は5年に1回「党大会」を開き重要事項を話し合う。大会がない年に開かれる全体会議のうち、前の党大会から5回目に行われたものを5中全会と呼ぶ。

発表によると、今回議決されたのは今後5年間の経済計画や、2035年までの長期目標。GDP(国内総生産)、もしくは1人あたりの収入を倍増させることも「完全に可能だ」と経済に自信を示したほか、世界中から研究者が集まる環境を作るなど、国を挙げたイノベーションの推進を掲げた。注目された習近平氏の後継者人事はなく、続投の公算が高まった。

習近平氏の後継者人事はなし。22年の党大会以降も続投する公算は高まった。
習近平氏の後継者人事はなし。22年の党大会以降も続投する公算は高まった。
EPA=時事

共産党が力を入れて進めるとみられるのが、「デカップリング」と呼ばれる米中の分断に備えた経済対策と、軍事力の強化だ。

米中間の狭間にある日本にとっては、いずれも気になる動きだ。共産党の思惑をどう分析し、日本はどう対応するべきか。宮本さんに聞いた。

■デカップリングは「老人ホームと関係ない」

中国とアメリカの経済的な『分断』が進む。アメリカは中国の通信機器大手・ファーウェイを締め出し、高性能スマホなどの製造に欠かせない半導体の調達も困難にさせている。

さらにショート動画の「TikTok」やSNS「ウィーチャット」といった中国発アプリについても、個人情報が流出する懸念があるとしている。

個人情報が流出する恐れがあるとされるTikTok。北京のバイトダンスが運営するが、会社側は反論。アメリカ事業の分離・売却が進む見込みだ
個人情報が流出する恐れがあるとされるTikTok。北京のバイトダンスが運営するが、会社側は反論。アメリカ事業の分離・売却が進む見込みだ
SOPA Images via Getty Images

中国側もこれに備えている。習氏は「ある国が一国主義・保護主義をやっている」とアメリカを皮肉ったうえで、内需拡大を基調とする「国内大循環」という理念を提唱。生産や消費などを海外に依存せず、膨大な人口を抱える中国国内で回していく、などという考え方だ。

「もともと中国もGoogleやTwitterの中国進出を嫌がるなど、お互いに離れていく構造があった。米中摩擦があって、改めて明確に定義づけたということだ」と宮本さんはみる。

一方で、この動きは一部の産業にとどまると宮本さんは分析する。それは日本も例外ではない。

「あらゆる科学技術は軍事技術に応用される。一方で、経済交流はべらぼうに裾野が広い。全体の経済が切り離されると錯覚されているが、安全保障に関わる分野が占めるのは一部に過ぎず、それは起こらない。

米中間でデカップリングが起これば日本はアメリカ側につく。しかし、それと観光客を呼び込むことや、農産物を中国に輸出すること、日本の事業者が中国で老人ホームを作ることなどに関係があるのか、ということだ。

米ソ冷戦とは構造が全く違う。アメリカ自身、中国と深い経済関係を持っていて、肉や大豆を買え、天然ガスを買えと(迫っている)。日本の農家が中国に農産品を輸出したとして、アメリカは文句を言えないだろう」

■軍拡競争は激化する可能性

今回の会議では軍事面の強化も明確に書き込まれた。

2027年を人民解放軍の「建軍100年」と定め、装備の現代化や情報化を加速させるとした。会議後の11月4日には軍の影響下にある海警局について、外国船舶への武器使用を許可する内容の法律草案を公表。尖閣諸島(沖縄県)周辺で操業する日本漁船への影響が懸念される。

「2027年に建軍100周年奮闘目標を達成する、というのは初めて見た。軍事力強化の全体プロセスを早め、27年まで増強に邁進するのではないか。アメリカも対抗措置をとる必要があり、米中の軍拡競争は激化する」と宮本さん。日中関係がより一層緊張する要因にもなりそうだ。

中国の人民解放軍(2020年10月/北京)
中国の人民解放軍(2020年10月/北京)
Kevin Frayer via Getty Images

軍拡競争が激化する背景には、安全保障の世界特有の考え方があるという。

「相手は信用できない、何か隠している、と相手を疑うことから出発するのが安全保障の世界だ。相手が何をやっているかわからないときは最悪の事態を想定して動く。だから常に相手の力を過剰評価し、必ず軍拡に繋がる。ほとんどの歴史上の軍拡は戦争で終わっている」

一方で、この考え方を政治や外交に持ち込むべきではないという。

「軍事・安全保障の考えに従っていれば、東アジアで平和と繁栄を実現させることはできない。安全保障の面では必要な対応をして、当面は軍拡が続くので、衝突が起きないようにコントロールするべきだ。その一方で、政治・外交・経済では中長期的な目線で話し合い、5年・10年先を見据えないといけない」

■“現実主義”だけでは足りない

しかし、常に相手を疑い、最悪の事態を想定して動くのは外交でも同じではないか。国際政治の世界では『性善説』こそ危険だと感じる人もいるだろう。

「外交の世界は全く違う」宮本さんは即答する。

「今日や明日を生きるために相手を騙せたとして、騙し続けて生きられるのか。外交官が嘘をついていいというのは全くのデタラメだ。

(記者をさして)あなたが嘘をついた途端に、世界中にあなたは嘘つきだと伝わる。それほど狭い社会だ。“あいつは嘘つきだ”とわかった時に、誰が仕事をしてくれるのか。1回は騙せるかもしれない。しかし2回以上騙されるおばかさんは外交の世界にはいない」

そして、「理想」と「現実」のバランスを保つべきだと続ける。

「外交は、現実主義と理想主義を常に統合しないといけない。現実主義とは、今の状況を想定して、その中で一番賢く生き抜く道だ。現実主義と理想主義なら現実が勝つ。では今の泥沼をどう抜け出すのか。泥沼の中でどう生きるかが現実主義であって、どう抜け出すかは絶対に出てこない。それは理想や理念がないと導けない。“相手より上手くやってやろう”というのは泥沼の中で殴りあう時のルール。(それが望みなら)未来永劫、泥沼の中で死ぬまで続けなさい」

宮本さんが望む中国との向き合い方は、現実的な問題に確実に対処しつつも、泥沼の状況を終わらせることを忘れないやり方だ。

「尖閣や靖国の問題は当然大事だ。しかしいったん脇に置いて、日本と中国でどういう東アジアを作るか考えるべきだ。まずはゴールを定めて、何が武力で、何が威嚇に当たるのかなど、個別の問題を処理していくのが私の考え方。こういう東アジアを作りたいが、こういう問題がある、という説明の方が国民も理解しやすいのではないか」

尖閣諸島沖での挑発的な行動や、香港の国家安全維持法の施行などで、日本でも中国への警戒心は高まった。アメリカの調査機関によると、中国へ否定的な見方を持つ日本人は86%に上った。与党・自民党内からは習近平氏の国賓訪日の中止を求める声もあがる。

米中の争いに伴って、日本と中国の関係も緊張するなか、長期的なビジョンに基づいた対話ができる環境が整うのかが、焦点の一つになりそうだ。

注目記事