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ソマリアから撤退する理由

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国境なき医師団(MSF)が、22年におよぶソマリアでの医療援助活動を終了し、撤退するという先日の発表は、国際政治そして人道援助関係者に少なからず衝撃をもたらした。世界がこの国の復興と安定を目指して前向きな議論を始めた折も折、最悪のタイミングだったかもしれない。

まず断っておきたいが、MSFは一国の政治や経済の発展について意見する団体ではない。我々の活動の重点は何よりも、人びとの健康と、必要な時に医療を受けられる環境づくりに置かれている。ソマリア人の大多数は、病気やけが、栄養不良に見舞われても質の高い医療を受けられる機会が非常に少ない。MSFは、この国のほぼ全土で活動しようと必死に努めてきたが、一方で、武装警護を例外的に導入するなどの妥協も強いられてきた。
この国でMSFを待ち受けていたのは度重なる襲撃、拉致、そして16人ものスタッフの殺害だった。脅迫、窃盗、その他の威嚇行為も頻繁に起きていた。世界にこれほど危険な国はなく、MSFにも限界がある。そして、過去5年間に起きた一連の事件によって、とうとう限界に達してしまった。

2011年12月、首都モガディシオで同僚2人が無残にも殺害された。犯人は有罪判決と30年の禁固刑を宣告されたが、3ヵ月後に釈放されてしまった。また、この事件の2ヵ月前にケニアのダダーブで女性スタッフ2人が拉致されたが、彼女らの解放には1年9ヵ月が費やされた。MSFにとって、これらの事件が決定打となった。

しかし、活動を続ける望みが絶たれた本当の理由は他にある。それは最低限の安全保証を得るためにMSFが交渉を重ねてきた各勢力が、裏で人道援助スタッフへの犯罪行為を容認し、一部ではMSFに対する襲撃を後押しさえしていたことだ。医療従事者に対する攻撃は容認できないと声高に叫ぶ人物は、そこにはいなかった。

詳しく言おう。「ソマリアの各勢力」とは現地の多くで覇権を握るアル・シャバーブだけを指すのではない。また、MSFスタッフ殺害事件に無関心な態度を見せたソマリア政府だけを名指すものでもない。むしろ、医療従事者への暴力を容認する風潮がソマリア社会に蔓延しており、そうした意識が、多くの武装勢力はもとより、氏族長から地方行政、中央政府に至るさまざまなレベルで共有されていたということだ。

ソマリアは非常に危険な活動地であり続けてきた。私自身、1998年から3年間、モガディシオで活動した経験がある。当時も極めて不安定で危険な環境であり、一時退避をたびたび余儀なくされるなど、活動は困難だったが、MSFは複数の大規模プログラムを展開・維持できていた。しかし今はもうソマリア南部で活動を続けることは不可能になってしまった。

今回の撤退決定は、MSFの最も悔やまれる歴史の一部になった。直近の月平均の治療人数は約5万人に上り、今後大勢の人が、必要な医療をなかなか受けられなくなるだろう。医療団体として重い責任を感じる。

ソマリアの権力者たちが、各支配地域に住む人びとの医療問題を重視し、また、その提供のために多大なリスクを背負って活動する人びとを尊重しないかぎり、MSFがこの国に戻る可能性はない。

国境なき医師団(MSF)は、紛争や災害、貧困などによって命の危機に直面している人びとに医療を届ける国際的な民間の医療・人道援助団体。「独立・中立・公平」を原則とし、人種や政治、宗教にかかわらず援助を提供する。医師や看護師をはじめとする海外派遣スタッフと現地スタッフの合計約3万6000人が、世界の約70カ国・地域で活動している。1999年、ノーベル平和賞受賞。
http://www.msf.or.jp/
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