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都市のつながり方

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あらゆる都市環境は「ノード (結節点)」と「ノード間のつながり」として考えることができる。

そういうのは、都市の原理を「つながり方」に求める数学者のニコス・サリンガロスだ。

ノードは住居と考えてもいいし、オフィスでもいい。2つのノードの間は「経路」によってつながる。

住居とオフィスがそれぞれ1対1でつながっているとしよう (左)。そこには最低限のつながりの数しかない。家とオフィスを往復するだけで、それ以外には接点がない世界だ。

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一方、すべての住居がすべてのオフィスと直接つながると (右)、著しく多くの経路が必要になる。おそらくその経路の多くはほとんど利用されることはないだろう。

都市の「適切なつながりの度合い」は、「最低限のつながり」と「すべてがすべてとつながっている状態」の間のどこかにあるはずだ。

その「どこか」はどのあたりにあるんだろう。サリンガロスはそれに答えを与える。

1.

すべてのノードがすぐ近くのノードだけとつながっていると、遠くのノードとつながるためには、数多くのノードを経由してたどりつく必要がある。

だがそこに、数本の「長いリンク」をわたすと、全体的なつながりの度合いは飛躍的に高まる。「スモール・ワールド」とよばれる。

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6次の隔たり」のことを聞いたことがある人は多いはずだ。

わずか6人の知人を介すだけで、誰でも世界中の誰にでもたどりつくことができるという。

たとえば南アフリカに住む人と間接的につながるためには、南アフリカに友人がいる人 (長いリンク) とつながるのが近道になる。

誰もが遠くの全員と直接つながる必要はない。長い経路が数本あるだけでいい。

2.

身近なつながりの「短い経路」と、遠距離をとりむすぶ「長い経路」のネットワーク。それが都市を形成する。

サリンガロスによると、その経路の長さの分布は「べき乗則」(この場合正確には「逆べき乗則」) に従うという。

べき乗則の数学的な定義はおいておこう。ここで重要なことは、べき乗則の分布が正規分布とは異なるということだ。

そこでは、ごく少数の長い経路が存在し、それよりも短い経路が多くあり、ごく短い経路が数多く存在する。

わずかな数の長い経路に集中すると、全体的なつながりの度合いは低下する。短い経路ばかりだと、つながりが無駄に多くなりすぎる。

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そのどちらでもない最適な経路の分布がべき乗則だ。都市の社会的なネットワークの分布はべき乗則に従うのが「自然」であり「適切」だ。それがサリンガロスの主張だ。

3.

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ニューヨーク市内には4千を超える数の公園がある。

市内のほとんどの場所から、徒歩10分以内で公園にアクセスできるようになっている。

セントラル・パークは巨大で素晴らしい公園だ。

だが8百万人のニューヨーク市民が日常的に公園を利用できるのは、近所の小さな公園のおかげだ。

都市にひそむべき乗則についての実証的な研究も徐々に進んでいる。

都市には高層よりも低層の建物の方がはるかに多いことがわかってきた。距離の長い道よりも短い道の方が圧倒的に多い。小さなブロックの数は大きなブロックよりずっと多い。

一国内にはごくわずかな数の大都市と数多くの小都市があり、その都市のサイズ分布が「ジップの法則」に従うことは1世紀前から知られている。

4.

私たちの日常的な接触は、住んでいる場所や仕事場の近くの「小さなスケール」でくり返すことが多い。「大きなスケール」は、多くの人の毎日の生活には関係ない。

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そのため道路、公園、建物など、大きなインフラより小さなものが数多く必要になる。

「長いリンク」の玄関口の空港はニューヨーク市内に2つしかないが、地下鉄の駅は468ヶ所ある。

私たちは小さなスケールのレベルで最も密接で強いつながりをもち、大きなスケールでのつながりは緩やかになる。

これを逆にすると悲劇に陥る。20世紀のプランニングは、べき乗則から乖離して大きなスケールへの傾斜を進めた。

ル・コルビュジエなど20世紀のモダニストたちは、小さなスケールの経路や構築物の数を減らして、ごくわずかな数の大きな経路に集中させることに力を注いだ。

高速道路はいうまでもない。住民を超高層につめこみ、オフィスを少数の摩天楼に統合することを夢みた。

大きなスケールのインフラを先につくり、そこに人びとの生活をあてはめる。つながり方は人のつながりや活動を妨げることもできる。

5.

1960年代にロバート・モーゼスがマンハッタンを横切る高速道路を提案し、ジェーン・ジェイコブスが率いる住民たちが反対してその案を阻止した。

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ウェスト・ビレッジの「コミュニティ」を守る闘いだったといわれている。

だがそれは、大きなスケールに集約しようとするモダニストと、小さなスケールを必要とする住民の間に起きた、「スケール」をめぐる闘いと考えるべきかもしれない。

「歩ける都市」があらためて注目されているのも、20世紀の大きなスケールの偏重から小さなスケールへの「揺り戻し」のようにもみえる。

べき乗則は地震や森林火災などの自然現象のほか、企業所得の分布、貨幣流通、スタートアップへの投資リターンまで、社会現象にも広く観察されている。

社会的に形成されるネットワークは、自然と似た構造をもっているといえる。都市のつながりが、自然と同様にべき乗則に従っていても不思議ではない。

都市は本来的に自然に近いものだ。それにもかかわらず、私たちは都市を非都市的で、非自然的なものにしようとしてきた。

6.

生き物は時間をかけて進化する。都市の進化も同じだ。

新しい建物が追加される一方で、取り壊しになる構築物がある。都市が成長するにつれて、小さなブロックが統合されて、大きなブロックができる。

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成長するパリは、中世の狭い道が増大する交通量をサポートできなくなり、より長く広い道を必要とした。

オスマンによる19世紀の「パリ改造」がそれだ。

19世紀の急成長する都市には地下鉄が導入された。

短い経路で近所の人たちだけとつながっていたところに「長いリンク」を導入して、「スモール・ワールド」を実現した。

少しずつ変更を加えていくことによって、都市は「スケール・フリー」であり続けることができる。サイズが変わっても、そのネットワーク分布は変わらない。

都市はそうとは知らずに、べき乗則へと導かれるよう自ら調整するよう強いられている。

7.

継起的なつながりから断続的に生成するネットワーク—。それがサリンガロスにとっての都市だ。

それはモダニストの描くマスタープランよりも、スラムやスクワッターの集落に近い。それは「つくる」というよりも、否応なく「たちあがってくる」ものだ。

空いている手が組み手を変えるようにして、都市は変形を続ける。時間を経て組み合わせを変えていくことができる余地が、都市を動的かつレジリエントにする。

小さなスケールのものが数多く必要になるのはそのためだ。少数の大きなスケールに集約すると、変化への自律的な対応を期待することはできない。

いま私たちが暮らす都市の姿は、長年の進化を経てあらわれてきたものだ。それを事後的に観察しても、なぜそうなっているのかを完全に理解することはできないだろう。

つねに進化の過程にある都市には、不可解なことや重複性、ムダがある。だが「都市のそうした部分をリスペクトしろ」とサリンガロスはいう。

進化から取り残されたものであれば、それはいずれ淘汰されるだろう。いま役に立たないものでも、後にちがった役割を果たすことになることもある。

後にアーチストが利用するようにソーホーに工場を建てたわけではない。1934年にハイラインが開業したとき、廃業後に公園にしようと考えた人はいなかったはずだ。

(2014年9月10日「Follow the accident. Fear the set plan.」より転載)

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