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優勝しても罰走、生徒は使い捨て、自己満足の監督。高校サッカーの不都合な真実(加部究)

2014年01月07日 01時56分 JST | 更新 2014年03月08日 19時12分 JST

体罰やしごきが社会問題になりながらも、未だに一部のサッカー強豪校や伝統校では、行き過ぎた指導が行われている。なぜ理不尽な指導はなくならないのか? このほど出版された加部究著『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(カンゼン)の中でその実態が明らかにされている。(文中のイニシャルは書籍とは異なります)

■「サッカーが苦しい...」

 AはJクラブのジュニアユースで活躍し、卒業後は全国でも屈指の強豪校へ進み3年間寮生活を送った。

 卒業後は、Jリーガーになることが決まりかけていたという。だが高校の部活を経て、彼はサッカーが怖くなってしまっていた。心身ともにいじめ抜かれ、ボールを見ると震えてしまう。

「やっぱりサッカーは、もういいや...」

 そう言ってスパイクを置いた。

 中学を卒業する時点で、Aにはいくつかの選択肢があった。本人が望めば、ユースに進むこともできたが、当時はクラブの組織が混乱していた。また地元の高校に進む選択もあり、むしろ両親はそれを望んでいた。だがAは早く親元を離れて自立したいと考えていた。結局両親は本人の強い気持ちを尊重する形で、実家から遠く離れた強豪校に送り出したのだった。

 入学を決める前に、父は監督と面談をしている。実は監督の悪い噂も多少は耳にしていた。しかし実際に会った監督は、非常に物腰も柔らかく、懐の深さも感じた。

「私も昔は殴るのが普通だと思っていました。でも今はダメですよね」

 父は、この人ならしっかりと話もできるし、息子を任せられると思った。

 1年生の時は、順風満帆だった。早々とスタメンで起用され、父がAに電話をすれば、元気な声が返って来た。

 ところが1年生の終わり頃から、少しずつ態度が変わり、口数が減った。父が異変に気づいたのは、2年に進級してからだった。メールで何度か問いただしてみると、ごく短い返信が届いた。

「サッカーが苦しい...」

 しばらくすると「サッカー」は「生きること」という言葉に置き換えられるようになった。

■ 優勝を決めても待っていたのは罰走

 両親は心が張り裂けそうだった。小さい頃から、何よりもサッカーが大好きな子だった。それから両親は、彼が卒業まで涙を流しながら過ごすことになる。

 監督は途中から親に会うことを禁じていた。父はあまりに心配で監督に直接連絡を取ろうとするが、入学前にはざっくばらんに話してくれた監督が、一切電話を取ろうともしなくなっていた。

 ある時両親は、実家の近くでフェスティバルが行われたので、観戦に出かけてみた。チームは1学年上のトーナメントに出場し、見事に優勝した。ところが3-1で勝利した最後の試合で1失点したことが、監督の逆鱗に触れた。

 連日1学年上のチームと過密日程で試合をこなし疲弊しきった選手たちは、優勝を飾ったにもかかわらず怒鳴りつけられ罰走を課される。近所の長い階段で何十回も上り下りが続けられた。しかもその翌日にも、彼らには試合が組まれていたのだ。

 毎日朝練習に参加するためには、5時半に起きる必要がある。ところが夜のミーティングは22時から始まる。当然授業中に選手たちは睡魔に襲われるが、むしろ一部の教師たちは、彼らに同情していた。

「キミたちの練習が半端ではないことはわかっている。少しなら寝てもいいよ」

 1年時にレギュラーでプレーしていたAは、故障をして治療に行くと精神力がないと烙印を押され、やがて一切試合に使われなくなった。激務にもかかわらず、昼食は焼きそばパン1個で済ませることもあり、睡眠も栄養も不足して身体は疲労を溜め込んでいく。ところが合宿になると、一変して大量の食事を無理強いされるので、ひどい胃炎に悩まされた。Aは、後に父に感謝をしている。

「いろいろ寮に送ってもらったけれど、胃薬が一番助かったよ」

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写真はイメージです【写真:松岡健三郎】

■ 至近距離からボールを蹴りつける監督

 ある時監督はグラウンドでAを正座させると、2~3mの至近距離から思い切り顔面にボールを蹴りつけてきた。根性をつけるトレーニングだというが、脳に障害を与え、場合によっては生命を奪いかねない危険な行為だった。

 一瞬、Aには殺意が過ったという。だが親のこと、特待生として入学してきた自分の立場を考え、思いとどまった。

 在学中は、そんなことの繰り返しだった。一般受験で入学した選手なら、サッカー部を辞めても学校には残れる。しかし特待生は、サッカーをやるために好条件を受けているので、退部=退学になるケースが少なくない。

やはり学歴社会の色が残る日本で、高校中退は避けたかった。さらに自分が途中で辞めると、同じクラブや中学の後輩たちがその高校に進めなくなるのでは、というプレッシャーもあった。

 結局Aは、3年時の全国大会をベンチで座ったまま見届けることになる。

「本当はもう忘れてしまいたい。とにかく僕には逃げ道がどこにもなかった」

 チームメイトには、鬱症状を抑えるために薬を服用している生徒もいた。

 一方で外車2台を乗り回す監督は、極端に感情の起伏が激しく、機嫌が良いと鬱屈した生徒の気持ちなど一切斟酌せず、新調したスーツの自慢をして呆れさせるのだった。

■ 大成した選手の陰で多くの犠牲者が出ている

 実は後述する指導者の教え子も、このAと同じ学校でコーチを中心とした執拗ないじめにあい1年で退学した。コーチには腕にタバコを押しつけられたこともあるというから、もう犯罪の領域である。

 この指導者は、残念そうに吐露した。

「非常に気も強く、国体でキャプテンを務めたことのある有望な選手でした。(同校の状況について)噂には聞いていました。でも噂以上だったんですね」

 この高校には、全国から選りすぐりの選手たちが集まって来る。その結果、こんなことも起こった。

 名将と謳われる監督は、当然Aチームを見ていた。ところが若いコーチが指導しているBチームの方が、優れたパフォーマンスを見せるようになる。すると監督は唐突に言い出すのだ。

「きょうからオレがこっち(Bチーム)を見る」

 こうしてAチームとBチームは入れ替わった。

 つまりこの強豪校は、AとBを入れ替えても結果を出せるほど優秀な選手を集めていたわけだ。だから監督は、生徒たちをコマとしか考えていない。使えないコマ、さらに言えば自分の思い通りに動かないコマは、簡単にベンチに置いて干してしまうのだ。

 一方でこの事例を見れば、Bチームを指導していた若いコーチの方が、監督よりはるかに優れた指導力を備えていたことが分かる。結局しばらくすると、Bチームを指導していたコーチは辞めていく。監督が築いた王国で、自分の信じる道を貫くのは難しいと判断したに違いなかった。

 伝統的な強豪校は、優秀な選手を輩出する。メディアも結果を出した高校の練習方法や姿勢を優れていると喧伝する。その結果強豪校は、さらに優秀な素材を吸い寄せる。

 そんなサイクルが確立されている。

 しかし大成した選手の陰には、こうして多くの犠牲者が出ているケースもある。もともと優れた選手を集めたから勝てるのか、監督の指導力が高いから勝てるのか、本来はそこを掘り下げて検証する必要がある。

※詳しくは『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』でご覧になれます。

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(この記事はフットボールチャンネル2013年12月31日「優勝しても罰走、生徒は使い捨て、自己満足の監督。高校サッカーの不都合な真実」から転載しました)