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ネスレの決断:アフリカビジネスは「中間層幻想」から脱却せよ

2015年06月24日 23時37分 JST | 更新 2016年06月22日 18時12分 JST

「ネスレ」(本社スイス)がアフリカ事業の縮小を決めた。今年中にアフリカ21カ国での雇用を15%削減する。すでにウガンダとルワンダの事務所を閉鎖し、アフリカでの生産を半減するという。同社はいわずと知れた世界最大の食品飲料企業で、1916年に南アフリカへ進出したのを皮切りに、現在は赤道アフリカ地域21カ国に拠点をもつ。2008年からアフリカ事業の拡大に乗り出し、10億ドルを投資してきた。その、アフリカビジネスのベテランが、ここにきて方針を転換したのである。

 同社赤道アフリカ地域のクルメナッハCEO(最高経営責任者)は、「私たちはここを次のアジアだと考えてきた。だがアフリカの中間層は予想外に薄く、さして増えてもいないことがわかった」と語っている。したがってネスレは、新たに積み増すつもりだった中間層向け製品を撤収し、従来の貧困層向け製品のラインアップに戻すことを決めたのだ。

 アフリカ、とくにサブサハラ・アフリカの中間層については、アフリカ経済が急成長を始めて以来いろいろ取り沙汰されてきたが、その実態はよくわからないというのが実情だ。もっとも楽観的なところでは、アフリカ開発銀行が2011年に、総人口の34%、3億5000万人にまで中間層が拡大したという報告を出している。アフリカ開銀がいう中間層とは1日当たりの消費が2~20ドルというものだが、所得を階層化するにあたってこの幅は大きすぎないか。世界銀行の定義では、1日当たり消費が1.25ドル以下は絶対貧困層、2ドルは貧困層だ。2ドル以下にアフリカ総人口の半分以上が入っている。ここを中間層と呼ぶのは無理だと、私は思う。

 一方南アフリカのスタンダード銀行は、昨年出したレポートでアフリカ11カ国の中間層の合計を1500万人と推定している。この11カ国には人口大国のナイジェリアやエチオピアが含まれており、アフリカ開銀とはおよそかけ離れた見方だ。

アフリカの中間層をどうみるか

 アフリカ人の消費性向はたしかに高い。彼らの購買行動がどこに向かうのかを見極めることは、アフリカビジネスを成功裏に進める1つのカギだ。私は、給与生活者を中心としてなんらかの定期収入をえているものは、アフリカの社会文脈では中間層と呼んでよいと考えている。たとえ低額であっても定期収入があれば、それを担保にローンを組むことができ、少々無理をしても家や自動車を購入する人間が多いからだ。また、給与生活者の多くは家庭をもち、安定志向が強まって保守化し、社会の安定基盤になっていく。

 アジアの国々が厚い中間層をもつようになったのは、アジアの経済が輸出指向型工業化で成長したからである。輸出指向の製造業が発達できたのは、そこに「安価で豊富な労働力」という比較優位があったからで、それが輸出競争力を支えた。労働力が経済発展の原動力になったから、経済が成長経路に乗ると即座に完全雇用を達成し、大勢の国民を給与生活者に変えていった。

 他方アフリカは、この10年資源部門を原動力にして成長し、その成長に牽引されてサービス業も成長したが、製造業の伸びは僅かだった。GDP(国内総生産)に占める製造業部門の比率はむしろ減少してきたのである。したがって雇用も伸びなかった。こういう全体動向のなかでは、中間層がアジアのように急拡大する余地はなかなか見出せない。

BOPビジネスの重要性

 とはいえ、ネスレの方針転換は「アフリカはもう重要でない」ということではない。ネスレ自身、そう考えているわけではもちろんない。転換期を迎えたアフリカ経済のなかで、もっとも適切なビジネスの在り方を求めて適応を図っているということである。

 第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)があった2008年、日本でもBOP(Base of Pyramid:貧困層)ビジネスの掛け声が高くなり、政府も日本企業のBOPビジネス支援を模索した時代があった。そのとき、「BOP層はやがてボリュームマーケットに成長していく」という言われ方がされ、BOPビジネスは不得手でもボリュームマーケットには経験豊かな日本企業をアフリカに誘おうと試みられた感がある。しかしながら、BOPと中間層はまったく別物であって両者の間に連続性はなく、BOP市場がボリュームマーケットに育っていくわけではない。BOP市場はいつまでも存在し続けるのであって、ゆえにBOP特有のビジネス手法が要請されるのだ。ネスレはそこに強みをもっている。そこに再び焦点を絞っていこうとしているのである。

 将来を見込むことも大事だが、現在の市場から利益を引き出せなければ話にならない。アフリカ進出を考えておられる日本企業は、あやふやな成長予想より、実は旺盛な消費意欲をもつ貧困層にもっと注目していただきたい。

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平野克己


1956年生れ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院経済研究科修了。スーダンで地域研究を開始し、外務省専門調査員(在ジンバブエ大使館)、笹川平和財団プログラムオフィサーを経てアジア経済研究所に入所。在ヨハネスブルク海外調査員(ウィットウォータースランド大学客員研究員)、JETROヨハネスブルクセンター所長、地域研究センター長などを経て、現在、上席主任調査研究員。最新刊『経済大陸アフリカ:資源、食糧問題から開発政策まで』 (中公新書)のほか、『アフリカ問題――開発と援助の世界史』(日本評論社)、『南アフリカの衝撃』(日本経済新聞出版社)など著書多数。2011年、同志社大学より博士号(グローバル社会研究)。

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(2015年6月23日フォーサイトより転載)

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