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欧州「民泊」事情(上)「Airbnb」が変えた「観光の常識」--大野ゆり子

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ここ4、5年、ヨーロッパの友人と一緒に旅行に行く計画をして、宿泊の話になると、皆まずAirbnb (エアビーアンドビー) のサイトをチェックしてくる。

プライベートの旅行に限らず、たとえば音楽家が公演のために泊まる時も、滞在期間が1カ月以上になると、エージェントや興行主は、ホテルではなくAirbnbのサイトの中のオススメの宿を紹介してくるようになった。そんなわけで、私はオランダ、イギリス、スペイン、フランス、それに帰国時の日本と、「民泊」を利用した経験がある。

利用した個人としては、良い体験の思い出が多い。長い滞在では自炊できるのがありがたいし、大家さんと気が合えば初めての土地でも心強い。民泊といっても領収書が発行されるので経理上も問題がない。私自身は利用経験はないが、イタリアのお城や、木の上にあるアメリカの家、パリのエッフェル搭の向かい側の宿泊施設など、Airbnb に登録された物件にはコストパーフォマンスがよく、ユニークな体験ができるリスティングが少なくない。

しかし「民泊」の利用者数がコントロールされずに、一般市民の生活空間に押し寄せることによって、その土地に住む人の日常を侵食する現象が、日に日に問題になっている。いま私が滞在しているスペイン・バルセロナは、本来は外国人に対してとても開放的で親切な土地柄なのだが、地元の住民の間で「民泊」をする観光客に対する反感が広がり、市もAirbnbやHomeAwayなどの「民泊」仲介サイトに対して、強い姿勢を取るようになった。

「暮らすように旅する」

「暮らすように旅する」と謳うAirbnb は、お仕着せの観光をするのではなく、その土地の普通のアパートに泊まって、地元の人の暮らしに馴染み、人と触れ合いながら旅をすることを、1番の目的に掲げている。

3人いる創業者の1人で、美大でデザインを学んだ米国人、ジョー・ゲビア(35)がプレゼン技術のお手本として世界中で視聴されている動画・TEDカンファレンスで起業のいきさつを語るスピーチは見事だ。

トランプのように声高に叫ぶのではなく、スティーブ・ジョブスのように謎めいたカリスマでもなく、自然体で、さわやかで、奇をてらわぬトーンながら、聴衆の心を15分でしっかりと鷲掴みにするゲビアは、まさに経済危機後、「シェアリング・エコノミー」の時代にピッタリと合った起業家像だったのだろう。

ガレージセール(庭先で不要品などを売ること)をやっていたゲビアのところに、ある男が車で偶然通りかかり、美大を卒業したばかりのゲビアの作品を買ってくれた。一杯飲んでいるうちに日が暮れてしまい、ゲビアは結局、素性のわからないその男を、家に泊めることになる。内心不安にかられたが、結局はそれがきっかけで、その男とは今でも友情が続いている。

その2年後、職も貯金もなかったゲビアは、デザイン関係の会議が開催されるためサンフランシスコ市内のホテルが満杯と聞き、泊まるところがない人を自宅に「民泊」させることを思いつく。

賃貸で収入を得ながら友達まで作ることに成功した原体験をもとに、「知らない人は危ない」(Stranger=Danger)と子供の頃から教えこまれてきた固定観念を、人はどのようにしたら変えることができ、赤の他人を信頼できるのか、その「信頼」をデザインして事業化することを思い立った。

ホストだけではなくゲストも「評価」

「信頼」のデザイン方法――その種明かしのために、ゲビアは聴衆に呼びかける。

「それではみなさん、携帯電話を取り出してロックを解除し、左側の人に渡してください」。どよめきながらも指示に従う聴衆に対して、「このパニックこそ、ホストが自宅を公開するときの気持ちです。それではロックが解除された携帯をもらった気持ちはどうですか? たいていの人は責任を感じたでしょう。それがゲストの気持ちです。そして、これが私たちの会社が存在していられる理由なのです」とゲビアはたたみかける。

Airbnb が信頼を築く鍵として位置付けているのが、評価のシステムだ。ホストだけが評価されるのではなく、ゲストも「品行」を評価され、それが次の宿泊地でのホストの判断材料となる。私自身の個人的な経験だが、ホームページ上で少なくとも50件以上の高評価のレビューがついているホストのところでは、悪い思いをしたことがない。

夫婦で滞在したリヨンでは、イースター(復活祭)の連休初日の夜中に、鍵を内側に差し込んだままドアを閉め、家に入れなくなってしまった経験がある。ホストは午前2時だというのに鍵屋探しにつきあってくれた。個人主義のフランス人に、こんな優しい大家さんがいたことには大感激した。

自らもイラストレーターである彼女は、アーティストの失敗に寛容で、15分後に舞台に出演する俳優が家に閉じ込められているところを助け出し、無事に舞台に送り出した経験もあるという。もちろん、この大家さんとは、いまだに親しく友達づきあいをしている。

ゲビアはこういう体験が「シェアエコノミー」の醍醐味で、Airbnb の存在意義であり、ゲストが家をめちゃくちゃにしてしまうなどのトラブルは、皆無ではないが全体の1パーセントだと強調する。だが、世界191カ国で展開する中で、不動産市場への影響など、次に述べるバルセロナのケースのように、地元とのトラブルが絶えない地域も生まれている。

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大野ゆり子
エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。

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(2016年12月19日フォーサイトより転載)