「南スーダン制裁決議」に見るアメリカ外交の敗北--鈴木一人

注目したいのは、決議に反対する国は1つもなかった、という点である。

前回の記事で取り上げた、イスラエルの入植活動を国際法違反と認める安保理決議と同じ日に南スーダン制裁に関する安保理決議案も提出され、アメリカを含む賛成が7票、日本を含む棄権が8票(反対は0)で決議案が採択されなかった。

この決議案に関しては、アメリカの圧力があったにもかかわらず、日本は賛成に回らず棄権して決議が成立しなかったことで日本でも話題となったが、管見の限り、どのような決議だったのか、なぜアメリカは積極的に推進し、日本は棄権したのかをきちんと説明している報道はあまり見られなかった。

安保理決議の採択に必要な票数

しばしば、安保理決議の採択に関しては、拒否権が重要な役割を果たすことが強調される。5大国(常任理事国Permanent memberの5カ国という意味でP5と呼ばれる)が特権的に持つ権力として知られるが、国連憲章には「拒否権」という表現は存在していない。国連憲章第27条は安保理の評決について以下のように定めている。

(3)その他(手続き事項以外)のすべての事項に関する安全保障理事会の決定は、常任理事国の同意投票を含む9理事国の賛成投票によって行われる。(後略)

つまり、決議が採択されるためには、P5の全てが反対せず(棄権は同意に含まれる)、かつ、賛成票が9以上必要となる。これは、国連が機能するためには非常任理事国を含む安保理理事国の同意を得なければ、国連が有効に機能しないだけでなく、P5のような大国と国連が対立することで国連の権威が傷つき、組織として維持できなくなることを恐れたために作られた制度的な仕組みである。

この背景には、国際連盟時代の理事国であった日本やイタリアが国際的な対立が高まったなかで国際連盟と対立し、それが国際連盟の機能を著しく削いだという経験がある。そのため、国連ではP5の同意を必要とすることが強調されたのである。

しかし、国連憲章第27条で注目すべきはもう1つのポイントである、「常任理事国を含む9票」が必要という点である。仮に常任理事国が全て賛成したとしても、非常任理事国が7カ国以上棄権ないし反対をした場合、決議は成立しない。つまり非常任理事国も集団的に拒否権を発動することができる。

今回の南スーダン制裁をめぐる決議案は中国、ロシアというP5の2カ国が棄権したが、それ以上にニュージーランド、スペイン、ウルグアイ、ウクライナ以外の全ての非常任理事国が棄権に回ったことで賛成票が7票しか得られず、9票に満たなかったのである。

つまり、この決議を提案したアメリカ他の国々は、日本のみならず、多くの非常任理事国の賛成を得ることに失敗したのであり、ある意味、拒否権の発動によって不成立となった決議よりも、外交的な失敗というニュアンスが濃い結果となったのである。

南スーダン制裁決議案とは何だったのか

では、この決議案には何が書かれていたのであろうか。スーダンから独立した南スーダンには2011年から国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)が派遣されており、日本の自衛隊も2012年から施設大隊を送っている。建国当初はスーダンとの国境紛争が絶えず、UNMISSのミッションは主として南北スーダンの国境紛争の平和維持が目的であった。しかし、2013年に解任されたマシャール副大統領がそれを不服としてクーデター未遂事件を引き起こし、南スーダンが内戦状況になった。

2014年1月には停戦合意が成立したので、それを受けて安保理決議2155号を2014年に採択し、内戦にさらされた文民を保護し、人権状況を監視し、人道援助物資の分配を容易にするための任務が与えられるようになった。しかし、その後も対立は収まらず、230万人を超える難民が発生しているといわれている。2016年には和平合意が結ばれ、暫定統一政府が成立したが、国家運営をめぐっての対立は止まず、内戦状況が収まったとは言い難い状況である。

こうした状況を受け、この決議案(S/2016/1085)では南スーダン政府軍(キール大統領派)とSPLA-IO(スーダン人民解放軍反政府派)の両者に対するあらゆる種類の武器の輸出を禁じるというものであり、また、南スーダン政府の閣僚や軍の指導者および反政府派のマシャール副大統領も制裁指定の対象とする、というものであった。

すでに国連からは南スーダンにおける内戦状況と人権侵害についての報告書が何度も出され、南スーダンの状況は悪化しているとの警告が出されており、政府軍、反政府派ともにUNMISSに対する非協力的態度であることが伝えられていた。

安保理理事国の見解の相違

これらの報告書に基づき、アメリカを中心として、南スーダンの内戦状況を改善するには武器の流入を止めることが先決と判断し、安保理決議で武器禁輸を実施することを求めた。アメリカは11月にこの決議案を作成したが、その時は十分な同意が得られないとして提出を取りやめ、安保理理事国との根回しを行った。

しかし、それに対して、日本をはじめ、ロシアや中国などは、不安定ながらも南スーダンの政府軍、反政府派とも停戦合意を尊重するという文書にはサインしており、その合意にコミットしているという認識に基づいて、制裁を行うことに賛成できないとの立場を取っていた。結局、アメリカはP5の反対がないことを確認し、またセネガルなどの非常任理事国も賛成することを見込んで決議案を提出したが、結局賛成は7票にとどまった。

ここで、安保理の議決前後で各国が表明した投票理由説明を見てみると、現在の南スーダンの状況に対する各国の見解が大きく隔たっていることが明らかになる。賛成に票を投じたアメリカは、UNMISSへの非協力と内戦状況の悪化は待った無しの状況にあり、毎日3000人もの難民が生まれている中で、紛争を止めさせるには武器禁輸しなければならないと主張した。また賛成の立場をとるフランス、イギリスも和平のためにも武器禁輸すべきであり、言葉ではなく行動で南スーダンの両派にわからせる必要があるとの立場をとった。

他方、棄権に回った中国、ロシアは、南スーダン政府が発表した包括的国民対話(Inclusive National Dialogue)と、国連の地域保護軍(Regional Protection Force)の派遣を受け入れたことは和平合意にコミットしている証しであり、東アフリカ各国で構成される政府間開発機構(Intergovernmental Authority on Development:IGAD)が発表した「武器禁輸や制裁は南スーダンの恒久的な和平と安定に対する解決にはならない」とのコミュニケの存在を強調した。

日本も、政府が和平に対して前向きな姿勢を見せている時に新たな制裁を科すのは良策ではなく、安保理は和平に向けての努力を一層行っていくべきである、との立場を示した。

トランプの影に追われたアメリカ

任期も残り少ないオバマ政権で、国連大使としてその手腕を期待されていたサマンサ・パワーは、かつてピュリッツァー賞を受賞した『集団人間破壊の時代:平和維持活動の現実と市民の役割』という著書もある人物である。国連や平和維持活動をより積極的に活用し、世界中で起きている紛争を止めることが何よりも彼女を突き動かす原動力となっている。もちろん、彼女はイデオロギーに凝り固まった人物ではなく、柔軟で各国の事情も考慮できる外交官ではあるが、しかし、彼女の中にある信念は純粋で、かつ強い。

そんな中、南スーダンの状況を見て、内戦状況が悪化し、口先だけで和平を語りながら銃を手放さない政府軍、反政府派の双方に不信感を持ち、話し合いでの和平には期待しないという判断をしたのも無理からぬことである。彼女はこうした口先だけの和平を飽きるほど目にし、それがいかに空虚なものか、肌身にしみている。

しかし、南スーダンのPKOに要員を派遣している日本(兵員350)や中国(兵員340、合計357)など兵員や軍事顧問団、文民警察を派遣している安保理理事国にとってみると、脆弱ながらも和平合意があるということが、これ以上の武力対立を抑止する正統な根拠となっており、武器禁輸や制裁強化といった刺激的な措置は避けたいという意図があった。彼らにとってPKOに派遣している要員をより危険な状態にさらすことは望ましくないと考えるのも自然な成り行きであった。

ここで注目したいのは、決議に反対する国は1つもなかった、という点である。棄権に回った中国やロシアも、南スーダンでの和平を望む姿勢は変わらず、武器の流入が望ましいことではないことは同意している。しかし、この時期に、両方の当事者を対象とした制裁を強化することは望ましくなく、もう少し時間をかけて様子を見ることを求めていた。その点で、この時期に決議を通そうとしたアメリカの議論に十分な説得力がなかったことが窺える。

しかし、サマンサ・パワー国連大使にとって、今でなければならない理由があった。それはオバマ政権の任期がほぼ終わりに近づき、次のトランプ政権は新たな国連大使として、外交経験が全くないニッキー・ヘイリー・サウスカロライナ州知事を充てることを決めている。そうなるとパワー大使と同じ熱意と深さで南スーダンの内戦状況を理解し、紛争を止めることを期待することはできない。その意味でも、ここで決議を通さなければ、という焦りがあったのではないかと思われる。

この見立てが正しいかどうかはサマンサ・パワーの回顧録が出るまではわからないが、2016年の大統領選の結果、安保理理事国の総意を得ることなく、無謀な決議案の提出を余儀なくされ、結果として拒否権を回避することはできても、最低限必要な9票を得ることができなかったことは、アメリカ外交の失敗と言わざるを得ないだろう。オバマ政権の、そしてサマンサ・パワー国連大使の求めた「正義」は、国際政治の現実の前に説得力を持たず、トランプ次期大統領の影に振り回され、緊密な同盟国である日本からも賛成票を得られないという一敗地に塗れる結果となったのである。

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鈴木一人

すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。

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(2017年1月12日フォーサイトより転載)

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