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逆転しつつある「オバマ」と「ブッシュ」の評価

2014年09月28日 01時26分 JST | 更新 2014年11月25日 19時12分 JST
EPA時事

 政治指導者の評価は、相当な時を経ないと定まらないのだろう――。オバマ米大統領は9.11テロから13年目の日を前にした演説で「イスラム国」打倒を国民に誓い【Statement by the President on ISIL, The White House, Sept. 10】、ついにシリア国内への空爆作戦に踏み切った。先月の当レビューでも述べた通り、イラク国内から始まったこの軍事再介入が簡単に終わると思っている専門家はいない。地上軍投入もささやかれ出した。

大統領職失格者

 有力な米外交専門誌『フォーリン・ポリシー』最新号は、ここに至るまでの約2年のオバマ大統領のジグザグコースをたどる特集記事を載せた。その2年をブッシュ前大統領の任期最後の2年と比べ、これまでの2人の評価を逆転させている。記事は、同誌の主筆で最高経営責任者(CEO)デビッド・ロスコフが来月出版する本からの引用だ。【National Insecurity, Foreign Policy, Sept./Oct.】

 そこに描かれるオバマは、シリアの毒ガス使用について、記者団との懇談で不用意に「越えてはならない一線」(red line)を口走り、いざその「一線」がアサド政権に乗り越えられてしまうと、1人では対シリア軍事行動に走れず、キャメロン英首相の同道に頼る。キャメロンが英議会に肘鉄を食らわされ開戦への参加は不可能と分かると、今度は米議会に開戦決断の下駄を預けるが、議会とろくにコミュニケーションも図れない。明らかに大統領職失格者だ。

 これに対し、ブッシュ前大統領は任期最後の2年に、世論の批判も恐れず、イラクへの兵員増派を決断して、撤兵に向けてイラク情勢を安定化させた。深刻な金融危機に直面すると「果断な」対応をとり、その後の危機早期脱出への「多大な貢献」をした、とロスコフは評価する。

 オバマは対シリア開戦について議会に下駄を預けることを決めた時、側近らを集めて宣言した。「うまい考えを思いついた。君たちがしっかりやってほしい」――。一同口あんぐり。これに比べ、ブッシュは決めたことの実現には自ら身を粉にし、難局にあっては常に側近を励まし、未曽有の金融危機では、取り乱す閣僚の1人の両肩に手をかけてなだめる姿が、周りを感動させた。ブッシュ・オバマ両政権で要職に就いた元高官は「あの場面にいたならば、誰でもこの人物こそ大統領にふさわしいと思っただろう」と打ち明けている。

 特集記事に描かれるライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の対外折衝でのわめき散らしぶりにも、あきれる。シリア問題での折衝では、欧州の雄ドイツのホイスゲン首相補佐官をして「こんなひどい会談を経験したことはない」と言わしめ、ライスは対独折衝には出られない状態だという。

理想主義外交の舞台裏

 ノーベル平和賞まで受けたオバマの理想主義外交の舞台裏はこんなひどいのかと絶句していたら、フォーリン・ポリシーの先輩格の外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』最新号も、ウクライナ問題でいかに米国と欧州が対応を誤り続けてきたかを描くリアリスト(現実主義派)の重鎮ジョン・ミアシャイマーの論文を載せた。あくまでも大国間のパワーゲーム重視の現実主義の立場からだが、これもオバマ政権のウクライナ政策への厳しい批判となっている。【Why the Ukraine Crisis Is the West's Fault, Foreign Affairs, Sept./Oct.】

 ミアシャイマーは、そもそも冷戦後のクリントン政権時代に北大西洋条約機構(NATO)の加盟国を東方に広げ出したことに問題があった、と論じる。少なくともロシア側はNATOを拡大させないことで米欧側と暗黙の了解があったと思っている(この点は、今月の論壇の焦点であり、のち詳述)。冷戦期「封じ込め政策」の立役者、故ジョージ・ケナンはNATO東方拡大が始まったとき(1998年)、「悲劇的な過ちだ。こんなことをする理由が分からない」と強く警告した。

 まずもって「大国はその本土近くに脅威がうまれることにいつも敏感」。これは地政学のイロハのイだとミアシャイマーは論じる。もし中国がNATOのような軍事同盟をつくってカナダやメキシコを加盟させようとしたら、米政府は激怒して当然だ。

 それなのに、欧州ロシアを担当するヌーランド国務次官補(局長級)は、冷戦後これまでウクライナ民主化に50億ドル(約5000億円)をつぎ込んできたと豪語し、米政府系の民主化基金のトップが「ウクライナの欧州連合(EU)加盟が実現すれば、プーチンに代表されるロシア帝国主義の死が早まる」と発言する。ロシアを刺激するばかりだ。今年2月に親ロシアのヤヌコビッチ大統領が追放されたときには、ヌーランドはマケイン上院議員と一緒に反政府デモに加わっている。やり過ぎだ。

 ウクライナ危機の解決には、(1)米欧はウクライナをNATOとロシアの間の「緩衝地帯」化する(冷戦期のオーストリアがモデル)(2)米EUと国際機関にロシアを巻き込んでウクライナ経済復興を図る(3)米欧が率先して少数派ロシア人の権利をウクライナに守らせる――といった措置が必要だと、ミアシャイマーは提案する。

 米国にとって、アフガンからの米軍撤退、イラン核開発問題解決、シリア安定化などロシアにお世話になる課題は山積だし、興隆する中国の封じ込めに、いつかロシアの手を借りることになる。ロシアとの関係改善に向け、ウクライナで譲るべきだという、まさに現実的な提案だ。

NATO「東方拡大」をめぐるやり取り

 ここで問題となるのが、冷戦末期、米国と旧ソ連(現ロシア)の間で、NATO東方拡大をめぐって、どんなやりとりと了解があったかだろう。『フォーリン・アフェアーズ』はその点について、ていねいに探った論考を載せている。【A Broken Promise? Foreign Affairs, Sept./Oct.】

 問題となるのは、東西ドイツ統一の際の米独ソ(ロ)のやりとりである。冷戦終結をめぐる著書のある南カリフォルニア大のメアリー・サロット教授が新たに公開された外交文書も調べて出した結論をまず言えば、NATOを東方に拡大させないという正式合意はない。しかし、東西ドイツ統一過程の始まる段階でソ連の承認を得るために、そのような取り引きを論議した形跡は残っている、ということになる。その「形跡」をどう解釈するかは微妙だ、と当欄筆者は感じる。

 詳細は論考に譲るが、ドイツ統一交渉が始まった1990年2月当時の西ドイツ(当時)外務省文書によれば、西独外相が英外相に、ゴルバチョフ・ソ連大統領がNATOの東独・東欧への拡大を拒否しているから、NATOとしてその旨の声明を出すべきだと提案した記録がある。また、その3日後のベーカー米国務長官とゴルバチョフとの会談の記録や手書きメモにも、東独や東欧にNATOを広げないことを話しあったことが記されている。しかし、そうした内容の声明や合意文書は結局、発表されていない。

 同じ問題は英保守系誌『スペクテイター』も取り上げている。プーチン・ロシア大統領は、NATOがゴルバチョフ氏を欺したとして、ウクライナを取り戻す気だが、その根拠はベーカー国務長官のメモなどだと思われる。【Russia's Nato Myth, The Spectator, Sept. 6】

 しかし、そのメモから3カ月後、90年5月の米英仏首脳とゴルバチョフ氏の各会談記録を見ると、東欧諸国は自由にNATOに加盟してもいい、という議論がなされている。NATOの政治組織化が前提のようだが、現在のNATOは実際「井戸端会議」のようなものだ、と同誌は皮肉る。この皮肉な見方は、先のミアシャイマー氏も同じだ。ウクライナがNATOに加盟したら、ロシアに侵攻された場合に米欧に開戦の覚悟があるのか疑わしい、と同氏も言う。

「出口戦略なし」の軍事行動

 話はシリア・イラク・「イスラム国」へ戻るが、軍事介入を決断したオバマ大統領の心理は、9月14日付『ニューヨーク・タイムズ』が掲載した大統領の(多分オフレコ想定)記者懇談の発言をたどる記事によく表わされている。【Paths to War, Then and Now, Haunt Obama, The New York Times, Sept. 14】

 大統領は「イスラム国」とイラク・シリアの問題は「次期大統領の課題になろう。さらにその次の大統領にまで続くかもしれない」と語り、特にシリアについては「解決法(Endgame)」は何もないといった様子が、 記者らに強く残った印象だという。ならば、出口戦略なしの軍事行動開始と言える。それは、オバマが強く批判してきたことではなかったか。あらためて、この指導者には不信感を抱かざるをえない。

 オサマ・ビンラディンを殺害してアルカイダを主敵とするテロとの戦いは峠を越えたかと思ったら、「イスラム国」という、さらに手強そうな相手に直面するアメリカ。この状況を、思想史的に切り取ろうとする論考が、米論壇誌『アメリカン・インタレスト』に出ている。タイトルは「自由主義の勝利、窮地に立つ」、副題は「『歴史の終わり』から25年」だ。筆者は保守系シンクタンク「ハドソン・研究所」の上級研究員エイブラム・シュルスキー。初期ネオコン知識人らに強い影響を及ぼした政治思想家レオ・シュトラウスの教え子の1人だ。【Liberalism's Beleaguered Victory, The American Interest, Sept./Oct.】

 フランシス・フクヤマが1989年の論文「歴史の終わり」で論じた政治思想としての自由民主主義の最終的勝利。その自由民主主義がここでは「自由主義」(Liberalism)として論じられている。

 近代200年にわたり、自由主義はファシズム、共産主義など左派過激主義、過激な民族主義、ロマン主義――といった「対抗イデオロギー」と戦ってきた。「対抗イデオロギー」すべてに共通するのは「自由主義は、共通善に対して個人の自己利益を擁護し特別視する。そのために自由主義は卑しく、不公平で、無秩序で、結局は弱々しいものにならざるを得ない」という見方だ。また、自由主義の普遍文明性(Civilization)と、対抗イデオロギーの地域文化性(Culture)の対立問題もあらためて論じられる。

 筆者は自由主義=普遍文明側に立っているが、対抗イデオロギーによって指摘されるような、自由主義が「本来持つ弱さ」の認識に基づき、物質的幸福の追求の限度をわきまえることが重要だ、と結論づける。この論文にはイスラム原理主義の原点である思想家サイイド・クトゥブらの近代西洋文明批判も紹介され、自由主義への新たな対抗イデオロギーとしての政治的イスラムの問題が意識されている。

「利権集団」に乗っ取られた米国政治

 筆者シュルスキーが参照する25年前の『歴史の終わり』の著者フクヤマは、『フォーリン・アフェアーズ』に巻頭大論文「衰退するアメリカ」を寄せている。この論文は、まさにシュルスキーのいう、自由(民主)主義の「本来持つ弱さ」に焦点を当てたものといえる。フクヤマ論文は来月出版される大著『政治的秩序と政治の衰退』からの抜粋だ.【America in Decay, Foreign Affairs, Sept./Oct.】

 ここでフクヤマが取り上げるのは、自由と民主主義を目指してつくられた米国の政治制度が、長い期間を経て、利権集団に乗っ取られ、機能不全に陥っていく姿だ。米国の場合は特に「国家」=行政制度が初めから弱く、司法の役割が大き過ぎる傾向がある。その問題も歴史的に分析されている。フクヤマの新著は、人類の誕生からフランス革命までの政治制度発展をたどった大著『政治の起源』(拙訳、講談社)の続巻になる。

 ついでながら、シュルスキー論文が出た論壇誌『アメリカン・インタレスト』は『フォーリン・アフェアーズ』とライバル関係にあり、編集委員長はフクヤマである。アメリカの論壇では、こうした相互乗り入れをしながら大きな論議を行っていることを、その活力の証明として知っておいた方がよい。

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会田弘継

ジャーナリスト。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。

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(2014年9月26日フォーサイトより転載)