「反体制」「武器」「強盗」「裁判」――数奇な運命をたどった印象派コレクション

まとめて観ることのかなわなかったこのコレクションが、2018年、「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」展として来日する。

ルノワール、セザンヌ、ファン・ゴッホ、ゴーギャン、ピカソ――フランス印象派とポスト印象派の傑作揃いと言われる「ビュールレ・コレクション」。

ドイツに生まれ、スイスに移住した実業家エミール=ゲオルク・ビュールレ(1890~1956)が生涯をかけて収集したプライベート・コレクションである。実はこれまで、ヨーロッパ以外の地域へ所蔵品がまとまって貸し出されたことはほとんどない。

スイスではビュールレの私邸を改装した美術館で作品を鑑賞することができたが、2015年に閉館。まとめて観ることのかなわなかったこのコレクションが、2018年、「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」展として来日する。

約60点の名作のうち、半数が「日本初公開」。日本でコレクションの全貌を知る最後の機会とも言える。さらに、作品の中に「数奇な運命」をたどってきた作品も少なくない。

7月12日、展覧会の準備で来日したE.G.ビュールレ・コレクション財団館長ルーカス・グルーア氏に、ビュールレとそのコレクションについて聞いた。

「門外不出」のモネの大作も

――ビュールレ・コレクションは、1990~91年、生誕100年を記念して横浜美術館に来日して以来です。当時、外部への貸し出しはこれを最後にするという方針が財団にあったと聞きました。

コレクションをどうすべきか、まったく指示がないまま、ビュールレは亡くなりました。そこで妻と2人の子供が1960年に財団設立を決め、作品の3分の1が財団に寄贈されて、2015年までは財団が独自に私邸跡の美術館を運営していました。現在は孫にあたるクリスチャン・ビュールレが理事長を務めていますが、財団の人事にも世代交代があり、若い人たちが運営の中心になることで考え方も変わったのです。

ちょうどそのころに「チューリヒ美術館」の拡張計画が決まり、より一般の人たちにアクセスしやすい状況にしたいと、理事会はそちらに美術品を寄託するという誘いを受け入れました。作品の大部分が海外に持ち出されると、財団の美術館で常設展示できる作品が少なくなってしまうという事情もありました。

だからこそ、2020年にチューリヒ美術館がオープンされるまでの間は、他国でも展示できるチャンスだと捉えたのです。国立新美術館では、我々が運営してきた美術館の展示をそのまま再現するというので、非常にうれしく思っています。

特に、モネの大作『睡蓮の池、緑の反映』(1920 / 1926年頃 油彩、カンヴァス 200×425㎝)は、購入した1952年以来、はじめてスイスを出る特別な作品です。コレクションでもっとも有名なルノワールの『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)』とセザンヌの『赤いチョッキの少年』を日本の皆さんに観ていただけるのも、本当にうれしい。

計画的で真摯なコレクター

――ビュールレが「フランス印象派」にこだわったことには、何か理由があったのでしょうか。

彼はドイツの名門アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルクと、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンで、文学、哲学、美術史を学びましたが、このころから美術に興味を持ち始めたようです。そして1913年にはベルリンを訪れ、ナショナルギャラリー(ベルリン美術館)でフランス印象派の作品に出合うのです。

当時これらの絵画は、権力者におもねって美術界を牛耳っていた「体制派」の重鎮が選ぶ官展(サロン)の意向をまったく無視しており、政治的な主張が隠されていました。ドイツ帝国はそういう画家を毛嫌いし、印象派を購入した美術館の館長をクビにしていたほどです。

当時のビュールレは、23歳の若者でした。こういう作品に心を引き寄せられたのは、つまりは彼自身がアンチ体制派だったからなのだと思います。

――ビュールレは一方で、ナチスを含めた国々を相手に武器なども扱った実業家だった顔も持っています。ですが、ナチスが「非芸術」とみなした印象派を中心に収集をしていたことは、どうつながっているのでしょうか。

彼が印象派に強く惹かれたのは、実業家になる前のこと。2つの事実に直接の関連性はありません。確かにナチス・ドイツはフランス印象派を正当な絵画とは認めていませんでしたが、ビュールレがフランス印象派を本格的にコレクションしていたのは、晩年の6年間。

静物画、風景画、人物画など各画家のトピックごとに初期、中期、成熟期とそれぞれの時期の作品を集めており、そのことからも、感情に流されるままではない、計画的で真摯なコレクターだったことがわかります。

――近年、元の所有者がナチスに略奪された美術品の返還を求める裁判が話題になりましたが、ビュールレ・コレクションにも疑惑の目が向けられたことがあります。

大切なことは、ビュールレは美術品を正式なアートのマーケットから買っていたことです。専門のディーラーに依頼していました。とは言え、盗まれた作品を完全に避けることはできませんでした。

その場合、解決策を提示しなければならないことは理解していたんです。作品に応じて返還をしたり、買い戻したりしていました。第2次世界大戦後、スイスの連邦裁判所はこれらの作品を持ち主に返却するように命じていますが、同時に「ビュールレは善意に従っていた」「誠実に対応した」と無実を証明しています。

つまり、盗まれたものだと知って、わざと購入したわけではないと。アート・ディーラーであるユダヤ系フランス人のポール・ローゼンベールもビュールレに作品を売却したことで責任を問われましたが、彼もまた犠牲者の1人。賠償や返還が済んだのちは、ビュールレの強力なビジネス・パートナーになっていました。

歴史そのものを感じる

――そうした数奇な運命をもつ世界屈指の印象派コレクションは、日本でも必ず教科書に載る作品が多数あります。今回展示される中でぜひとも見逃してほしくない作品は。

まずはドガの『リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち』。これは絶対、観ていただきたい。ブラック(ジョルジュ・ブラック。フランスの画家で、キュビスム創始者のひとり)の作品を除いて、もっとも前衛的な作品と言えるのでは。

たぶん、ご覧になった方々は、絵の一部は完成されているけれど、他の一部は未完成に見えるでしょう。実際、ドガは常に実験を試みていたので、この作品を手掛けた時代には、この特徴はかなりユニークだったと思います。

――この作品のほか、先に挙げたセザンヌの『赤いチョッキの少年』、モネの『ヴェトゥイユ近郊のケシ畑』、ファン・ゴッホの『花咲くマロニエの枝』の4点が、2008年、セルビア人の武装強盗団によって盗まれるという事件がありました。

これらの作品が発見されて、本当に良かった。皆さんにお見せすることがかなうのですから。

この盗難事件のせいで、我々の美術館では一般公開を規制せざるを得ませんでした(モネとファン・ゴッホの2点は、盗難事件のあった直後に美術館近くの駐車場で、セザンヌとドガの2点は4年後の2012年にセルビア・ベオグラードで見つかった)。

――日本では特に「印象派」が好まれます。

日本人は印象派をよく知っていると思います。お世辞で言っているのではありませんよ(笑)。国立西洋美術館の中核に松方コレクション(実業家・松方幸次郎が1910~20年代に収集した。印象派の作品を多く含む)がありますが、これは日本人が印象派の作品を観る目を持っていることと偶然ではないと思っています。

だからこそ、今回、このコレクションが「日本に戻ってきた」と言ってもいい。おそらく今回の展覧会で訪れる方の数は、スイスの美術館を運営してきた過去57年の入場者数を上回るのではないでしょうか。

さらに、「ヴェネツィア」を描いた作品もぜひご覧いただきたい。というのは、カナレット(アントーニオ・カナール。ヴェネツィア共和国の風景画家、版画家)が描いたサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂を、後にシニャック(ポール・シニャック。フランスのポスト印象派の画家)も手掛けています。

作品を見比べれば、150年ほどの間に画法がいかに変わったのかが観て取れます。また、カナレットの作品はフランス革命の50年前、シニャックはその110年後。フランス革命はヨーロッパの歴史の中でも非常に大きな転換点であり、体制を破壊するきっかけとなった。

そこからモダニズムが始まりましたが、絵の印象を通して、背景の社会も感じることができるでしょう。1人の画家や、描かれた1つの都市を系統だって集めていったビュールレ・コレクションだからこそ、絵画史を含む歴史そのものを感じることもできるのです。

【至上の印象派展 ビュールレ・コレクション】

会期:2018年2月14日 ~ 5月7日

会場:東京・国立新美術館

巡回:福岡・九州国立博物館 2018年5月19日~ 7月16日

愛知・名古屋市美術館 2018年7月28日 ~ 9月24日

フォーサイト編集部

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(2017年8月2日フォーサイトより転載)

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