「無党派層への恐怖」で同日選をあきらめた安倍首相

制度改正直後のこれほど不確定要素が多い時期に、政権の命運をかけた同日選に踏み切るのは、あまりにも冒険的すぎる。

4月24日に投開票された衆院北海道5区と京都3区の補欠選挙のうち、京都については投票率が衆院補選史上最低(30.12%)だったことに象徴されるように、有権者の関心はきわめて低かった。自民党が不戦敗だったことも影響しており、結果がほぼ見えていたからだろう。このため今後の国政選挙や政局の行方を占う上での参考にはなりにくい。注目すべきは北海道5区における有権者の動きである。

北海道5区補選では、自民党公認(公明、日本のこころを大切にする党推薦)の新人、和田義明氏が13万5842票を獲得して勝利した。これに対して、敗れた無所属(民進、共産、社民、生活各党推薦)の新人、池田真紀氏は12万3517票を獲得した。自民党公認候補が野党統一候補に1万2325票差で勝ったという構図である。この結果から2つの事実が読み取れる。

野党共闘の効果は?

1つ目は野党共闘のプラス効果である。

「乗り越えないといけない課題はたくさんあると思うけれど、成果としてはやっぱり野党が統一候補で戦えば衆議院選挙でも十分な威力を発揮することははっきりしました」

民進党の安住淳国対委員長は投票日翌々日の26日、国会内での記者会見で、微妙なニュアンスを込めながらも今回の野党共闘のあり方を評価した。この分析は、部分的に正しい。前回衆院選で民進党の前身である民主党候補は自民党候補に約3万6000票の差をつけられていた。これと比較すると、今回は共産党などの野党が相乗りしてくれたことによって、票差がかなり縮まったという効果は確かにあった。

だが、これは当然と言えば当然の結果である。前回衆院選に公認候補を立てた共産党が今回は候補者擁立を見送ったのだから、その分の得票は、棄権や無効票に回る分を除けば、他の候補に流れる。しかも、行き場を失ったのがもともと主に共産党支持層の票なのだから、票の行き先としては、自民党候補ではなく共産党も推薦した野党統一候補の方に圧倒的に多く流れるであろうということは誰にでも予想できる。

野党の総得票数は目減り

補選の結果から読み取れる2つ目は、1つ目とは正反対の言い方になるが、野党共闘には相乗効果がほとんどなく、それどころか野党票全体が目減りしてしまったという事実である。

前回、北海道5区で、野党陣営では民主党公認候補が9万4975票、共産党公認候補が3万1523票を獲得している。合算すると、12万6498票である。これと比較すると、今回の池田氏の得票は2981票少ない。今回の補選の投票率が前回より低かったことを差し引いたとしても、野党の総得票数は目減りしている。

かつて共産党幹部は「1プラス1は3にも4にもなる」と野党共闘効果を強調していた。だが、3にも4にもなったら、池田氏は当選していたはずだ。実際には1プラス1は2にもならなかったのである。

生活の党の小沢一郎代表は補選の結果について、次のように述べている。

「敗因としては、野党各党が基本的に共闘はしたものの、各党それぞれの微妙な温度差を感じ取り、依然国民の目には野党共闘が未だ十分でない、安倍政権に代わり得る選択肢になっていないと映った可能性も否定できない」

民進党内には、以前から共産党と手を組むことに対する消極論があった。共産党に対する抜き差しならない感情的な嫌悪感もさることながら、もともと目指す理想や政策が異なっている政党だから、連携すれば、従来の民主党票が逆に逃げてしまうのではないかという現実的な懸念があったからである。

今回の補選で目減りしたのが、民進党票の方なのか共産党票の方なのかは分析が難しい。だが、目減りした野党票のうち、特に民進党票の一部が、民進、共産両党にとっての共通の敵だったはずの自民党に流れてしまったのだとすれば、民進党にとって無視できないマイナス効果と言えよう。

「逆転」する選挙区はわずか

では、この結果をもとに夏の参院選を占うとどうなるか。もちろん、選挙は水物であるし、参院選まであと2カ月以上ある。それを承知のうえで、あえて全国45選挙区(鳥取、島根の合区、徳島、高知の合区で前回比2選挙区減)のうち、はっきりと勝敗が分かれる32カ所の1人区(改選数1の選挙区)の行方を展望すると、野党共闘は多少の効果はあるものの、その効果は限定的なものにとどまりそうだということが分かる。

まず、前回2013年の参院選の結果をもとに今夏の参院選を予測してみる。野党が32選挙区すべてで候補者一本化に成功したと仮定して、単純に前回の野党候補者の得票数を合計してみると、宮城、山形など7選挙区で自民党候補を上回る。ただし、これらの合計票には、他の野党と足並みをそろえない現在の「おおさか維新の会」などの候補者も含まれている。これらの候補者らを除外すると、自民党候補に勝てるのは新潟など3選挙区にとどまる。

しかも、北海道5区補選結果から分かるとおり、野党共闘効果は、1プラス1は2にならない。このことを考慮すると、野党が勝利できる1人区はさらに減る。

もちろん、この推論はすべての条件が3年前と同じだった場合という、かなり強引な前提の上に成り立っている。3年前とは政治情勢が違うし、安倍政権は3年前の勢いは失っている。各選挙区の事情も異なる。ただ、現時点で大胆に分析すると、野党共闘は各選挙区で自民党と接戦に持ち込むことはできたとしても、逆転に至る選挙区となると、ほんのわずかにとどまるということになる。

無党派票の多くは野党に

ただ、野党共闘があまり脅威にならなかったとしても、自民党は安閑としていられるわけではない。共同通信の出口調査結果によると、衆院北海道5区補選では、無党派層のうち7割以上が池田氏に投票していたという結果が出たからだ。それにもかかわらず、和田氏が当選できたのは、自民と公明の固定ファンに支えられたからである。

北海道は伝統的に野党の地盤が厚い。だが、5区にかぎっては、自民党の町村氏が2009年衆院選で敗れた以外は、一貫して勝利し続けてきた選挙区である。その5区において、無党派層の多くが野党候補に投票したという事実は、自民党を震撼させたに違いない。

大手マスコミの全国世論調査では、自民党の政党支持率は他党に大きく差をつけているものの、4割程度にとどまっている。残り6割のうちの大半が無党派層である。

自民党の強みは約4割の固い支持層であり、逆に弱みは野党支持層という以上に無党派層である。自民党にとって、一番怖いのは野党共闘そのものではなく、野党共闘に触発された無党派層が動き出すことだ。

実に皮肉なことだが、安倍政権と自民党が北海道5区補選から得た教訓は、参院選に勝つためには無党派層が動き出さないこと、つまり、投票率を低く抑えなければならないという点にある。

逆に野党陣営は直接的な共闘効果は限定的だったとはいえ、無党派層の投票行動を喚起する運動を起こすことに成功すれば、1人区で自民党を破れる可能性が出てくる。

投票率が下がれば......

熊本地震をきっかけとして、マスコミは安倍首相が衆参同日選を断念したと報じている。そういう要素はあるかもしれない。だが、同日選断念のもっと大きな理由は、北海道5区補選の分析でも分かるとおり、投票率問題にある。同日選は有権者の関心が高まり、ほぼ確実に投票率が高くなってしまうからこそ、安倍首相と自民党は警戒しているのだ。投票率が高まることは悪いことではないのだが、損得勘定から考えると、そういうことになる。

6月19日には、選挙権年齢を20歳から18歳に引き下げる改正公職選挙法が施行される。各党は高校への出張授業や街頭活動などで投票を呼び掛けている。だが、18、19歳の若者がどういう投票行動をとるのかを読み切れている政党はない。投票先も投票率も見えないまま、手探りでPR活動を続けているだけだ。

自民党も同じである。制度改正直後のこれほど不確定要素が多い時期に、政権の命運をかけた同日選に踏み切るのは、あまりにも冒険的すぎる。場合によっては、18歳選挙権ブームのような現象が発生して、20代も含めて若者の投票率が上昇するかもしれない。それは社会的には良い現象なのかもしれないが、安倍政権にとっては危険である。

安倍内閣は自民党議員や閣僚の相次ぐ不祥事や失言があったわりには、現在比較的安定している。内閣支持率も低くはない。安倍首相は、世間の大きな関心を呼ぶことなく、このまま静かに参院選の投票日がやって来ることを願っているのかもしれない。

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(2016年4月27日フォーサイトより転載)

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