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イバンカはミシェルに勝てるか? 米新政権「ファーストレディー」の発信力--西川恵

2017年01月18日 19時06分 JST | 更新 2017年01月18日 19時06分 JST

米国のトランプ新政権がスタートする。私の関心の1つは、オバマ時代にさまざまなメッセージの発信拠点となってきたホワイトハウスの強力なソフトパワーがどうなるかだ。個人的には権力の中枢としての性格は強まりこそすれ、ソフトパワーという面ではあまり期待できないのでは、と感じている。

「米国のショーウィンドウ」

トランプ大統領(70)のメラニア夫人(46)は子供の教育のためしばらくニューヨークに残り、ホワイトハウスには住まない。そうしたなか注目はトランプ大統領の最初の妻の娘イバンカさん(35)だ。彼女の夫のクシュナー氏が大統領上級顧問になるため一緒にホワイトハウス入りするとみられ、ファーストレディーを務める可能性が高い。

なぜこういうことを言うかというと、「米国のショーウィンドウ」としてのホワイトハウスの発信力はファーストレディーに負うところが大きいからだ。オバマ時代、ミシェル夫人を得てホワイトハウスはさまざまに強力なメッセージを発信した。

まず多文化主義、多民族融和のメッセージの発信拠点だったことは疑いない。オバマ夫妻が黒人で、しかも料理長は女性でフィリピン出身のクリステラ・カマフォードさん。さらに給仕やフラワーアレンジメント担当など、さまざまなスタッフが一体となって立ち働くホワイトハウスは、民族のメルティング・ポット(るつぼ)の縮図だった。

ホワイトハウスは肥満防止と、ヘルシーで安全な食の大切さも発信してきた。ミシェル夫人は2009年にホワイトハウス入りすると、庭の一角に菜園を作った。ワシントン市内の小中学生を招き、一緒に土壌を作り、種まきをし、草取りをした。農作業にはオバマ大統領もかり出された。

収穫した野菜はホワイトハウスの厨房で料理して子供たちに振る舞われた。健康のためにバランスある食事や、野菜をとることの大切さを知ってもらうためだった。

翌2010年、夫人は「レッツ・ムーブ(Let's move)」運動を立ち上げた。肥満防止のために、運動とカロリー削減の重要性を広く社会に認識してもらおうとの狙いだった。食品製造業組合との会合も度々もって、食品の栄養表示の改善も実現した。

外国の賓客に対する饗宴では必ず「ホワイトハウスの菜園サラダ」の1品が出された。ホワイトハウスはヘルシーで安全な食の大切さを率先して実践しているとのメッセージでもあった。

ミシェル夫人の功労

子供たちの社会教育の場でもあった。外国の国賓を迎えた歓迎晩餐会の当日昼は、ワシントン市内の小中学生を招き、ミシェル夫人自ら厨房や広間を案内し、晩餐会がどのように執り行われるか説明した。

オバマ大統領が大統領に就任して初めて迎えた国賓は2009年11月、インドのシン首相(当時)だった。このとき50人の児童、生徒が招かれ、スニーカーやTシャツ姿の子供たちは夫人のインドの話に興味津々に聞き入り、次々に質問を浴びせた。最後は晩餐会で出されるデザートのパンプキンパイを振る舞われ、大喜びだった。

ミシェル夫人はこう語っている。「子供たちは晩餐会が自分たちとは無関係の出来事と思っていたでしょう。しかしここでその一端に触れることで、自分を取り巻く世界に思いを馳せるきっかけとなってほしいのです」「きょう参加してくれた子供たちが、将来、インドのニューデリーやムンバイで働くかもしれません。そうなればホワイトハウスはそのスタートになった訳で、名誉なことです」

晩餐会のときばかりでない。夫人はホワイトハウスでもたれるさまざまなイベントに児童、生徒を招いた。2児の母親でもある夫人は、未来を担う子どもたちの社会教育の場として館を開放したのだった。

イバンカさん次第

ミシェル夫人の神経のきめ細かさはこれまでの米国のファーストレディーにはないものだった。この連載でも何度か取り上げたが、国賓歓迎宴で夫人はその国と米国を繋ぐ象徴を好んで使った。

例えばドレスはその国から来た移民のデザイナーにほぼ例外なく特注した。安倍晋三首相のとき(2015年4月)はロサンゼルス在住の庄司正氏。韓国の李明博大統領のとき(2011年10月)は韓国出身のドーリ・チュン氏、インドのシン首相のときはインド出身のナエム・カーン氏という具合だ。またメニューには、やはりその国の移民が経営するワイナリーのワインをテーブルに乗せた。

ファッションにせよ、ワインにせよ、その国がいかに米国の文化に貢献してくれたかを伝える象徴的アイテムとして使われており、米国の多様な文化と力の源泉を示すことにもなった。

ミシェル夫人のこのソフトパワーに、オバマ大統領も大いに助けられたことは間違いない。オバマ時代の8年間、ホワイトハウスが発信したメッセージは大きく「多文化主義」「食と環境」「子供の未来と教育」の3つだった。

イバンカさんがファーストレディーの役割を担った場合、どのようなメッセージを発信するのだろう。トランプ大統領の強烈な個性が前面に出れば、ホワイトハウスは権力の館としてのイメージが強まる。イバンカさんが父親の負のイメージを和らげ、もしくは転換させるようなメッセージを打ち出せるかどうか、だ。

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西川恵

毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、さらに『知られざる皇室外交』(角川書店)が発売中。

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(2017年1月18日フォーサイトより転載)