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中国が「北朝鮮を守る理由」はなくなりつつある--宮本雄二

2017年03月08日 00時08分 JST

北朝鮮のことは、本当のところは良く分からない。

これまで筆者が担当したことのある中国、米国、ロシア(旧ソ連)、ミャンマーなどは、分析すると自ずと中身が見えてきたものだが、北朝鮮の場合は、それが見えてこないのだ。それだけ情報が限られ、われわれの常識では計り知れない、謎に包まれた国ということなのだろう。

北朝鮮が専門の平岩俊司関西学院大学教授は、「北朝鮮が高度の情報統制下にあること、"主体思想"という独特な思想を国家の基本理念としていること」などをその理由に挙げている。

日本にとっての「北朝鮮問題」とは何か

しかし、日本にとっての北朝鮮問題とは何かについては簡単に分かる。

1つは北朝鮮の核問題であり、このことについては後で詳述する。2つ目は北朝鮮、ひいては朝鮮半島の安定の問題である。ここが不安定化すれば、北朝鮮が保有する化学兵器などの大量破壊兵器の拡散問題のみならず、難民や経済問題を引き起こす。3つ目が北朝鮮にテロ実施能力があることは証明済みなので、北朝鮮が不安定化するなど、状況が変われば北朝鮮によるテロ行為を心配する必要がある。そして4つ目に、北朝鮮による日本人拉致問題がある。言語道断の話であり、困難は山ほどあっても、日本政府には彼らを救出する義務がある。

これらに米、中、韓、露などとの関係がもたらす利害得失を加えて、日本の北朝鮮との関係における「国益」の中身が決まってくる。このように「国益」とは複合的なものであって、その部分の1つが全体を代表することはない。そこでそれぞれに優先順位をつける必要がある。

それをやるのが政治の仕事であり、当然のことながら、プロ集団の意見を聞いた後、政治が全体を総合的に判断して決めるのが筋だ。

北朝鮮の核問題とは何か

北朝鮮が核兵器を保有するかどうかに、これだけ世界の関心が集まっているのは、核兵器は他の兵器とは次元を異にする圧倒的な破壊力を持つからだ。広島、長崎への原爆投下を経験した日本人は、そのことをよく知っている。

第2次世界大戦後、米ソが軍拡競争をした結果、核兵器は急速な進化を遂げ、広島に落とされた原爆の何百倍もの破壊力を持つ核兵器が登場した。米ソ核軍備管理交渉の結果、弾頭数は削減されたが、それでも地球全体を何度でも破壊できるだけの量の核兵器は残っている。

この巨大な核の破壊力により、今度は米ソがお互いに戦争できなくなった。

他方、フランスや中国は、ごく少数の核を持つだけで、米ソの核の使用や核の恫喝を阻止することができた。数が少なくとも破壊力が巨大なことが米ソを思いとどまらせた(これを「抑止力」と言う)。

広島に落とされた原爆は、15キロトンと言われる。北朝鮮の2016年9月の核実験の規模は10ないし30キロトンと言われている。これを北朝鮮が兵器として持てば、中仏が米ソに対して持ったのと同じ効果を少なくとも中国に対し持つことができることになる(北朝鮮が必死になって米国に届くミサイルを開発しているのは、米国に対しても同じ力を持ちたいからだ)。

北朝鮮が核兵器を保有すれば、北朝鮮はますます中国の言うことを聞かなくなる。それだけではない。中国を脅せるだけではなく、米国の日韓にある基地も脅威にさらされる。日、韓、露を脅すこともできる。北朝鮮には、今でさえもほとほと手を焼いているのに、これ以上暴れ回られることになっては、国際社会にとって「悪夢」以外の何物でもない。

「核」と「安定」の優先順位

このように北朝鮮が核兵器を保有することは、中国自身の安全保障に脅威を及ぼし、外交を縛ることを考えれば、中国にとって「悪夢」のはずだ。とりわけ米国で安全保障、つまり核戦略を勉強してきた中国の研究者たちは、そのことをよく分かっている。だが中国は、一直線に北朝鮮の核兵器国化を阻止する方向には向かわない。

そもそも中国の他の部門や指導部が、全体としてどこまで核問題の深刻さを分かっているか疑念を覚える。それほど安全保障の問題は人民解放軍が独占をし、他の部門の関与を許さない分野なのである。

それに加えて、中国と北朝鮮には、朝鮮戦争でともに米国と戦ったという歴史がある。そこで、両国の関係は、「中朝両国人民と軍隊が鮮血を以て作りあげた偉大な戦いに裏打ちされた友誼」(2010年10月25日:中国人民志願軍抗米援朝60周年座談会における習近平国家副主席講話)という仰々しい表現になる。

こういう大げさな修飾語がつくと、簡単に呼び名を変えるわけにはいかなくなる。現に中朝関係とはそういうものだと信じ込んでいる中国人も少なくない。感情移入が起こってしまうのだ。

だから北朝鮮に厳しく対応しようとすると、それに反対する者が出てくる。そこで北朝鮮はさらに中国の足下を見透かし、横着に振る舞う。

そこで「北朝鮮の核問題も重要だが、朝鮮半島の安定の問題も重要であり、基本は米国と北朝鮮が直接話し合って解決すべき米国の問題である」という中国の外交方針となる。

中国にとっての「安定の問題」とは、北朝鮮を見捨てることはできず、現政権を維持してやらなければならないという感情論と、北朝鮮が崩壊して難民が押し寄せるのも困るし、韓国と国境を接するようになれば、米軍と直接対峙することになり困るという現実論を踏まえたものだ。そして「核」と「安定」の間に優先順位がついていないので、中国外交は、その間を右往左往する印象を与えることになる。

マルクス・レーニン主義に反する「金王朝」

だが、この状況もそろそろ終わりに近づきつつあるようだ。

昨年9月に出版された『最後の「天朝」』(沈志華著、朱建栄訳)という本では、膨大な資料を駆使して「血で結ばれた関係」というのが虚飾であることが明らかにされた。この本は中国においてまだ刊行されていないが、著者の判断は中国指導部の共通認識になりつつあると見て良い。

それに北朝鮮は今や「金王朝」である。これほどマルクス・レーニン主義に反するものはない。

しかも「王朝」の内紛の結果、マレーシアで「金」ファミリーの長男が、あろうことか北朝鮮当局の関与の下、VXという化学兵器に使われる物質を使って殺害された。こうなると、中国に北朝鮮を支援する大義は消える。

そして北朝鮮の核兵器である。北が核を持つことにより軍事安全保障、外交戦略上、最も大きな影響を受けるのは、実は中国なのだ。

北朝鮮のミサイルは、米国本土にはまだ届かない。それに米国のミサイル防衛は強化されており、日本や韓国もそれを強化している。ところが中国の場合は、北が撃つ前に破壊するしかない。

だが、相手が発射したことを察知した時点で相手に対しミサイル・ボタンを押して反撃するのが、この世界の常識だ。虎の子の核兵器を簡単に破壊させたりはしない。しかも北京まで届くミサイルを、北朝鮮はすでに開発済みなのだ(ミサイルにのせる核を搭載した弾頭が未開発なだけ)。

つまり北朝鮮が核兵器を完成させるということは、少数の核しか持たない中国が、強大な米ソの脅威や恫喝に屈しなかったのと同じ状況を、中国との関係において作り出してしまうことになるのだ。これまで北朝鮮は、「死んでやる!」作戦で中国を脅してきたと私は見てきた。

「俺たちの政権が崩壊して困るのは、お前たちだろ!」と言って脅していたのだ。これに核兵器が脅しの材料として加わる。

そして現実は、北朝鮮の政権の維持が中国にとってそれほど大事ではない状況、つまり政権を支える方が中国にとって高い代価を払わなければならない状況になって来ている。北朝鮮に対する中国人の感情も冷めて来ている。

冷静に考えてみれば、北朝鮮が不安定化しても日米中韓露で対応すれば、どうにかなる(北朝鮮の人口は2500万くらいだが、旧ユーゴスラビアでも2千数百万だった。東ドイツは1千数百万だったが、これは西ドイツ1国で支えた)。

より深刻な問題は、北朝鮮が"窮鼠猫をかむ"で、最後の悪あがきの暴挙に出る可能性があることだ。そのときに北朝鮮が核を持っていたらどういうことになるのか!

やはり北朝鮮が核兵器を手にする前に、国際社会は、どうしてもそれを阻止する必要がある。

日本がやるべきこと

度重なる地下核実験やミサイル発射実験を経て、北朝鮮による核兵器の保有は、まさに時間の問題となってきた。私は、局面は本質的に変わったと判断している。つまり北朝鮮に核兵器を保有させないことが何にもまして重要であり、そこに的を絞った対応をするべき時期に来たと考えている。それは北朝鮮に対する国連安全保障理事会の制裁をさらに強化し、それらをしっかりと実施し、しかも北朝鮮の暴発に備えることだ。この線に沿って日本は尽力すべきなのだ。

この国際社会の対応の成否の鍵は中国が握っている。米国が中国との関係を悪化させることができないのは、単に経済関係が深いからだけではなく、この北朝鮮問題の解決に中国の協力と行動が不可欠だからだ(中国には対米関係を改善させなければならない、もっと多くの理由がある)。日中も東シナ海や南シナ海にだけ目を奪われていると大局を見逃す。それはそれ、これはこれで、もう少し朝鮮半島のことを話し合うようにしたら良い。それが外交というものだ。

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宮本雄二

みやもと・ゆうじ 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日中友好会館副会長、日本日中関係学会会長。著書に『これから、中国とどう付き合うか』(日本経済新聞出版社)、『激変ミャンマーを読み解く』(東京書籍)、『習近平の中国』(新潮新書)。

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(2017年3月7日フォーサイトより転載)