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中国はトランプにどう立ち向かうのか--宮本雄二

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若いころ、米国の外交官に「この問題を解決しようとしても障害が多すぎる」と指摘すると、「障害は取り除けば良い」と軽く一蹴されたことがある。日本は、与えられた条件の下で対応策を考える。

これに対し、米国は必要ならば前提条件そのものを変えて目的を達成しようとする。これが日本と米国の違いであり、「大国の発想」はそういうものなのだ。

歴代の米国の指導者も同じ発想だった。結果は成功したり、失敗したりだが、世界に対し大きな影響を及ぼしてきた。

トランプを読み切れない中国


トランプ大統領は、かなり激しく「前提条件」の変更を試みようとしているように見える。それが米国の社会をさらに分裂させるのか、世界の秩序を壊してしまうのか、まだ分からない。

だが、相対的な国力が低下しているとは言え、トランプの発言に一喜一憂する世界を見ると、やはり米国は「超大国」だなと痛感する。

トランプを読み切れていないという点では中国も同じだ。

中国外交は、事前に十分準備したものはなかなか上手く対処してきた。シンクタンクをはじめ、多くの人材を活用できるシステムを持っているからだ。

だが、フィリピンが南シナ海問題に関し常設仲裁裁判所に提訴したケースに対する対応は、例外的に下手だった。中国外交が自己主張を強めてきたことのツケでもあるが、同時に現在の国際法秩序に対する理解不足のせいでもあった。

これに対し危機管理や臨機応変の対応はもともと不得手だ。トランプ大統領の登場を、恐らく予測できていなかったと思うし、トランプ対策も不十分だったはずだ。それに加え、トランプの手の内がまだ読めない。

そうなると、現時点において中国がやれることは、トランプの動向を慎重に見極めることしかない。

だが、中国が具体的な手を打ってくるときは、トランプを見定め方針を確定したときであり、その後は方針がすぐに変わることはない。決めるのに時間がかかるが、変えるのにも時間がかかるのだ。

米中経済戦争も


トランプは、台湾総統の蔡英文から当選祝いの電話を受け、その後のインタビューで「1つの中国」は原則でも何でもないとうそぶき、中国に衝撃を与えた。

それでも中国外交部の反応は抑えたものだった。典型的な「相手を観測中の対応」と言える。

知米派であり、国際協調派でもある北京大学の王緝思は、トランプが自著に「中国人に自分の考えていることをわからせない。これが私の強みである」と書いている点を指摘して、トランプの一々の発言を気にするなと説いている。

習近平も、わざわざダボス会議に出席し、国際経済秩序の擁護者として振る舞い、トランプの保護主義に反対する姿勢を明確にした。

通商関係の責任者に中国に厳しいピーター・ナバロが就任し、安全保障関係のポストには軍のタカ派が就任し、国務長官も決して中国に寛容ではない。

中国は、それでもまだトランプ政権を必死に観察中であり、見極めようとしている。

ただ台湾問題は、中国の「核心的利益」の最たるものである。この問題で譲歩したと見られた途端に、中国の指導者の命運は定まる。

トランプが、中国から経済的な譲歩を勝ち取る手段として「1つの中国」カードをこれからも安易に使えば、米中関係は緊張する。

逆説的だが、後述するように、中国側は余裕がないから強く出るのであり、同じように余裕がないから本気で経済戦争を戦う可能性がある。

穏健派の王緝思でさえも「(貿易経済問題について)中国側はかなりの準備ができている。後手に回ることはない」と明言している。米中関係は実に不確実であり、経済面でも衝突は起こりうるのだ。

最大の挑戦は軍事安全保障から来る?


中国は、孫文のころから豊かで強い「富強」の中国の再興を夢見てきた。毛沢東や鄧小平もそうだったし、習近平もそうだ。

鄧小平の時代は、それを表に出さず意識的に抑えてきたが、最近は「超大国」への願望を隠すことはない。

2008年のリーマン・ショックによる米国の自信喪失が、米国に追いつけるし、追い越せると中国に思わせた結果でもある。

世の中は中国の思い通りにはならないと思うが、それでも予見しうる将来、中国経済が伸びれば軍事力増強も続くだろう。米国と同じように中国は「超大国」として、それに見合った軍事力を持つべきだと考えているからだ。

つまり確実に、米国の、とりわけ西太平洋における軍事的優位に挑戦するということであり、米軍のオペレーションに対する大きな制約になるということだ。

トランプ・チームの軍事安全保障グループは軍のタカ派に率いられている。

オバマ政権より力に対しては力で応じるという姿勢は明確だ。中国が、しかるべき調整をしないと、米中はさらに緊張するということだ。

その主戦場は台湾海峡と南シナ海となろう。中国は台湾に対する不満を募らせており、軍事的危機はむしろ台湾海峡の方だという者もいる。

このシナリオはマイナスが多すぎ、理性的に判断すれば、排除されるべきものだが、中国側が読み違える可能性はある。それを避けるためにも米中の軍同士の意思疎通は極めて重要である。

南シナ海政策を調整


現時点をとれば、米国の軍事力は圧倒的だ(2015年の米国の軍事支出は中国の4倍)。人民解放軍強硬派の政策は、その米国と正面からぶつかりかねない。

そこで習近平指導部は、南シナ海政策の調整を始めた気配がある。

もちろんすでに確保した岩礁や構築物は、そのままにした上での話だが、フィリピンとの外交関係を調整したし、ASEAN(東南アジア諸国連合)とも話し合い路線に転換した。

中国における南シナ海問題の権威の1人である呉士存中国南海研究院院長は、米国の「"過度に"頻繁な自由航行の示威」を抑制するように求めるとともに、中国は「"過度な"軍事的な建設を避ける」ことを提案している。

軍もこれ以上動くなと言っているのだ。

鄧小平は、経済を発展させ、国民の生活を改善することで国民の共産党に対する支持をつなぎとめようとした。

習近平は、ナショナリズムを活用し、「富強の中国の復興」を内容とする「中国の夢」(その後、「人民の幸せの実現」が付け加えられた)を実現することで、共産党の統治の下支えを図ろうとしている。

ナショナリズムは自己主張の強い対外強硬姿勢となりがちだ。しかし中国共産党の統治は、「経済の持続的成長」が止まれば、それで終わる。

グローバル経済の中で経済発展を続けようとすれば、平和な国際環境は不可欠であり、対外強硬姿勢は調整せざるを得ないのである。

だから調整の兆しを見せている。だが、それが本当かどうかは、中国の国内情勢が決める。

中国外交にも余裕はない


中国共産党の統治システムは、トップに権力が集中しないとうまく回らない仕組みになっている。

習近平に権力を集中させないと中国の統治がうまくいかないので、昨年秋の党中央委員会において「習近平を"核心"とする党中央」と決めた。しかし、肩書があれば何でもうまくいくというほど世の中は甘くはない。

つまり与えられた権限以外に物事を動かす別の「力」が必要なのだ。この「力」の内容は様々だが、一言でいえば物事を実現できる「力」のことだ。

私の判断では、習近平はこの「力」がまだ足りないように見受けられる。中国は実に多くの問題を抱えており、それは改革を通じてのみ解決できる。

改革は必ず既得権益層の抵抗にあう。それを突破する「力」が必要なのだ。それは習近平に忠誠と協力を誓う人たちの数の多寡で決まる面がある。だから今秋の第19回党大会において自派の数を増やしたいのだ。

もちろん「力」を削られる側は抵抗する。中国共産党は、相当、緊張した状態に今ある。

そういうときには理性的な対外政策はやりにくくなる。やはり強硬論が通りやすいのだ。そうした国内の制約の中で、習近平は対外政策のかじ取りをしている。

その中でトランプが習近平に追い打ちをかければ、習近平は反撃するしかない。米中関係は実に不確実なのだ。

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宮本雄二
みやもと・ゆうじ 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日中友好会館副会長、日本日中関係学会会長。著書に『これから、中国とどう付き合うか』(日本経済新聞出版社)、『激変ミャンマーを読み解く』(東京書籍)、『習近平の中国』(新潮新書)。
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(2017年2月2日フォーサイトより転載)