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「習大大」1人勝ちへ移行する中国

2015年03月26日 14時36分 JST | 更新 2015年05月25日 18時12分 JST

 今年の全国人民代表大会と全国政治協商会議の「両会」は、これといった焦点が見えにくいなか、目立ったのは習近平・国家主席の圧倒的な存在感だった。太子党を背景に持つ習近平氏と、中国共産主義青年団を背景に持つ李克強首相という2頭立ての馬車だった中国指導部が、習氏の1人勝ちに変質したことを印象づける場になった。

 本来、中国内政を扱う「両会」の主役は首相。李克強氏には政府報告や記者会見を含めて発言の場はあったが、報告への拍手も小さく、会見も面白みや迫力がなく、精彩を欠くように映った。何より、「習李体制は終わった」という目で誰もが見ていたのが大きかった。

謎のアニメ会社

 両会に先立つ旧正月期間中の2月下旬、中国のネット界で3本のアニメが話題を集めた。『(習氏の)大衆路線は本気なの?』『(習氏は)市民の問題を簡単に解決してくれるの?』『官僚たちは(反腐敗を)怖がっているか?』というタイトルで、いずれも制作者は「朝陽工作室」という会社だったが、その実態はよく分からない。1本につき15分ほどの長さで、簡単なアニメーションで世の中の問題を解説していく。

 注目された理由は、そのアニメのなかで何度も習氏が登場することだ。芸術は政治に奉仕するというプロレタリア芸術を採用している中国では、もちろんその枠から飛び出すような芸術家はたくさんいるが、指導者に関するものとなると、やはりそこは政治的な意図をもって作られるべきだという考えが徹底される。そして指導者のアニメを含めた映像番組を作ることは許可なくしてあり得ず、非常にまれだ。「個人崇拝」との批判を招くからだ。

 習近平のアニメが流されるのは初めてではない。2013年10月には『指導者はどのように鍛えられるか』というアニメが流れた。このときは頭だけが写真で体はアニメを使って作られた。昨年2月の『習主席の時間はどこに行ったか』というタイトルのアニメでは頭を含めた全身がアニメだった。

 この朝陽工作室という会社もどこか神秘的だ。所在地がどこでどんな会社なのかまるで分からない。アニメ制作会社ならHPの1つもあろうが、それも見当たらない。ただ、「中共中央網絡:安全和信息化領導小組弁公室」や「国家信息化領導小組弁公室」などのHPで朝陽工作室の反腐敗アニメをアップしているので、政府の宣伝工作の一端を担う会社であることは間違いなさそうだ。

「毛沢東」的指導スタイル

 中国は天安門事件以来、鄧小平の意向で政治局常務委員による集団指導体制を「党是」として堅持することが建前だった。その際に「××総書記を核心とする指導部」などと表現されてきたが、7人か9人かの常務委員は多数決で物事を決めるので、総書記の1票もほかの1票も変わらないのが建前だ。

 この集団指導体制下では、指導者の個人的生活にはあまりスポットを当てないことが不文律になってきたが、それは毛沢東時代の個人崇拝の反省もあってのことだ。しかし、最近の習近平氏への「一極集中」により、そうしたルールからの逸脱を実感させるケースも見られるようになっている。

 アニメだけではなく、全人代の前には、習氏が文化大革命時代に下放された村を再訪するシーンがニュースで報じられた。10代の時期に農民にまじって畑仕事やダム建設に取り組んだ「美談」を語らせるためである。

 習近平の「あだ名」である「習大大」も、メディアなどでどんどん自由に使われるようになっている。「大大」は親しみのこもった「おじさん」のような意味だが、これまで指導者を「あだ名」で呼ぶことは庶民の間に隠れた形ではあったが、公式の場では御法度だった。だが、習氏と一般民衆との対話の場で、ある出席者が「習大大と呼んでも構わないでしょうか」と聞くと、習氏は「Yes!」と応じて、それ以来、「習大大」はお墨付きを得た形になった。

 もともと中国人は長い封建体制からか、政治的人物を神格化して「崇拝」することをためらわない民族性を持っているとされる。個人崇拝を悪しき慣行として否定して登場した共産党だったが、毛沢東自らが「赤い皇帝」となって大躍進政策や文化大革命で国をめちゃめちゃにしたのは周知の事実だ。

「個人崇拝の禁止」と「集団指導体制」は、鄧小平の死後も、鄧小平が指名したという形になっている江沢民、胡錦濤の2人は維持してきたが、「後・鄧小平」の指導者である習近平には、そうしたことへのこだわりが薄いようにも見える。一方で、指導部に対するブロガーや作家、記者、学者らの批判には容赦なく取り締りを行っているところをみると、習氏という指導者は、反腐敗闘争の勝利によって権力基盤を確立しつつあるなか、毛沢東的指導スタイルに向かうのかと不安を感じさせるところがある。

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野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)。

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(2014年3月25日フォーサイトより転載)