ジャカルタ「同時テロ」事件のインパクトと限界

東南アジアで、再びテロ撲滅に向けた長い戦いが始まろうとしているのかもしれない。

1月14日午前10時55分頃、インドネシアの首都ジャカルタの中心部で爆弾テロ事件が発生した。

まず、ジャカルタの中心部を貫くタムリン通りに面したスターバックス・コーヒー店で自爆テロが発生した。これでパニックになった店内の客が外に逃げようと出てくると、店外にいたテロ犯2人が外国人客を標的に拳銃を発砲し、カナダ人1人が死亡。

それとほぼ同時に、別のテロ犯2人がコーヒー店の角の交差点にある交通警官の詰所に自爆テロをしかけた。この爆破に巻き込まれたインドネシア人の一般市民1人が死亡。この間わずか5分あまりである。

その後、駆けつけた警官らとの間で銃撃戦になったが、残った2人のテロ犯は射殺され、死者7人(うちテロ犯5人)、けが人24人(うち外国人4人)を出した白昼のテロ事件は終わった。わずか20分あまりの出来事であった。

中央銀行などの主要官庁や外国企業なども入居する高層ビルが立ち並ぶジャカルタ一番の目抜き通りで発生したテロ事件は、インドネシア国民に大きな衝撃を与えた。しかも、今回の事件は、自爆だけでなく拳銃を使った殺人が行われたという点で、これまでのテロ事件とは大きく異なる。インドネシアにおける過激派の活動が新しい様相を帯びてきたという点が注目される。

「"コンサート"が行われる」と警告

インドネシアには、200人以上が死亡した2002年のバリ島爆弾事件をはじめ、2000年代には大規模な爆弾テロ事件が続発した歴史がある。しかし、2009年以降はアメリカ合衆国やオーストラリアからの技術支援を受けた警察が過激派グループの摘発を進めたことで、テロ事件を首謀していた東南アジアのアル・カーイダ系組織ジュマー・イスラミヤ(JI)は組織としてはほぼ崩壊した。その後は、各地の残党が警察署などを標的に小規模なテロ事件を起こすだけになっていた。

しかし、中東における「イスラーム国」(IS)の活動の広がりは、インドネシアにおける過激派の活動にも影響を与えた。2014年3月頃からISに対する支持を表明する団体が国内各地にあらわれ、いまや1000人以上がISに何らかの形で関与しているとされる。さらに、インドネシア人が続々とシリアに渡ってISの活動に合流し、その数は400人を超えているとみられる。シリアから帰国したインドネシア人も100人以上いると考えられており、政府はテロの危険性が再び増す可能性があると危機感を抱いていた。

しかも、2015年11月のパリ同時多発テロ事件以降、シリアのIS勢力が世界各地に活動を拡散させる中で、東南アジアでもこれに呼応する動きが発生した。

12月にはIS勢力から、「近いうちにインドネシアで"コンサート"(=テロ)が行われて、国際的ニュースになるだろう」と警告が寄せられたため、治安当局はジャカルタ中心部でテロの発生する可能性が高いと見て大晦日・元旦を中心に警備を強化するとともに、過激派グループの摘発を集中的に進めていた。

しかし、年末年始を無事にやり過ごした矢先、警備が緩んだ隙を突かれる形でテロ事件が発生してしまった。

東南アジアにおける主導権争い

政府は、事件発生当日から、テロはIS勢力の犯行という見方を示した。IS側も犯行を認める声明を出した。

警察は、犯行主体についてさらに踏み込んだ発表をしている。事件には、バフルン・ナイムというインドネシア人が関与しているというのである。バフルンは2010年に銃器の不法所持で逮捕され、禁錮2年半の実刑判決を受けたことのある過激派活動家である。2014年に出所後、シリアに渡ってISに合流したとされる。

現在もシリアに滞在しているバフルンは、IS幹部の指令に従って東南アジアにISの支部を作るため、インドネシア国内の過激派グループとコンタクトを取っていた。そのバフルンが、彼らに資金と攻撃計画を渡してテロを実行させた、というのである。

そして、バフルンがテロ事件を引き起こした背景には、東南アジアにおけるIS勢力をめぐるリーダーシップ争いが絡んでいるという。東南アジアにおけるIS勢力の指導者になるという野望を持つバフルンは、フィリピンに存在するIS勢力よりも「実力」があることを示す必要があった。インドネシアでテロを実行させることで、彼自身がインドネシアの過激派グループをコントロールする力と、ISとしての作戦を遂行する力を持っていることを示そうとしたというのである。

「長い戦い」の始まり

今回のテロ事件は、アジアで初めて実行に移されたIS関連のテロということで国際的にも大きなインパクトを持つ。インドネシアだけでなく、東南アジア各国政府もIS勢力に対する取り締まりを強化せざるをえないだろう。

ただし、インドネシアにおけるIS勢力の限界も見えた。インパクトは大きかったとはいえ、今回の事件はわずか20分ほどで警察に制圧された。現場から逃走した犯人もいるのではないかと言われるが、実行犯全員がその場で射殺された。彼らが使用した爆弾も、爆破で死亡したのが犯人だけだったことから分かるように、それほど破壊力が大きいものではなかった。

中東や欧州に比べると、インドネシアのIS勢力は、技術的にも資金的にもテロの実行力で劣るのである。それは、2000年代から過激派グループの摘発に取り組み続けてきたインドネシア政府の成果でもある。

また、国内の主要なイスラーム組織から、テロ行為は「いかなる宗教の教えとも相容れない」、「いかなる理由であっても非難されるべきものである」との声明が出されたことから分かるように、ISの活動が一部過激派グループ以外に支持を広げていくことはないだろう。

しかし、テロ事件の根本的な原因が中東におけるISの活動である限り、東南アジアの国々の力だけで過激派の活動を完全に取り締まることはできない。今回のような小規模なテロが各地で散発的に発生する可能性は十分にある。ジュマー・イスラミヤの活動がようやく下火になった東南アジアで、再びテロ撲滅に向けた長い戦いが始まろうとしているのかもしれない。

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川村晃一

独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター副主任研究員。1970年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、ジョージ・ワシントン大学大学院国際関係学研究科修了。1996年アジア経済研究所入所。2002年から04年までインドネシア国立ガジャマダ大学アジア太平洋研究センター客員研究員。主な著作に、『2009年インドネシアの選挙-ユドヨノ再選の背景と第2期政権の展望』(アジア経済研究所、共編著)、『インドネシア総選挙と新政権-メガワティからユドヨノへ』(明石書店、共編著)、『東南アジアの比較政治学』(アジア経済研究所、共著)などがある。

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(2015年1月15日フォーサイトより転載)

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