まったく変わらぬ「医師」「製薬企業」「官僚」癒着の実態を告発する--上昌広

医師と製薬企業の不適切な関係は改善されたと思うだろう。 ところが、話はそんなに簡単ではない。

スイス製薬大手の日本法人「ノバルティスファーマ」が販売する降圧剤の研究不正が発覚して5年が経過した。

この間、医師と製薬企業の関係については、情報開示が進んだ。2012年以降、製薬企業は医師や病院への資金提供を、一部の大学や病院は製薬企業から受け入れている資金を、それぞれ開示するようになった。さらに、今年4月には臨床研究法が制定され、製薬企業は医療機関・研究者への資金提供を公表することが義務づけられた。これで、医師と製薬企業の不適切な関係は改善されたと思うだろう。

ところが、話はそんなに簡単ではない。私は、実態は変わっていないと考えている。

「日本臨床腫瘍学会」の癒着

すこし工夫すれば、医師と製薬企業の「癒着」の痕跡は、容易に見つけることができる。多くの医師主導臨床研究のプロトコール(治験実施計画書)や、学会のガイドラインがインターネットで公開されている。ご興味がある方は、ファイルをダウンロードして、「プロパティ」の「作成者」の欄を調べてみるといい。

例えば、2014年4月に日本臨床腫瘍学会が発表した「大腸がん患者におけるRAS遺伝子(KRAS/NRAS遺伝子)変異の測定に関するガイダンス第2版」だ。

このガイドラインは、抗上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)抗体薬の使用法に関するものだ。EGFRは大腸がんなどの一部のがんで高発現しており、がんの増殖と関係する。抗EGFR抗体薬としては、スイス製薬大手の日本法人「メルクセローノ」が販売する「セツキシマブ(商品名アービタックス)」と、「武田薬品工業」が販売する「パニツムマブ(商品名ベクティビックス)」があり、いずれも大腸がんへの効果が認められている。

その後の研究で、RAS遺伝子が変異している患者には抗EGFR抗体薬の効果が低いことがわかった。この変異は、大腸がん患者の45%程度に認められる。2010年には厚生労働省も、遺伝子検査を保険適用とした。

その後も同様の変異の発見が続いており、無駄な投薬を避けるため、使用ガイドラインを改定することとなった。作業部会のトップは土原一哉氏(国立がん研究センター先端医療開発センター)が務めた。

このガイダンスはウェブ上で公開され、製薬企業との利益相反は冒頭の3ページで詳細に記載されているが、土原氏は、すべての製薬企業との利益相反はない、と明言している。

ところがこのファイルを調べると、「作成者」の欄には「Merck・Ltd」とあった。同社はメルクセローノの親会社。「アービタックス」は同社の目玉商品で、2016年度の全世界での売上は約1100億円だ。

医師たちは、無駄な抗がん剤の使用を止めるためのガイドライン作成を、その薬を販売する会社に任せていた可能性がある。少なくとも「独立した評価委員による評価を2014年2月から3月に行い、以下に示す改訂版を作成した」という説明は、文字通りには受け取れない。

この件は、これまでどこにも報じられていない。今回、この文章を読んだ日本臨床腫瘍学会は、果たしてどのような対応を取るだろうか。メディアはどう報じるだろうか。おそらく当事者は説明などしないだろうし、メディアも学会を批判したりはしないだろう。

医療界の悪弊は、問題が指摘されても頬被りを決め込むことだ。それは厚生労働省も例外ではない。

日本臨床腫瘍学会は実は、国がん(国立がん研究センター)の医師が立ち上げた集まりだ。国がんは厚労省の直轄組織だが、ここでは科学研究費(科学研究助成の補助金)の不正使用など、多くの問題が発覚している。おそらく、この手の「癒着」は氷山の一角だろうから、下手に問題を指摘すると、自らが返り血を浴びかねないのである。

世界最高峰科学誌に論文掲載

臨床研究不正で、現在最大の問題となっているのは、乳がんの臨床研究グループである一般社団法人「JBCRG(東京都中央区、代表理事大野真司・がん研有明病院乳腺センター長)」だ。

この組織は、戸井雅和・京都大学乳腺外科学教授が設立した団体で、常任理事には黒井克昌・東京都保健医療公社荏原病院院長や岩田広治・愛知県がんセンター中央病院副院長など、乳がん業界の重鎮が名を連ねる。

このグループが今年6月、米国の『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(NEJM)』誌に臨床研究を発表した。

『NEJM』は世界最高峰の医学誌で、2016年のインパクトファクター(掲載論文が引用された回数を示し、雑誌の格の指標に用いられる)は72.4で、医学誌の中で断トツの1位だ。ちなみに2位は英国の『ランセット』で47.8、科学誌の最高峰とされる英国の『ネイチャー』は40.1。『NEJM』の権威の程がおわかりいただけるだろう。

日本の臨床研究が世界で評価されることは、1人の日本人として誇りに思う。ところがこの論文を詳細に読むと、研究費の扱い、製薬企業との関係、さらに健康保険への不正請求など、JBCRGのやり方が滅茶苦茶なのがわかる。

不可解な資金の流れ

その前に、まずは、この研究の概要をご紹介しよう。

この研究は「CREATE-X」と呼ばれ、対象はHER-2陰性の再発リスクの高い乳がん患者だ。合計910人が登録され、全員が従来型の抗がん剤治療を受けた後に、手術を受けた。

その後、患者は無作為に分けられ、「カペシタビン(商品名ゼローダ、中外製薬)」という抗がん剤を投与される群と、それ以外に分けられた。

結果は驚くべきものだった。コントロール群と比較して、カペシタビン投与群の5年間の死亡、再発リスクがそれぞれ41%、30%も低下していたのだ。臨床試験は中間解析でストップした。

カペシタビンは乳がんの補助化学療法として以前から注目されてきたが、過去の多くの臨床試験では有効性を示せなかった。2015年に米国、また最近ドイツから発表された臨床研究の結果は、いずれもネガティブだった。今回のように再発だけでなく、生存期間まで延長できたという研究結果は、世界に衝撃を与えた。だからこそ、世界最高峰の医学誌である『NEJM』も掲載したのだ。

カペシタビンは、中外製薬が販売する抗がん剤だ。中外製薬は我が国を代表する抗がん剤メーカーで、特に乳がん領域に力をいれている。主力の「アバスチン」(売上921億円、2016年度)や「ハーセプチン」(売上341億円、同)は乳がんに適応があり、この領域での売上が多い。

カペシタビンの売上は123億円で、同社の抗がん剤領域では第4位だ。市場規模は大きくないが、対前年比11%の売上増で成長が期待できる。さらに乳がん治療では、前述のアバスチンやハーセプチンなどの他の商品との相乗効果が期待できる。つまり、この臨床試験は中外製薬と密接な関連があるのだ。

では、実態はどうだったのだろう。『NEJM』を見ると、この臨床試験は、一般社団法人JBCRGと特定非営利活動(NPO)法人「先端医療研究支援機構」によって助成されたと記載されているだけで、中外製薬の名前は一切出てこない。

臨床試験の実施主体がJBCRGなのに、そのための資金がJBCRGから助成されているとは不思議な理屈だ。余程、資金の出所を隠したいのだろうと勘ぐられても仕方ない。『NEJM』編集部は、どうしてこのような記載を許したのかわからない。

この問題を最初に指摘したのは月刊誌『選択』だ。その8月号で「中外製薬が抗がん剤で『研究不正』『カネまみれ』医学界との癒着は続く」という記事を掲載し、ネット上で無料公開した。

「紐付きです」

冒頭でご紹介したように、製薬企業は医師などへの資金提供を2012年から開示している。開示されたデータを調べると、2012年度から4年間に中外製薬からJBCRGに1億円、先端医療研究支援機構にも、2012年度から15年度までに2億円以上の寄付金が渡っている。2011年以前は開示されておらず、これは氷山の一角だが、その巨額さに驚く。

製薬企業からNPOなどへの寄付は、年間100万円程度が相場だ。数億円の寄付は、何らかの見返りがあったと考えるのが普通だろう。知人の先端医療研究支援機構関係者に尋ねたところ、「JBCRGに入れました。勿論、(中外製薬の)紐付きです」と回答した。

言うまでもないが、この臨床試験の結果で利益を受けるのは中外製薬だ。カペシタビンの、これ以上ない宣伝になるだろう。しかも、自らの名前は出ることなく、医師が自主的に研究した形をとっている。

このケースが極めて巧妙なのは、製薬企業から医師や病院への資金提供について情報開示が求められたため、製薬企業は第三者機関を、医師たちは独自の団体を立ち上げ、両者の間で資金をやりとりしたという構造だ。いずれも情報開示義務がなく、外部からはチェックできない。先端医療研究支援機構からJBCRGに渡った金の額は不明だし、JBCRGがどのように使ったかもわからない。臨床研究法の精神を踏みにじる行為で、悪質と言わざるを得ない。

ところが『選択』の記事が出たあとも、医学界・厚労省・マスコミはだんまりを決め込んだ。

この問題を指摘したのはただ1人、南相馬市立総合病院の乳腺外科医である尾崎章彦氏(32)だ。『サイエンス・アンド・エンジニアリング・エシクス』という英語の専門誌に、問題点を解説した論文を寄稿して掲載された。医学界の中で相当な反発が予想される中での、勇気ある行動だ。彼の存在を見ていると、日本の医学界も変わりつつあることを感じる。

「見え透いた嘘」で健保「不正請求」

実は、この臨床試験にはもう1つ問題がある。それは研究者たちが、製薬企業から受け取った研究費でカペシタビンを購入せず、健康保険で不正に請求していたことだ。

医師と製薬企業の癒着は、薬害を別にすれば、極論すれば株主が不利益を蒙っているという問題である。ところが健康保険への不正請求は、国民に対する冒涜だ。

このことを報じたのも『選択』だった。11月号で「中外製薬『抗がん剤研究』の闇 一流医師らと健保組合から『大金詐取』」という記事を掲載した。

先に挙げた乳がん研究「CREATE-X」の対象は、再発リスクの高い乳がん患者で、カペシタビンを手術と併用した。ところが、厚労省がカペシタビンの保険での使用を認めているのは「手術不能又は再発乳癌」だけだ。つまり、適応外使用である。

前述したように、カペシタビンを乳がんに補助化学療法として用いた過去の多くの臨床試験では、有効性を示せなかった。今回の臨床研究のように、カペシタビンを用いた場合の効果は全く不明と言わざるを得ない。JBCRGも、『NEJM』に掲載された論文の中でそのことを明記している。

臨床研究としてカペシタビンの適応外使用をする場合、厚労省の「先進医療」制度に申請し、カペシタビンの費用は別途研究費で支払うしかない。通常、製薬企業はこのための費用を医師に寄付金として入れる。中外製薬からJBCRG、あるいは先端医療研究支援機構を介して研究者に支払われた金は、この目的に使うことを念頭に置いている。

ところが、彼らはカペシタビンの費用を健康保険に請求した。『NEJM』の論文では、「カペシタビンは保険者と相談して投与した」と記載している。

これは明白な嘘だ。臨床試験に用いる適応外使用を認めることは、保険診療・診療報酬のあり方を定める厚労省令の「療担規則」に違反する。健保の担当者が通知違反をしてまで認めることはあり得ないし、あまたある健保組合のすべての担当者に合意を得るなど不可能だ。

どうして、こんな見え透いた嘘をつくのだろう。参加施設の倫理審査委員会は、なぜ、この点を指摘しないのだろうか。日本の臨床試験のガバナンスには問題がある。

誰もが「だんまり」

「CREATE-X」は日韓共同の臨床研究だ。日本で登録された患者の約半数である300人程度がカペシタビンを投与された。2017年11月末日現在のカペシタビンの値段は、1錠360円(2年に1度の薬価改定のたびに安くなるため、「CREATE-X」が行われた当時はもっと高い)。この試験の場合、1日12錠を2週間服用する。そして、これを6~8コース繰り返すから、カペシタビンの費用は総額で約1億5000万円となる。研究者たちは本来、自分たちが研究費として準備すべきこの費用を、健康保険組合に負担させたことになる。

我が国でカペシタビンの術後補助療法は一般的でない。この臨床試験に登録されなければ、おそらく処方されることはなかっただろう。この点を鑑みれば、医師は論文、製薬企業は新規顧客の開拓のために、健保を食い物にしたという見方も可能だ。

医療機関が組織的に保険の不正請求をした場合、病院は不正請求分の払い戻しに加え、延滞利息などを支払い、その結果経営破綻することが多い。さらに院長は、医道審議会で保険医資格の停止などの処分を受ける。

ところが、この件を『選択』が報じて以降も、厚労省、医学会、さらにマスコミも、またもやだんまりを決め込んでいる。JBCRGもホームページや記者会見で見解を述べることはしていない。これこそが、現在の我が国の医学界を象徴していると思う。

問題意識なき医学界

知人の厚労官僚は、この件について穿った見方をする。彼が注目するのは、「CREATE-X」に参加した62施設中、4施設が独立行政法人「国立病院機構」傘下の病院であることだ。これは厚労省直轄の機関で、厚労省で医療政策を担当する医系技官が出向している。彼は、「国立病院機構は臨床試験体制整備のために、巨額の補助金を受け取っていますが、この体たらくです。JBCRGを追及すれば、そのまま自らに矛先が向いてしまうのです」と言う。その構造は、冒頭にご紹介した日本臨床腫瘍学会と同じだ。産官学の癒着構造ができあがり、誰も問題意識をもっていないのである。

臨床研究への社員関与が問題となった2012年のノバルティスファーマ事件で、ノバルティスの日本法人幹部は更迭された。だがその後ノバルティスは再生し、成長を続けている。

一方、東京大学医学部を中心とした多くの関係者は責任を取らず、その地位にしがみついた。東大医学部の衰退は、いまや週刊誌でも揶揄されるレベルだ。明治以来、先人たちが営々とした努力で築いてきた東大医学部という財産を、不心得者たちと、それを批判しない臆病な「お仲間」が壊してしまった。

医療・医学は社会の信頼なしには発展しない。今回紹介したケースの問題点は、公開情報だけでも明々白々だ。今こそ、オープンに議論し、医療界に溜まった膿を出さねばならない。

上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

(2017年12月5日フォーサイトより転載)

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