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「トランプ現象」で浮き彫りになった米社会の「地殻変動」

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DONALD TRUMP
ASSOCIATED PRESS
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今年も余すところ少なく、間もなく2016年を迎える。いよいよ米大統領選の年だ。オバマ大統領の跡を襲うのは誰か。11月の投票に向け、2大政党の本格的候補者選び(予備選)がいよいよ2月から始まる。

大統領奪還を目指す共和党では本命とされていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事の人気が低迷、イスラム教徒や中南米移民排撃で暴言の限りを尽くす富豪トランプ氏が断トツで支持率トップを突っ走る。人種的少数派の支持なくして共和党の将来はないと見る党指導部は大困惑だ。

他方、民主党の候補者選びはヒラリー・クリントン前国務長官に収斂しているが、社会主義者を標榜するサンダース上院議員が予想外に健闘している。

移民排撃に社会主義――。いったいアメリカに何が起きているのか。アメリカ論壇の議論を追ってみよう。


労働者の不満に応えているか

トランプの突出は共和党における「階級闘争」の表出だ。世論調査を基に、そう論ずるのは『ワシントン・ポスト(WP)』紙のベテラン政治コラムニスト、E・J・ディオンだ。「億万長者のトランプは共和党を支持する労働者階級のヒーローなのだ」とディオンは言う。【Class war comes to the GOP, The Washington Post, Dec. 7

12月4日に発表された『CNN/ORC』世論調査によれば、過去数カ月の各調査が示していた1つの傾向が「劇的に」明らかになった。大卒の共和党支持者を見れば、支持率トップはクルーズとルビオの両上院議員(ともに19%)で、トランプは1ポイント差を付けられて2人の後塵を拝している。

だが、高卒以下の共和党支持者は違う。トランプ支持率はなんと46%、続くクルーズ、ルビオらは10%前後に過ぎない。両学歴グループの間でトランプ支持に28ポイントもの差があるのだ。この大差によりトランプ支持は全体で36%にもなり、2位(クルーズ)以下を20ポイント以上引き離した。【Full results of CNN/ORC polls, CNN politics, Dec. 4

共和党主流派がトランプに太刀打ちできないのは、白人労働者階級の共和党支持者らの期待にほとんど応えてきていないからだ。彼らは、自分たちが置かれている経済的苦境の原因は移民であり、福祉にたかるような奴らがいるからだ、と感じている。彼らの不満の背景にある「経済的原因」への対処が必要だ。2大政党の主流派がそれを理解すれば、トランプ旋風も収まる、とディオンは言う。この分析はトランプ現象の核心を突いている。また、社会主義者サンダースの健闘の背景にも通じる。

余談だが、当欄筆者はサンダースが下院に初当選した1990年中間選挙をアメリカで取材している。冷戦終結過程に入ったアメリカにおける社会党議員の当選に驚いたのを今でも思い出す。翌々年の1992年大統領選予備選では、共和党側に「アメリカ第一」を訴えたパット・ブキャナン候補が登場し、トランプと似たような大躍進を遂げた。その思想背景を論壇誌で詳細に分析した(『右からの反乱に揺さぶられるアメリカ』中央公論1992年1月号)。当時は、冷戦勝利にもかかわらず米経済は低迷し高失業率が続き、その中での第1次湾岸戦争......と、サンダース、ブキャナンの登場の背景は、今日とかなり似ている。


「中産階級ラディカル」の復活

閑話休題。ディオンの分析の下敷きになったと思われるのが、現在は政治専門誌『ナショナル・ジャーナル』に籍を置くベテラン政治記者ジョン・ジュディスの論文「中産階級ラディカルの復活」だ。トランプ現象を解明する必読文献として推奨したい。【The Return of the Middle American Radical, National Journal, Oct. 3

ジュディスは、過去半世紀ほどの米政治を分析する上で重要な投票者集団として「アメリカ中産階級ラディカル」を指摘する。時に有権者の4分の1を占めるほどの大集団だ。学歴は高卒以下、所得は中から中の下、工場労働者か、あるいは営業・事務職のホワイトカラーだ。政治意識は右翼左翼(従来の保守・リベラル)では単純に割り切れない。

政府は金持ち階級と貧困階級だけを相手にし、「(下層)中産階級は無視されている」という強い不信感を持つ。大企業は力を持ち過ぎている、と感じ、政府には福祉政策や年金制度を、さらには物価統制や就労・教育支援までやってほしいと思っている。政府が嫌いなのか好きなのか、ないまぜの心理だ。

この中産階級ラディカルこそが、民主党の人種隔離廃止政策に反対し、党を割って「アメリカ独立党」から1968年大統領選に出馬したウォレス元アラバマ州知事を、また1992年や1996年大統領選で共和党あるいは無所属(第3党)候補として旋風を巻き起こしたブキャナンや富豪実業家ロス・ペローの支持母体となった。そして今、トランプ旋風の原動力となっているのも彼らだ、とジュディスは見る。

さらに遡って、19世紀末~20世紀初頭に第3党「人民党(People's Party)」の強い支持を受け、繰り返し民主党大統領候補になったブライアンや、1930年代にルイジアナ州で絶大な権力を誇った大衆政治家ヒューイ・ロングら、ポピュリスト(語源はアメリカの「人民党員」)と呼ばれる政治家らがいる。米政治史上に特異な足跡を残した彼らを生みだしたのも、中産階級ラディカルだ。

支持基盤の中産階級ラディカル同様に、ポピュリスト政治家も単に右翼左翼では分けられない。政府と結託する大企業や金持ちは「人民の敵」だとして怒りの標的にする。そこまでは左翼だ。加えて、黒人など少数派や移民も下層中産階級を収奪する敵だとみて怒りをぶつける傾向を強く示せば、右派のポピュリストだ。

トランプは、年金制度や高齢者向け医療保険制度などを政府がしっかりと維持するよう求め、また道路・空港などインフラ整備への財政出動を惜しまない姿勢だ。「小さな政府」指向の(アメリカ型)保守とは明らかに違う。日本の報道では見逃されている点だ。

ジュディス論文が明らかにしているように、この「アメリカ中産階級ラディカル」の概念を提示したのは、ドナルド・ウォレンという無名の学者の1976年の著書『ラディカル・センター』(Donald Warren "The Radical Center: Middle Americans and the Politics of Alienation")である。社会主義が根付かなかったアメリカで、どのように不平等解消に向け民衆の力が結集されていくのか。ポピュリズムや「ラディカル・センター」の概念がきわめて有効に思われる。


白人労働者階級の「意識」

ジュディスが描くような中産階級ラディカルの抱く懸念の存在を裏付けているのが、ワシントンの公共宗教調査研究所(PRRI)がまとめて11月に発表した年次世論調査報告書『不安・ノスタルジア・不信』だ。【Anxiety, Nostalgia, and Mistrust, Public Religion Research Institute, Nov. 17

この報告については、11月19日付WP紙でコラムニストのハロルド・メイヤーソン(数少ない社会主義者著名人の1人)が要点を簡潔にまとめているので、それに拠って紹介する。アメリカでは民主・共和2大政党の支持者がますます左右に分極化していると言われるが、異様なほど共通点もあることが世論調査で分かった。アメリカ人の大多数は政党支持の違いにかかわらず、金持ちと大企業に有利なように「経済や政治制度は仕組まれている」と感じ、金持ちと大企業が及ぼす力のため選挙においても「一般市民の票は問題とならない」と考えている。64%の市民がそう考えており、そうとは思わないという36%の2倍近い。【Americans see a rigged system, WP, Nov.19

調査対象者の86%が企業の海外移転による雇用の流出こそが米経済の問題の元凶だと答えている。2012年の調査では74%だったから、この3年で大きく伸びている。77%(共和党支持者でも67%)が、企業は収益を社員にきちんと還元していないと見ている。79%(同63%)が、米国の経済システムは金持ちを不当に優遇していると答えた。2012年には66%だった。連邦の最低賃金を時間あたり10.10ドルに上げよという要求は76%(同60%)。

民主・共和を問わずもっとも高い比率で一致を見たのは、「政府は誰の利益を考えているか」という設問への答えだ。ともに90%前後の民主党支持者、共和党支持者がそれぞれ「金持ち」「大企業」と答えており、両党での差は4〜5ポイントと小さい。共和党支持の白人労働者階級に特異なのは、政府は少数派や移民の利益を重視している、人種的多様性は米経済と文化の衰退をもたらしたという意識が強い点だ。

この最後の「意識」が、白人労働者階級をトランプ支持に回している要因だ。だが、経済制度が金持ちと大企業に有利にできているという不満から、社会主義者サンダース議員や、民主党左派の代表的政治家で「ウォール街を占拠せよ」運動の思想的指導者エリザベス・ウォレン上院議員を支持してもおかしくない。


クリントンの共和党版を

トランプ現象を見ていると、本稿冒頭で指摘したような共和党のジレンマが浮き彫りになってくる。保守大同団結の上に経済的苦境にあった白人労働者階級をも民主党から引っ剥がして、「小さな政府」と減税による繁栄追求で保守黄金時代を築いたレーガン大統領以来の伝統は、もう持たない。白人労働者らは政府に救済を求めている。大企業中心の繁栄は下層中流階級に恩恵をもたらさない。

その状態を放置すれば、共和党支持の中流階級の怒りは、トランプのようなデマゴーグによって移民や黒人・中南米系貧困層など下層に向けられる。結果、共和党は、いずれ現在の人種少数派が米国人口の多数派を構成する時代に対応できない政党になってしまう。

そんな共和党の苦境をインタビューやルポで生々しく描き出しているのが、高級誌『ニューヨーカー』11月9日号が掲載したジャーナリスト作家ジョージ・パッカーの「共和党階級戦争」だ。【The Republican Class War, The New Yorker, Nov.9

パッカーが注目するのは、ネオコン系や宗教保守系の保守論客らを中心に、すでに2012年大統領選の敗北を受けて始まった共和党の変革を図ろうとする運動だ。今回の選挙でも、主流派候補らの政策アドバイスを行っている。彼らは改革派保守、略して「リフォーモコン(reformocon)」を自称する。中心メンバーはレーガン、ブッシュ父子の3代にわたる共和党政権で内政を主に担当したピーター・ワーナーや、息子ブッシュ大統領のスピーチライターを務めたマイケル・ガーソンら。前者は『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』紙で、後者もWP紙でコラムニストとして論陣を張る。影響力がある。

リフォーモコンは、1980年代にレーガン保守革命に追い込まれた民主党の改革派が、民主党指導者評議会(DLC)を結成し、犯罪対策や福祉政策で保守寄りに路線を変更してクリントン政権を生みだした例に倣おうとしている。今度は共和党が中道化を図って、政権奪取を狙おうというわけだ。ワーナーは、「来年の大統領選でクリントンの共和党版を候補に立てたい」と公言してはばからない。共和党は、いずれ人口の多数派となる人種的少数派も含め、経済困難に直面する下層中産階級の側に立つのだ、と言う。

リフォーモコンはすでに昨年、こうした方針に沿った社会福祉・医療保険・教育などの政策提言を盛り込んだ冊子「成長への余地」を発表している。【Room to Grow


本格派ジャーナリズム健在

まさにトランプの右派ポピュリズムが狙ったところと重複する。パッカーも指摘するように、トランプ支持者は思想傾向では右も左もない。高卒以下の白人が主体である。トランプは、社会福祉を維持し、雇用を海外に流出させる企業を罰し、ヘッジファンドに重税を課すと誓って、経済苦境にある下層中産階級の喝采を浴びている。改革派保守の政策提言冊子よりも、トランプの騒がしい演説の方が白人労働者階級にはピッタリくる。改革派保守にとっては、お株を奪われたような状況だ。

トランプの主張は改革派保守など飛び越えて、いっそう社会主義的なところもある。だから、当然、保守本流のメディアとも衝突する。財界を代弁し、減税・自由貿易など経済保守本流を行く『ウォール・ストリート・ジャーナル』とは真っ向からぶつかるし、保守派ケーブルTV局『FOX』とも激突している......。

パッカーの長文ルポは最後に、なぜ下層中産階級は改革派保守の呼びかけに応えないのかという問いに、労働者らが置かれた厳しい現実の描写で答えている。改革派保守は家族、教会、共同体の立て直しなど、これまでも繰り返し提起された施策を打ち出しているが、いま労働者が企業内で置かれている状況ははるかに厳しい。「面と向かって話し合ってことを進める、ということなどない。すぐにも手当が必要な事態に何の助けも得られない。家族などまったく無視される。この先、給与をもらえるか見通しがない。職もなくなるかもしれない。不安の中で死にものぐるいで肩を寄せ合うだけだ。グローバルな競争が労働者を使い捨てにしている......」

そんな中で、彼らはサンダースやトランプの中に「何か望みが見つからないか」と必死になって探しているのだ、とパッカーは言う。

ニューヨーカー誌のこのルポを読むと、伝統メディアの衰退が言われながらも、アメリカでは依然、市民生活から政策立案、思想までを広く見渡し取材する従来の本格派ジャーナリズムが健在だという印象を強く受ける。


日本の社会主義が学ぶべき点

ニューヨーカー誌は10月12日号で、もう1人の左派ポピュリスト、社会主義者バーニー・サンダースを描く「ポピュリスト預言者」も掲載している。筆者はノンフィクションライター、マーガレット・タルボット。恐慌期にポーランドから移住してきたユダヤ移民の息子が1960年代の学生時代から社会主義者として格差是正を追い続け、片田舎バーモント州の地方政治家から、下院議員、上院議員と上り詰め、ついに時代の要請も受けて民主党大統領候補選びで健闘する。これもアメリカならではの物語だ。【The Populist Prophet, The New Yorker, Oct.12

服装も構わず、確かにちょっと変人ではあるが、2010年、ブッシュ(前大統領導入の)減税延長では8時間半ぶっ通しで反対演説をぶち、若い有権者に感銘を与えた。法案提案数、その委員会通過率ではトップテンに入る。昨年は、共和党マケイン上院議員と協力して帰還兵士医療制度の改革拡大を成し遂げた。社会主義政党は風前の灯火の日本に比し、たった1人でも、冷戦後だからこそ輝きだした社会主義者サンダースをアメリカ政界は持つ。民主主義の伝統の奥行きを感じさせる。

タルボットが記事で引用する世論調査機関「ピュー調査センター」の2011年の調査では、30歳未満の若者の49%は「社会主義」を肯定的に見ている。資本主義の46%を上回る。【Little Change in Public's Response to "Capitalism,""Socialism", Pew Research Center, Dec. 28, 2011

社会主義について、冷戦時代の画一化された見方でなく、欧州諸国やカナダの社会民主主義を視野に、企業の横暴を抑え、社会保障を拡大するというイメージを持っているからだと、専門家は分析する。日本の社会主義は、ことによるとサンダースに学ぶ点が相当あるのではないか。


声ばかりで力がない「右派」

トランプ旋風を目の当たりにして、さらに11月30日付NYT紙が載せた『アルジャジーラTV』のニュースショー司会者によるコラム「どうしてブッシュが懐かしいか」を読むと、アメリカ政界の排外主義の急激な高まりに驚く。【Why I Miss George W. Bush, NYT, Nov. 30

3000人近くが死亡した2011年の9.11テロから1週間後、当時のブッシュ大統領(共和党)はワシントンのイスラム教センターに出向き、イスラム指導者らと並んで記者会見に臨み、「テロはイスラムの真の信仰とは無縁だ。イスラムとは平和の意だ。われわれは悪と戦う。イスラムと戦うのではない」と断言した。いま、共和党大統領候補を狙う政治家の口から出るのは反イスラムの憎しみと恐怖を煽る言葉ばかりだ、とコラム筆者は嘆く。

では、アメリカは右傾化したのか。いや違う。アメリカはむしろ、どんどん左傾化しているのだ、と論じるのはリベラル派の中堅論客ピーター・ベイナートだ。総合誌『アトランティック』に論文「アメリカはなぜ左傾化しつつあるか」を寄せた。今日のアメリカ社会と政治を別の角度から切り取ってみせる。ベイナートが左派応援団であることを差し引いても、示唆するところが多い。若者たちが「社会主義」を肯定的にとらえているという調査結果と符合するのかもしれない。いまアメリカで起きている現象を右左で単純に割り切れないことを示している。【Why America Is Moving Left, The Atlantic, Dec. 21

ベイナートは言う。1960年代、ベトナム戦争反対運動などで民主党は左傾化しすぎ、その反動としてニクソンの「もの言わぬ多数派(サイレント・マジョリティ)」動員、レーガン革命による保守政治興隆で、ついに1990年代のクリントン政権による民主党の中道化を招いた。しかし、ブッシュ(息子)政権の対テロ戦争への嫌気と反動で、民主党は再び左へと戻り、初の黒人大統領オバマ政権を生みだした。いま、オバマ政権の左傾が再び保守の反動を引き起こしている、というのが一般的な見方だ。だが「その見方は間違っていると気付いた」。

確かに右派の声が大きく聞こえるが、声ばかりで実は力がない。つぶさに検証すると、「アメリカ全体は右にではなく、依然左へと向かっている」とベイナートは主張する。民主党中道化を支えてきた組織やメディアは次々と消えたり、方向転換したりし、代わってリベラルな団体やメディアが力を伸ばしている。その大きな流れはとまらない。ネットメディアとして力を誇った『ドラッジリポート』に代わり、いま力を持っているのは左派『ハフィントン・ポスト』だ。新聞、TVでもノーベル賞経済学者クルーグマンを筆頭にリベラル派知識人が際立っている。


トランプの主張にもある「左派政策」

政治・社会団体を見ても、民主党中道路線を引っ張り、クリントン政権を生み出した民主党指導者評議会(DLC)は2011年に解散。代わって2004年大統領選予備選で敗北しながらも、民主党内に「思想革命」を引き起こしたハワード・ディーン(後に民主党全国委員長)の衣鉢を継いでリベラル派ブログサイト『デイリーコス』から進歩派団体「MoveOn」への流れが生まれた。オバマ選挙応援団を核に生まれた「ウォール街を占拠せよ」運動、警察官による一連の黒人被疑者殺害事件とそれを受けた暴動・略奪騒動から生まれた運動体「黒人の命は大切だ(Black Lives Matter)」も大きく広がっている。

「ウォール街~」の場合、運動は表向き終わったように見えるが、 ニューヨークで24年ぶりに民主党市長デブラシオを生み出したり、民主党左派のエリザベス・ウォレン上院議員を誕生させたりしたのは、この運動の流れだ。

運動を支えているのはミレニアル世代(1980年代から2000年代初頭生まれ)だが、彼らは来年の大統領選で投票者の3割を占める。共和党候補がたとえレーガン並みに白人票の過去最高60%を得たとしても、黒人・中南米系などで30%以上を取らなければ勝てない。前回選挙でロムニー共和党候補は17%しか獲得できなかった。だからこそ改革派保守(リフォーモコン)の動きが始まった。これもアメリカ全体が左傾している証左だ、とベイナートは言う。

オバマ政権は期待に反して、左派政治を実現しそこねている面もあるが、レーガンがアメリカ全体の思想傾向を右に動かしたように、オバマも「劇的に」アメリカを左へ動かした。この左シフトは果たしてどのように終わるのか、見通すことはできない。だが「当面は持続するだろう」というのが、ベイナートの見立てだ。

確かに、一見過激な右派に見えるトランプの主張をつぶさに見ると、福祉維持など左派政策がちりばめられているのは、アメリカ全体の左シフトのせいであるという見方も可能であろう。


「ないがしろにされている感覚」

トランプも含めて、いまや民主党も共和党も、左派も右派も、下層中産階級の救いを求める声に応えなければならない(さもなくば、選挙に敗北する)と考えている。その背景を示すような統計が、11月2日、NYT紙の健康医療欄で報じられている。アメリカの白人中年層(45~54歳)の死亡率が、他のどんな年齢集団・人種集団にも見られない上昇率を示しているという調査結果が、今年のノーベル経済学賞受賞者ら2人の学者によって発表された。他の主要先進国には見られない現象だという。主要原因に自殺、麻薬、飲酒が挙げられた。【Death Rates Rising for Middle-Aged White Americans, Study Finds, NYT, Nov. 2

これを受けて、保守派コラムニストのロス・ダウサットがオピニオンを書いている。なぜ白人中年層なのか。黒人や中南米系など人種的少数派ではむしろ死亡率は下がっている。経済的困窮が原因なら、彼らの死亡率は急激に上がるはずだ。実際、欧州では少数派の死亡率が上がっている。【The Dying of the Whites, NYT, Nov.8

ダウサットは、白人中年層が感じている深い目的喪失感が背景だとみる。人種的少数派は、まだそれなりの共同体や家族を維持し、アメリカという「大きな物語」の中で生きている。だから苦難にも耐えている。白人労働者たちは生きていくことの「意味と目的」を失っている、とダウサットは言う。リベラルの言うように失業問題解消、福祉も必要だろう。しかし、それだけではダメだ。自分たちは大切だ、意味がある(they matter)という感覚を取り戻すことが必要だと訴える。

主張を繰り広げる中でダウサットが「社会のエリート(政治家や企業幹部)が自分たちをないがしろにしている感覚(elite neglect)」を問題にしている点に着目したい。これは改革派保守の重要な論点だ。この「ないがしろにされている感覚」こそが、トランプが白人労働者の支持を集めている背景になっていることは、さまざまな記事の分析から説明した。

改革派保守(リフォーモコン)が本格的に動き出す前段で、ダウサットが保守派の代表誌『ナショナル・レビュー』の現編集主幹レイハン・セイラムとともに保守改革を訴える書『新共和党(Grand New Party)』という本を出し、改革への路線を敷いていることも指摘しておく。


「欧州化」しているアメリカ政治

最後に、戦争に疲弊し、庶民の所得は低迷、政治に絶望し、排外主義が覆い、強力な指導者を待望する今のアメリカは、ヒトラー登場前夜のワイマール共和国に似ていないかと警鐘を発する、NYT紙の古参コラムニスト、ロジャー・コーエンのコラム「ワイマール・アメリカ」を紹介する。

コーエンは、フランスの国民戦線を率いるルペン党首とも似通うトランプ、欧州の社会民主主義にも似た主張のサンダースらが前面に出ているアメリカ政治は、「欧州化」していると見る。即ち、欧州の持つ危険性がアメリカにもあり、ヒトラーのような破壊的政治家を生みださないとも限らないと論じる。【Trump's Weimar America, NYT, Dec.14

コーエンもそうだが、アメリカのユダヤ系知識人らはトランプの排外主義・人種差別に強い危機感を持っている。これも保守・リベラルを超えている。ユダヤ系知識人の多いネオコン・グループも保守側から反トランプの強力な論陣を張っている。そうした動きも、共和党大統領候補争いでトップを走るトランプの今後にどんな影響を与えていくか、注視したい。

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会田弘継

ジャーナリスト。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。

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(2015年12月29日フォーサイトより転載)

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