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「トランプ現象」で浮き彫りになった米社会の「地殻変動」

2015年12月30日 22時29分 JST | 更新 2016年12月29日 19時12分 JST
ASSOCIATED PRESS
Republican presidential candidate Donald Trump speaks during a campaign stop in Council Bluffs, Iowa, Tuesday, Dec. 29, 2015. (AP Photo/Nati Harnik)

今年も余すところ少なく、間もなく2016年を迎える。いよいよ米大統領選の年だ。オバマ大統領の跡を襲うのは誰か。11月の投票に向け、2大政党の本格的候補者選び(予備選)がいよいよ2月から始まる。

大統領奪還を目指す共和党では本命とされていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事の人気が低迷、イスラム教徒や中南米移民排撃で暴言の限りを尽くす富豪トランプ氏が断トツで支持率トップを突っ走る。人種的少数派の支持なくして共和党の将来はないと見る党指導部は大困惑だ。

他方、民主党の候補者選びはヒラリー・クリントン前国務長官に収斂しているが、社会主義者を標榜するサンダース上院議員が予想外に健闘している。

移民排撃に社会主義――。いったいアメリカに何が起きているのか。アメリカ論壇の議論を追ってみよう。

労働者の不満に応えているか

トランプの突出は共和党における「階級闘争」の表出だ。世論調査を基に、そう論ずるのは『ワシントン・ポスト(WP)』紙のベテラン政治コラムニスト、E・J・ディオンだ。「億万長者のトランプは共和党を支持する労働者階級のヒーローなのだ」とディオンは言う。【Class war comes to the GOP, The Washington Post, Dec. 7

12月4日に発表された『CNN/ORC』世論調査によれば、過去数カ月の各調査が示していた1つの傾向が「劇的に」明らかになった。大卒の共和党支持者を見れば、支持率トップはクルーズとルビオの両上院議員(ともに19%)で、トランプは1ポイント差を付けられて2人の後塵を拝している。

だが、高卒以下の共和党支持者は違う。トランプ支持率はなんと46%、続くクルーズ、ルビオらは10%前後に過ぎない。両学歴グループの間でトランプ支持に28ポイントもの差があるのだ。この大差によりトランプ支持は全体で36%にもなり、2位(クルーズ)以下を20ポイント以上引き離した。【Full results of CNN/ORC polls, CNN politics, Dec. 4

共和党主流派がトランプに太刀打ちできないのは、白人労働者階級の共和党支持者らの期待にほとんど応えてきていないからだ。彼らは、自分たちが置かれている経済的苦境の原因は移民であり、福祉にたかるような奴らがいるからだ、と感じている。彼らの不満の背景にある「経済的原因」への対処が必要だ。2大政党の主流派がそれを理解すれば、トランプ旋風も収まる、とディオンは言う。この分析はトランプ現象の核心を突いている。また、社会主義者サンダースの健闘の背景にも通じる。

余談だが、当欄筆者はサンダースが下院に初当選した1990年中間選挙をアメリカで取材している。冷戦終結過程に入ったアメリカにおける社会党議員の当選に驚いたのを今でも思い出す。翌々年の1992年大統領選予備選では、共和党側に「アメリカ第一」を訴えたパット・ブキャナン候補が登場し、トランプと似たような大躍進を遂げた。その思想背景を論壇誌で詳細に分析した(『右からの反乱に揺さぶられるアメリカ』中央公論1992年1月号)。当時は、冷戦勝利にもかかわらず米経済は低迷し高失業率が続き、その中での第1次湾岸戦争......と、サンダース、ブキャナンの登場の背景は、今日とかなり似ている。

「中産階級ラディカル」の復活

閑話休題。ディオンの分析の下敷きになったと思われるのが、現在は政治専門誌『ナショナル・ジャーナル』に籍を置くベテラン政治記者ジョン・ジュディスの論文「中産階級ラディカルの復活」だ。トランプ現象を解明する必読文献として推奨したい。【The Return of the Middle American Radical, National Journal, Oct. 3

ジュディスは、過去半世紀ほどの米政治を分析する上で重要な投票者集団として「アメリカ中産階級ラディカル」を指摘する。時に有権者の4分の1を占めるほどの大集団だ。学歴は高卒以下、所得は中から中の下、工場労働者か、あるいは営業・事務職のホワイトカラーだ。政治意識は右翼左翼(従来の保守・リベラル)では単純に割り切れない。

政府は金持ち階級と貧困階級だけを相手にし、「(下層)中産階級は無視されている」という強い不信感を持つ。大企業は力を持ち過ぎている、と感じ、政府には福祉政策や年金制度を、さらには物価統制や就労・教育支援までやってほしいと思っている。政府が嫌いなのか好きなのか、ないまぜの心理だ。

この中産階級ラディカルこそが、民主党の人種隔離廃止政策に反対し、党を割って「アメリカ独立党」から1968年大統領選に出馬したウォレス元アラバマ州知事を、また1992年や1996年大統領選で共和党あるいは無所属(第3党)候補として旋風を巻き起こしたブキャナンや富豪実業家ロス・ペローの支持母体となった。そして今、トランプ旋風の原動力となっているのも彼らだ、とジュディスは見る。

さらに遡って、19世紀末~20世紀初頭に第3党「人民党(People's Party)」の強い支持を受け、繰り返し民主党大統領候補になったブライアンや、1930年代にルイジアナ州で絶大な権力を誇った大衆政治家ヒューイ・ロングら、ポピュリスト(語源はアメリカの「人民党員」)と呼ばれる政治家らがいる。米政治史上に特異な足跡を残した彼らを生みだしたのも、中産階級ラディカルだ。

支持基盤の中産階級ラディカル同様に、ポピュリスト政治家も単に右翼左翼では分けられない。政府と結託する大企業や金持ちは「人民の敵」だとして怒りの標的にする。そこまでは左翼だ。加えて、黒人など少数派や移民も下層中産階級を収奪する敵だとみて怒りをぶつける傾向を強く示せば、右派のポピュリストだ。

トランプは、年金制度や高齢者向け医療保険制度などを政府がしっかりと維持するよう求め、また道路・空港などインフラ整備への財政出動を惜しまない姿勢だ。「小さな政府」指向の(アメリカ型)保守とは明らかに違う。日本の報道では見逃されている点だ。

ジュディス論文が明らかにしているように、この「アメリカ中産階級ラディカル」の概念を提示したのは、ドナルド・ウォレンという無名の学者の1976年の著書『ラディカル・センター』(Donald Warren "The Radical Center: Middle Americans and the Politics of Alienation")である。社会主義が根付かなかったアメリカで、どのように不平等解消に向け民衆の力が結集されていくのか。ポピュリズムや「ラディカル・センター」の概念がきわめて有効に思われる。

白人労働者階級の「意識」

ジュディスが描くような中産階級ラディカルの抱く懸念の存在を裏付けているのが、ワシントンの公共宗教調査研究所(PRRI)がまとめて11月に発表した年次世論調査報告書『不安・ノスタルジア・不信』だ。【Anxiety, Nostalgia, and Mistrust, Public Religion Research Institute, Nov. 17

この報告については、11月19日付WP紙でコラムニストのハロルド・メイヤーソン(数少ない社会主義者著名人の1人)が要点を簡潔にまとめているので、それに拠って紹介する。アメリカでは民主・共和2大政党の支持者がますます左右に分極化していると言われるが、異様なほど共通点もあることが世論調査で分かった。アメリカ人の大多数は政党支持の違いにかかわらず、金持ちと大企業に有利なように「経済や政治制度は仕組まれている」と感じ、金持ちと大企業が及ぼす力のため選挙においても「一般市民の票は問題とならない」と考えている。64%の市民がそう考えており、そうとは思わないという36%の2倍近い。【Americans see a rigged system, WP, Nov.19

調査対象者の86%が企業の海外移転による雇用の流出こそが米経済の問題の元凶だと答えている。2012年の調査では74%だったから、この3年で大きく伸びている。77%(共和党支持者でも67%)が、企業は収益を社員にきちんと還元していないと見ている。79%(同63%)が、米国の経済システムは金持ちを不当に優遇していると答えた。2012年には66%だった。連邦の最低賃金を時間あたり10.10ドルに上げよという要求は76%(同60%)。

民主・共和を問わずもっとも高い比率で一致を見たのは、「政府は誰の利益を考えているか」という設問への答えだ。ともに90%前後の民主党支持者、共和党支持者がそれぞれ「金持ち」「大企業」と答えており、両党での差は4〜5ポイントと小さい。共和党支持の白人労働者階級に特異なのは、政府は少数派や移民の利益を重視している、人種的多様性は米経済と文化の衰退をもたらしたという意識が強い点だ。

この最後の「意識」が、白人労働者階級をトランプ支持に回している要因だ。だが、経済制度が金持ちと大企業に有利にできているという不満から、社会主義者サンダース議員や、民主党左派の代表的政治家で「ウォール街を占拠せよ」運動の思想的指導者エリザベス・ウォレン上院議員を支持してもおかしくない。

クリントンの共和党版を

トランプ現象を見ていると、本稿冒頭で指摘したような共和党のジレンマが浮き彫りになってくる。保守大同団結の上に経済的苦境にあった白人労働者階級をも民主党から引っ剥がして、「小さな政府」と減税による繁栄追求で保守黄金時代を築いたレーガン大統領以来の伝統は、もう持たない。白人労働者らは政府に救済を求めている。大企業中心の繁栄は下層中流階級に恩恵をもたらさない。

その状態を放置すれば、共和党支持の中流階級の怒りは、トランプのようなデマゴーグによって移民や黒人・中南米系貧困層など下層に向けられる。結果、共和党は、いずれ現在の人種少数派が米国人口の多数派を構成する時代に対応できない政党になってしまう。

そんな共和党の苦境をインタビューやルポで生々しく描き出しているのが、高級誌『ニューヨーカー』11月9日号が掲載したジャーナリスト作家ジョージ・パッカーの「共和党階級戦争」だ。【The Republican Class War, The New Yorker, Nov.9

パッカーが注目するのは、ネオコン系や宗教保守系の保守論客らを中心に、すでに2012年大統領選の敗北を受けて始まった共和党の変革を図ろうとする運動だ。今回の選挙でも、主流派候補らの政策アドバイスを行っている。彼らは改革派保守、略して「リフォーモコン(reformocon)」を自称する。中心メンバーはレーガン、ブッシュ父子の3代にわたる共和党政権で内政を主に担当したピーター・ワーナーや、息子ブッシュ大統領のスピーチライターを務めたマイケル・ガーソンら。前者は『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』紙で、後者もWP紙でコラムニストとして論陣を張る。影響力がある。

リフォーモコンは、1980年代にレーガン保守革命に追い込まれた民主党の改革派が、民主党指導者評議会(DLC)を結成し、犯罪対策や福祉政策で保守寄りに路線を変更してクリントン政権を生みだした例に倣おうとしている。今度は共和党が中道化を図って、政権奪取を狙おうというわけだ。ワーナーは、「来年の大統領選でクリントンの共和党版を候補に立てたい」と公言してはばからない。共和党は、いずれ人口の多数派となる人種的少数派も含め、経済困難に直面する下層中産階級の側に立つのだ、と言う。

リフォーモコンはすでに昨年、こうした方針に沿った社会福祉・医療保険・教育などの政策提言を盛り込んだ冊子「成長への余地」を発表している。【Room to Grow

本格派ジャーナリズム健在

まさにトランプの右派ポピュリズムが狙ったところと重複する。パッカーも指摘するように、トランプ支持者は思想傾向では右も左もない。高卒以下の白人が主体である。トランプは、社会福祉を維持し、雇用を海外に流出させる企業を罰し、ヘッジファンドに重税を課すと誓って、経済苦境にある下層中産階級の喝采を浴びている。改革派保守の政策提言冊子よりも、トランプの騒がしい演説の方が白人労働者階級にはピッタリくる。改革派保守にとっては、お株を奪われたような状況だ。

トランプの主張は改革派保守など飛び越えて、いっそう社会主義的なところもある。だから、当然、保守本流のメディアとも衝突する。財界を代弁し、減税・自由貿易など経済保守本流を行く『ウォール・ストリート・ジャーナル』とは真っ向からぶつかるし、保守派ケーブルTV局『FOX』とも激突している......。

パッカーの長文ルポは最後に、なぜ下層中産階級は改革派保守の呼びかけに応えないのかという問いに、労働者らが置かれた厳しい現実の描写で答えている。改革派保守は家族、教会、共同体の立て直しなど、これまでも繰り返し提起された施策を打ち出しているが、いま労働者が企業内で置かれている状況ははるかに厳しい。「面と向かって話し合ってことを進める、ということなどない。すぐにも手当が必要な事態に何の助けも得られない。家族などまったく無視される。この先、給与をもらえるか見通しがない。職もなくなるかもしれない。不安の中で死にものぐるいで肩を寄せ合うだけだ。グローバルな競争が労働者を使い捨てにしている......」

そんな中で、彼らはサンダースやトランプの中に「何か望みが見つからないか」と必死になって探しているのだ、とパッカーは言う。

ニューヨーカー誌のこのルポを読むと、伝統メディアの衰退が言われながらも、アメリカでは依然、市民生活から政策立案、思想までを広く見渡し取材する従来の本格派ジャーナリズムが?