トランプ新体制と朝鮮半島(上)「先制攻撃」か「話し合い」か

トランプ氏の米大統領選挙勝利は様々な衝撃を与えているが、トランプ次期政権の朝鮮半島政策がどうなるのかも重要関心事の1つだ。

トランプ氏の米大統領選挙勝利は様々な衝撃を与えているが、トランプ次期政権の朝鮮半島政策がどうなるのかも重要関心事の1つだ。

米国のトランプ次期大統領と、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)党委員長という異端児同士の組み合わせは、人々の妄想を駆り立てるに十分だ。それだけでなく、韓国では朴槿恵(パク・クネ)大統領が「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」で機能不全に陥っている。

突発行動の多い金正恩党委員長という「変数」に、朴槿恵政権の機能不全、韓国政局混乱の長期化という「変数」が加わり、それでなくとも予測の困難な朝鮮半島情勢に、トランプ当選というさらに大きな「変数」が加わった状況だ。

「暴走」か「穏健」か予測困難

トランプ氏が選挙戦で見せた「暴走路線」を現実の政治でも発揮すれば、北朝鮮をめぐる状況はかなり厳しいものになろう。

一方で、大統領選勝利後に見せている穏健な姿勢を維持していくなら、オバマ政権の対北朝鮮政策とさほど変化がないかも知れない。トランプ政権の対北朝鮮政策の予測が難しいのは、その両者のぶれがあまりに大きいからだ。

当選後の穏健路線が今後も続くものなのか、一時的に猫をかぶっているだけなのか、まだ判断を下せる段階ではない。

北朝鮮はこれまで通り核・ミサイル強化の路線を継続する可能性が高い。経済建設と核開発を同時に進める「並進路線」は堅持するだろう。トランプ次期米政権の出方をうかがうために一時的に戦術的柔軟性を見せる可能性はあるが、金正恩党委員長の基本は挑発路線である。

そこに、トランプ大統領という予測の難しい異端児が加わるだけに、危惧の念は消えない。いずれはトランプ大統領と金正恩党委員長という特異な個性がぶつかる局面が生まれるかもしれない。トランプ次期大統領が、金正恩政権を終わらせるために軍事的手段に出る可能性はないのか?

しかし、そうなれば被害を受けるのはおそらくは米国ではなく、韓国と日本だろう。多くの変数に包まれた朝鮮半島情勢の不安と危惧の内実を考えてみたい。

トランプ氏「もう終わらせなくてはならない」

まず、トランプ次期米大統領が、これまで、北朝鮮に対してどのような発言をしてきたか振り返ってみよう。

ワシントン発聯合ニュースによると、北朝鮮が今年1月6日に「水爆実験」と主張する4回目の核実験を行った直後の1月7日、トランプ氏はFOXニュースとのインタビューに応じた。

トランプ氏は、金正恩党委員長に対し「彼が(正しい方向でなく)おかしな方に立っているので、北の核問題は本当に深刻な問題だ」と述べた。

この上で「この頭のおかしいやつが、これ以上、核でいたずらができないようにしなければならない」とし「もう終わらせなくてはならない」と主張した。この「終わらせなくてはならない」のは「核でのいたずら」なのか「金正恩体制」なのかは明確ではない。

一方、トランプ氏は金正恩氏が権力を継承し、「水爆実験」までやったのは驚くべきことだとし「若い者が政権の統制権を維持しているのは驚くべきことで、彼は(幹部たちを)自分に従わせる、何かを持っている」と評価もした。

その上で、トランプ氏は、北朝鮮の核問題を解決するための中国の影響力を強調した。「中国が助けてくれなければ、北朝鮮は食べることもできず、いかなるものも確保できない」と指摘し「中国が北朝鮮に対する影響力を持っているが、その中国がこの状況を正さなければならない」と強調した。

さらに「中国に対しては、われわれは貿易のおかげで力を持っている。正直なところ、われわれが対中貿易を中断すれば、中国で前例のない経済沈滞が起きるのを見ることができるだろう」と述べた。

経済的な圧力を加えて、中国に北朝鮮への影響力を行使させるような発想が読み取れる発言だった。

金正恩氏と「ハンバーガー会談」は可能

一方で、トランプ氏は5月17日にニューヨークでロイター通信の取材に対して、金正恩党委員長との会談について「金氏と話し合うことになるだろう。彼と対話することに何も問題は感じていない」と述べた。

さらに、ここでも、中国が北朝鮮に影響力を持っているとし「中国に大きな圧力をかけていく。われわれは中国に対して経済的に強大な力を持っている」と述べた。

これに対して、楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)最高人民会議常任委員会副委員長は同18日に平壌でAP通信と、同通信の映像メディアAPTNと会見し、トランプ氏が対話の意思を表明したことについて「そうなれば、悪いことではない」と肯定的な反応を示した。

楊亨燮副委員長は「今のようにわれわれ(北朝鮮)を抑圧しないならば、誰が大統領になっても良い。どうなるか、見守ろう」と述べた。

だが、その一方で、北朝鮮の在外公館は冷淡な反応を示した。

北朝鮮の徐世平(ソ・セピョン)駐ジュネーブ国際機関代表部大使は5月23日、ロイター通信との電話インタビューで、トランプ氏が対話の姿勢を示したことに対し「ナンセンス」と決め付け、対話をするかどうかを決めるのは金正恩党委員長であり、発言は大統領選挙のための「プロパガンダか宣伝だ」とした。

さらに、玄鶴峰(ヒョン・ハクボン)駐英大使(当時)は5月24日にAP通信の取材に対して「興味がない」とし、トランプ氏の発言は選挙策略の1つで「人気俳優の芝居だと考えている」と述べ、真剣に考慮されて出た発言ではないという見方を示した。

北朝鮮側の反応が肯定、否定に分かれる中で、トランプ氏は6月15日の米ジョージア州での演説で、金正恩党委員長が訪米するなら、これを「受け入れる」とし「公式夕食会はやらない。会議用テーブルでハンバーガーを食べればいい」と語った。

さらに「私が行くわけではない」と訪朝は否定。「核開発をしないように説得できる可能性が10%か20%はある」と言及した。

確固たる対北朝鮮政策は見えない

これまでのトランプ氏の北朝鮮に関する発言を検証してみると、ぶれが大きく、彼が確固たる北朝鮮観を持っているとは考えにくい。金正恩党委員長はおかしな奴だが、あの若さで権力を掌握したのは大したものだというぐらいの感じを持っているようにみえる。

核をもてあそぶ現在の状況を「終わらせなくてはならない」と語る一方で、「対話することに何も問題は感じていない」とするぶれの大きさは、彼の持ち味かもしれないが、危険性でもある。

そして、直接対話を排除はしないが、中国の影響力に大きな期待を持っているようだ。

オバマ政権の対北朝鮮政策の失敗の大きな1つは「戦略的忍耐」という名のもので、自らは動こうとせず、中国に影響力行使を期待したあげく、何の成果も上げられず、北朝鮮の核・ミサイル開発を放置してしまったことだが、その現実をあまり直視していないようだ。

先制攻撃は「いいアイデアではない」

トランプ氏が選挙期間中、最も強調したことの1つは「米国は世界の警察官ではない」という主張だ。トランプ氏は「米国の大統領」であり「世界の大統領」ではないということだ。

トランプ氏の「米国第1」という主張は、様々な「妄想」をかき立てる。

トランプ氏がアジアへの関与を止めれば、中国は南シナ海などへの進出を既成事実化できるかもしれない。しかしその結果、選挙中に発言したように、米国が日本や韓国の核保有を認めれば、それは台湾までもが核兵器を保有する状況に発展し、中国は得るものよりは失うものの方が大きくなる。

だが、トランプ氏は、当選後、手のひらを返し、日本や韓国の核武装を事実上容認する過去の発言について「言っていない」と封印し、軌道修正した。

また、クリントン陣営もトランプ陣営も、北朝鮮への先制攻撃を排除しないという姿勢を示してきた。

北朝鮮を放置すれば、いずれは北朝鮮が米国を攻撃できるICBM(大陸間弾道ミサイル)を持つことになるのは確実だ。その時になっては、北朝鮮を先制攻撃することは米国も躊躇せざるをえなくなる。

米国の国益第1と言うであれば、トランプ氏が、北朝鮮がそうなる前に先制攻撃を掛けて、金正恩政権を崩壊させるという選択をする可能性はないのだろうか。

米国が北朝鮮への軍事攻撃を掛ければ、金正恩政権は崩壊するだろう。しかし、クリントン政権が寧辺の核施設への攻撃を考えた1994年とは状況は大きく異なっている。

1994年には北朝鮮の核施設は寧辺に集中していた。しかし、現在の北朝鮮の核施設やミサイル施設は分散されている。また軍事施設の地下化が進み、さらに移動式のミサイル発射台をすべて攻撃することは不可能だ。

北朝鮮への本格的な軍事攻撃で、米国は今なら報復攻撃を受けないかも知れないが、韓国や日本は膨大な被害を受けるだろう。

北朝鮮は韓国、日本を「火の海」にできる相当数のミサイルを保有しており、体制崩壊を覚悟すれば核兵器を搭載したミサイルでの攻撃も可能な段階になっている。

クリントン政権下では1994年に寧辺の核施設への攻撃が検討された。そのプランをつくったのが当時のウイリアム・ペリー国防長官だ。

ペリー氏は今年9月に韓国のハンギョレ新聞とのインタビューで、北朝鮮への先制攻撃について「いいアイデアではない。現在の状況では実質的な戦略とは言えない」と否定した。

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平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2016年11月17日「新潮社フォーサイト」より転載)

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