対「エボラ出血熱」で最も名を上げた国

拡大するエボラ感染がついにアメリカに飛び火したかと思えば、「イスラム国」への渡航を企てていた男がいきなりカナダ議会へ「テロ」攻撃を仕掛ける――。もはや、世界に隔離された安全地帯はない。
cicada-wing via Getty Images

拡大するエボラ感染がついにアメリカに飛び火したかと思えば、「イスラム国」への渡航を企てていた男がいきなりカナダ議会へ「テロ」攻撃を仕掛ける――。もはや、世界に隔離された安全地帯はない。当たり前だ。開かれて、つながっていてこそ、今日の繁栄に行きついた。だからこそ、今日の難題がある。そんなことを考えさせられたひと月だ。

「平和国家」の堅固な意志

北欧と並んで「平和な国」のイメージの強いカナダ。10月22日。その首都オタワで事件は起きた。男は、戦没者慰霊碑の前で警護の兵士を銃撃し殺害、道路を挟んで向かいの連邦議会議事堂へと駆け込んだ。議会衛視と銃撃戦になり、衛視長が男を射殺した。映像で見ても、射殺にためらいはない。決然としている。

「さらに加害を起こす男を止めた衛視長以下をカナダ国民は当然、称賛する」。カナダの進歩派有力紙『トロント・スター』の翌日の社説はきっぱりとそう書いた。【A dark day at the heart of our democracy, The Toronto Star, Oct. 23】

1970年、ケベック独立派テロに対抗し「戦時措置法」が発令された時でさえ、議事堂は無傷だった。今回は「カナダの民主主義の心臓部が侵略された」。スター紙社説の、テロは絶対許さないという姿勢は明らかだ。

カナダ連邦議会議事堂は当欄筆者も訪れたことがある。敷地に高い塀もなく、だれでも立ち寄れそうな開かれた構造だ。社説は「警備の見直しが必要だ。しかし慎重にやらねばならない」と言う。なぜなら、「警備に懸念は高まっているが、同時に大切なのは、われわれの開かれた制度と市民の自由を維持する必要性」もあるからだ。この2つの適正な均衡点を見つけるのがこれからの課題である、と同紙は指摘する。まったく同感である。

衛視長がためらわず犯人を射殺したのは、議会内にハーパー首相がいたせいでもあろう。と同時に、日本ならどうだったろうか、と考える。日本の新聞の社説はどう書くだろう。これだけ「自由と民主主義」を掲げ決然とするだろうか。「平和国家」カナダ、その進歩派新聞にして、堅固な意志がある。日本はどうであろう。

当てが外れる目算

カナダ議会テロ犯の犯行動機は不明だが、アメリカ主導で始まった「イスラム国」空爆作戦にカナダが参加することへの反発が推測されている。その空爆を受けて、互いにいがみ合っていた国際テロ組織アルカイダと「イスラム国」に共同戦線形成の動きが出ている。

「イスラム国」に批判的だったアルカイダ系の大物思想家たちが9月30日に声明を出し、両組織が一致して欧米「十字軍」に立ち向かうよう呼び掛けた。その動きを情報分析専門誌『ジェーンズ・インテリジェンス・ウィークリー』が分析し、欧米側が「イスラム国」だけでなく、シリアのアルカイダ系組織をも爆撃対象にしていることが統一戦線の形成を促していると見ている。【Islamic State-Jabhat al-Nusra divergences are unlikely to be mended despite calls for truce, Jane's Intelligence Weekly, Oct. 8】

しかし、両組織の亀裂は深く、統一戦線形成は容易でない、という。問題はむしろ、欧米寄りの反政府組織「自由シリア軍」内に出ている空爆への反発だ。欧米側が地上軍投入の代わりに自由シリア軍の助けを借りて空爆を効果的に進めようとしている目算も、当て外れになりそうだ。1年程度で終えたいという空爆作戦も、そう簡単に店じまいできそうにもない。

問われている「均衡点」

そんな中でのエボラ感染の急速拡大だ。人々の目に、「イスラム国」問題とどこか相似形に見えていても、不思議でない。「これらはまったく別物で、比較の対象ではないが......」と断りながら、豪紙『アドバタイザー』の政治部長はコラムで書く。「『イスラム国』空爆参加に年5億ドルの予算。エボラ対策に当面1800万ドル」。これで正しいのか、と問い掛ける。【There's no excuse for spending money on terror when we're not spending more on Ebola, The Advertiser, Oct. 24】

ともに、海の向こうの話ではない。「いずれも国民の中に死者を出しかねないという、差し迫った問題だ」。今はまだ、エボラ感染による死者は、シリア内戦より少ないかもしれない。しかし、「専門家の推定では来年には140万人が感染する可能性もある」。カネをかけて、効果があるのはどちらだ。「中東の安定は今世紀中には見込めないという軍事専門家もいる。介入しても事態は悪化するだけかもしれない」。現地の治療に、衛生対策に、新薬開発に......エボラにはカネをかけただけの速効が見込める。

豪紙政治部長のコラムには、なるほどというところがある。「常識」ということか。ここでも「均衡点」が問われているのだろう。エボラと「イスラム国」。国際社会は、この2つの問題にバランスのとれた対応ができなければ、その帰結を引き受けなければならないだろう。

2つの問題が、別の形でさらに現実的につながっていることを示す専門家の寄稿を、米紙『ロサンゼルス・タイムズ』が掲載している。過激派イスラム組織タリバンが支配するパキスタンの一部地域などでは、感染症のワクチン接種は、イスラム教徒が子どもを生めなくさせるようにする欧米の陰謀だという言説が意図的に広められている。このため、保健行政担当者らが暗殺されたりもしている。タリバンのプロパガンダ活動とパキスタンの子どものポリオ罹患率には、明らかな相関関係が見られる。【Vaccine ignorance, Los Angeles Times, Oct. 24】

問題はイスラム過激派支配地域にとどまらない。感染症ワクチンと自閉症が関連するという、「完全に論駁されて破綻した」1998年の医学論文の影響で、今もカリフォルニア州の富裕層居住地域やオハイオ州の大学町で、百日咳やおたふく風邪の蔓延が起きたりしている。エボラ感染拡大に当たって、虚偽情報のすみやかな修正は政治家の重要な課題だと、米外交問題評議会の感染症問題専門家は指摘している。恐怖感を背景に、ガセネタに踊る市民。そこには明らかに、テロと共通する問題性がある。

米紙社説もカストロを称賛

今回の国際的なエボラ対策で、明らかに名を上げたのはキューバだ。米紙『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』はキューバが100人単位の医療専門家らを西アフリカの感染地域に派遣し、世界で最も積極的に感染封じ込めに協力していることを、社説に取り上げて称賛した。カネを拠出する国はある。だが、もっとも必要とされる医師を現地に派遣しているのはキューバ政府とNGO(非政府組織)だけではないか――。【Cuba's Impressive Role on Ebola, The New York Times, Oct. 20】

貧しさは、実に厳しい。ロイター通信によれば、リベリアには開業医師は50人しかいないという。アメリカで働くリベリア人医師の数の方が多い。西アフリカのエボラ感染者を国外に運びだそうにも、保険会社が搬送コスト負担を拒否している。現地ではすでに400人の医療関係者が感染している。死者もこの社説の時点で4500人に達した。

そんな中で、キューバ人医師らはもっとも感染の危険の高いところでの活動を進んで引き受けている、とNYT社説は称賛する。米政府当局者らも感動を隠せないという。しかも、カストロ前国家評議会議長は、宿敵同士のアメリカとキューバだが、いまはしばし違いを乗り越えて、ともにエボラ感染に立ち向かおうと呼び掛けている。社説は「カストロはまったく正しい」と結んでいる。

アメリカとキューバの関係は、たとえて言えば日本と北朝鮮だ。しかし、キューバの方がよほど開かれて、まっとうな国のようだ。今回のエボラ対策を通じて、オバマ政権が続くうちに米キューバ関係はどう進展するか、注目したい。1990年代のクリントン政権は、政権最末期に(誤った政策であったが)北朝鮮との関係改善に動き、オルブライト国務長官を平壌に出向かせた。オバマ政権は11月4日の中間選挙を経て、いよいよレームダックの最後の2年に入るが、レームダックだからこそ、逆に大胆な外交は可能になる。次期大統領選の民主党候補(ヒラリーであろう)への影響をどう考えるか、だけが障害だ。

「方針転換」決断したインド新首相

「イスラム国」とエボラに紙面を費やしたが、このひと月で注目すべきこととして、インドのモディ首相の米国訪問を挙げておきたい。9月30日のオバマ大統領との首脳会談では、アメリカによるインド海軍支援も決まった。インドの国産空母への技術支援が行われるという。日米印3カ国の外相会談開催も確認された。モディは明らかに日米の側に舵を切った。

そのあたりの裏の事情を、インドの代表的ニュース週刊誌『インディア・トゥデー』の外交専門記者が明らかにしている。日米中に対し等距離外交の維持を主張する外務官僚を押しきって、モディは対米接近を選んだのだという。【And Modi Said, I Want America, India Today, Oct. 20】

モディは、9月初めの訪日前にすでに方針を固めていた。3大国との「等距離外交」は長期的には破綻する。ある時点で限界にぶつかる。アメリカ訪問でそのモディの方針は具体的なかたちを見せたという。これまで、あらゆる国際交渉の場でアメリカの提案に激しく抵抗してきたのは、中国よりもインドだった。しかし、モディは方針を変えた。

方針転換により、スプレーや冷蔵庫に使われてきたフロンガス類を地球のオゾン層保護のために禁止するモントリオール議定書や、世界貿易機関(WTO)の「貿易円滑化措置」をめぐる交渉などでインドは次々と方向転換し、アメリカに妥協する方向に向かっている。その代償として、インドは軍事技術協力を得る。その中身は、インド国産空母に対しアメリカから最新鋭の艦上機発進システムを得ることだ。これにより、インドは強力な海洋軍事国家への道を歩み出す。さらに、軍事共同訓練も広げていく。これらは米印双方の戦略目標に沿うことになる。アメリカとの「同盟化」も進むことになる。

中国は資源ルートの確保を念頭に、インド洋で「真珠の首飾り」と呼ばれる海上交通路戦略を進めている。アフリカ・中東と中国本土を結ぶため、ちょうどインドを取り囲むように、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ......に港湾施設を設けている。インド包囲網の一面もある。モディはこれに対し、アメリカとの協力で対抗していく意志をはっきりと示したことになる。

『インディア・トゥデー』誌の外交専門記者は、「最初の訪米で、これだけアメリカ寄りの姿勢からスタートした首相はこれまでいない」としている。日本から見ると、この1年あまりで、日米豪からインドも含めた大きなダイアモンド型の連携がインド太平洋地域に形成されだし、中国を牽制するかっこうになってきた。

異色のリバタリアン

最後に、11月4日に迫った米中間選挙に関連し、当欄筆者の目を引いた記事を紹介したい。選挙の結果はまもなく分かる。すでにいろいろな予測もあり、結果を受けてまたいろいろな観測がなされるだろう。それは当欄以外でお読みいただけばいい。当欄が推薦したいのは、米誌『ニューヨーカー』が掲載した長文記事「ランド・ポールの逆襲」だ。【The Revenge of Rand Paul,The New Yorker,Oct. 16】

異色のリバタリアン(自由至上主義)政治家親子のロン・ポール(父、元共和党下院議員)とランド・ポール(息子、共和党上院議員)。ともに医師だ。父は2度、大統領選共和党候補争いに出馬している。ポール親子の私生活、家族史、政界歴をたどり、いかにもアメリカ的なリバタリアンたちの影の部分も含めて、この国に独特の政治風土について多くを教えてくれる。アメリカ政治を、思想問題も含め、より深く知りたい人はぜひ読んでほしい。

2014-07-28-96743de44a284575ad20d80999aab6f660x60.jpg

会田弘継

ジャーナリスト。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。

関連記事

(2014年10月31日フォーサイトより転載)

注目記事