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総選挙では争点にならなかった「憲法改正問題」の論点整理--フォーサイト編集部

我々有権者も、考察を深める必要に迫られる。

2017年10月23日 15時28分 JST | 更新 2017年10月23日 15時28分 JST
Kim Kyung Hoon / Reuters

 今年5月3日に安倍晋三首相が公表した、自衛隊の存在を憲法に明記するという「9条加憲」案は、憲法改正論議に一石を投じた。

 当初は2020年の改正憲法施行を目指して、今秋の臨時国会で改憲案の審議を始める、というスケジュールが想定されていた。が、「モリ・カケ問題」で内閣支持率が下降するとそれも白紙になった。

 そこに突然降って沸いた臨時国会冒頭解散。10月10日公示で幕を切った衆議院議員選挙の論戦で主要争点になるかと思われたが、結局、投開票が明日22日に迫ったこの時点まで、本格的に議論されないままだ。せめて有権者にとって「政権選択」判断のよすがになればと、敢えてこのタイミングで論点整理をしてみたい。

本質に迫っていない各党の公約

 そもそも各党の公約やマニフェストでは、憲法9条改正問題についていずれも抽象的な文言を並べるにとどまり、9条問題の本質に迫るものはない。

 まず自民党。「国民の幅広い理解を得て、憲法改正を目指します」と記すものの、9条に関しては「自衛隊の明記」と記載するのみ。連立を組む公明党は、憲法9条1項2項は「今後とも堅持」するとし、自衛隊の存在を憲法に明記するという提案については「多くの国民は現在の自衛隊の活動を支持しており、憲法違反の存在とは考えていません」と否定的だ。

 小池百合子東京都知事率いる希望の党は、「自衛隊の存在は国民に高く評価されており、これを憲法に位置づけることについては、国民の理解が得られるかどうかを見極めた上で判断する」とのみで、日本維新の会は、憲法改正の項目で9条について触れていない。

 一方、枝野幸男元官房長官が代表を務めるリベラル勢力の立憲民主党は、「専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪に反対」を主張しているが、自衛隊については「専守防衛を軸とする現実的な安全保障政策を推進」という立場。共産党や社民党もほぼ同様で、共産党は自衛隊の存在根拠について明確にせず、社民党は「自衛隊の予算や活動を『専守防衛』の水準に引き戻します」と、自衛隊の存在自体は否定しない。

さまざまな「欺瞞」

 論点整理という意味で、8月24日に参議院議員会館で行われたシンポジウム「9条問題の本質。そして、その抜本的な解決を論ずる」(主催・[国民投票/住民投票]情報室)での討論を参考までに紹介する。

 パネリストは、ジャーナリストの今井一氏、伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長の伊藤真弁護士、九条の会・おおさか事務局長の吉田栄司関西大学法学部教授、伊勢崎賢治東京外国語大学大学院教授、井上達夫東京大学大学院教授、堀茂樹慶應義塾大学名誉教授の各氏。そしてコーディネーターに、日本報道検証機構代表の楊井人文弁護士。おおまかに色分けするならば、今井・伊藤・吉田の各氏が"原理主義的護憲論者"で、伊勢崎・井上・堀の3氏が"改憲論者"としていいだろう。

 討論の冒頭、今井一氏が主張したのが「解釈改憲」の問題だった。自衛を含むあらゆる戦争をしない、そのための軍隊を持たないというのが憲法9条の本旨だが、現状は世界有数の軍事組織である自衛隊を持っており、かつ集団的自衛権行使の容認など、実態は本旨から大きく乖離している。しかもこれらが、憲法条文を改正することなく「解釈改憲」によって成り立っていることを、改憲派はもちろん護憲派を名乗る人たちまで是としているのは欺瞞ではないのか――。

 つまり9条問題の本質は、日本という国が「戦争をするかしないのか、そのための戦力を持つのか持たないのか」であり、そのことについて国民が主権者として考え、結論を出して初めて具体的に9条をどうすべきか議論するのが筋道だ、と言うのである。

 井上達夫教授は「改憲派も護憲派も欺瞞だらけだ」とし、特に護憲派について、9条護持論は憲法を守るどころか公然と蹂躙し、自衛隊という戦力を事実上是認しながら、その憲法的統制を不可能にする最悪事態を固守している、と批判する。「私生児に対して『認知は絶対にしない』と言いながら、いざとなったら自分を守れという父親だ」という例えも交えた。

 加えて批判は改憲派にも及び、5月の「安倍加憲案」は改憲案の名にも値しない、これでは「戦力でない実力組織としての自衛隊」という欺瞞を憲法で固定化することになり、さらに自衛隊を律する戦力統制規範を憲法に盛り込めないことも重大な問題だ、と指摘する。

国際法を遵守できない

 この「戦力統制規範」の問題については、PKO(国連平和維持活動)に現場で携わってきた伊勢崎賢治教授が、国際法の観点から指摘した。

 いわく、1999年の国連事務総長告示は、PKO活動において国連自身が紛争の当事者になることを宣言したもの。これはつまりPKO派遣部隊が「交戦」することを容認したものであり、その行為は「戦争のルール」である国際人道法に縛られることになる。つまり、国際人道法違反は「戦争犯罪」として裁かれなければならない。またPKO部隊として外国に駐留するため、国連と受け入れ国の間で「兵力地位協定」が結ばれるが、派遣部隊による一般犯罪行為の裁判権は派遣国にある。

 ところが日本はどうか。自衛隊を憲法で「戦力」と認めていないから、当然その戦力を律する法律もない。だからPKO部隊として派遣されている時に戦争犯罪があっても、任務中に事故があっても、日本にはこれを裁く法律も法廷もない。これこそ非常識で、非人道的ではないか。しかもこの現実に何の反応もしない国民とはいったい何なのか――。

自衛隊は解体すべし

 では"原理主義的護憲派"の論はどうか。

 伊藤真弁護士、吉田栄司教授が一致するのが、「自衛隊は違憲の存在」ということ。当然、その根拠法である自衛隊法も違憲、という立場である。

 ただ、現に存在する自衛隊については若干の違いがある。伊藤弁護士は、将来的な自衛隊の廃止を視野に入れつつも、それが現実に存在することについては、「憲法は武装集団に正面から正当性を与えておらず、武力行使をする自衛隊が"違憲かもしれない"との指摘を受け続けることで、常に"9条の外"の存在として緊張関係を保つことに意味があり、そうした形で自衛隊を統制することこそ立憲的な意味がある」とする。だから9条を改正する必要は全くない、と指摘する。

 一方吉田教授は、憲法の前文に注目する。まず、「日本国民は、恒久の平和を念願し、(中略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあることから、日本が他国を攻撃したり侵略したりしないのはもちろん、他国からの攻撃や侵略もないことを想定しているという。この想定の下に9条があるわけで、吉田教授は当然自衛権も自衛戦争も否定し、自衛隊は即刻解体して災害救助隊に改組すべきだ、と主張する。つまり9条はそのままで自衛隊をなくせ、という理屈である。日本が攻撃されない、侵略されないためにはとにかく外交努力、言葉を使っての努力が必要だ、とも加える。

「非暴力抵抗」の覚悟はあるか

 この「伊藤、吉田」論への反論として、堀茂樹名誉教授はまず、伊藤弁護士の「自衛隊9条外統制」について、「何と知的に堕落した考えなのか」と批判する。不法移民に対して何ら法的な地位を与えないまま牛耳るのと同じではないか、と。

 井上教授は、起こり得る「想定外」のことに対する危機管理システムを想定とは別に考えるのが本来なのだが、吉田教授の言う「攻撃も侵略もされない」という想定「外」について何も言及しないのは無責任ではないのか、と斬り込んだ。

 これに対して伊藤弁護士、吉田教授が一致して答えたのは、世界の信頼を得るために武器を捨てることの必要性であり、「非暴力抵抗」を貫くべきだ、ということだった。伊藤弁護士は、「攻撃されたら白旗を揚げる。なぜなら、それが被害を最小限に食い止めることにつながると考えるからだ」と言い切る。

 さらに井上教授は、「非暴力抵抗」という考えは思想的に最も徹底していると評価はするものの、

「殺されても殺し返さないという峻厳な自己規制を自発的に引き受けるのは立派だが、その覚悟を日本人全員が本当に持てるのか」

 と問いかけ、しかし自分自身の戦争正義論からすれば「非暴力抵抗」は無理だし、日本人自体もそこまでやる気はないだろうとみる。

 これに同調する形で、堀名誉教授も「侵略されたら白旗を揚げるというのは、同胞の人権を守らないという意味で"悪"だ」と、こう批判する。

「自衛権の放棄そのものが自分の、そして同胞の人権をないがしろにするという意味で、倫理的な問題があると思う。もしそれがまかり通るなら、かつて中国を侵略した日本軍と戦った中国人もけしからん、ということになるのか」

また、「非暴力抵抗」そのものについての伊勢崎賢治教授の指摘も興味深い。

「ガンディーが行なった『非暴力抵抗』は国際紛争ではなく、植民地独立という"国内の抵抗運動"だった。国際紛争の解決に『非暴力抵抗』が使われた例はない。これを混同してはいけない」

そのガンディーにしても、「決して戦力は否定しなかった」として、こんな逸話を紹介した。

「独立闘争の最中に日本軍がインドに迫ってきた。『いま独立を認めてわれわれがいなくなったら困るだろう』と宗主国のイギリスは言ったのだが、ガンディーは英国インド軍を武装解除せず、指揮官のイギリス人だけを代えて、インド人によるインド軍として日本と戦う、と答えた」

「中国と似ていますね」

 総選挙の争点にはならなかったが、いずれ憲法改正問題は間違いなく国会で議論されることになる。我々有権者も、考察を深める必要に迫られる。

 シンポジウムで井上教授は、こんな体験も披露した。

「今年7月、ポルトガル・リスボンで行われた法哲学の国際学会に出席した。ここでぼくは憲法9条問題を取り上げ、"National security and Constitutionalism"という論文を発表し、9条2項を説明した。英語では"land,sea,and air forces as well as other war potential"を全部放棄する、ということになる。それなのに、日本は世界有数の実力組織を持っている。このことを説明すると、中国の上海から来た女性研究者が、『立派な憲法を持っているのに誰も守らないなんて、中国と似ていますね』と言った。中国の憲法には、表現の自由も集会結社の自由もこれを保障する、と書いてあるのだ、と」

 一笑には付せない。

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