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世界のエネルギー絵図を変えるか「レバント」ガス資源--岩瀬昇

可能性を秘めた「レバント」

2018年01月19日 14時22分 JST | 更新 2018年01月19日 14時22分 JST

2017年春、中東に転勤となった某メディアの若い友人に「レバントと呼ばれる東地中海地域の石油・ガス資源の動向に注目し、機会を見て現地から発信してください」とお願いをした。日本から遠く離れた地域であるため関心を引くことが少ないのだが、歴史的背景もあり、世界でも数少ない探鉱調査が行き届いていないところだからだ。数年前からいくつかのガス田が発見されており、今後地域が安定し探鉱活動がさらに進むと、将来のエネルギー絵図を大きく変える可能性を秘めている。

広範かつ鋭く深い分析で知られる英国人エネルギー専門家で、『Financial Times』(FT)に定期的に寄稿しているニック・バトラーが 「A power shift in the Middle East」と題するコラムを書いている(2018年1月15日14:00 Tokyo time)。イタリアの「エニ」社がオペレーターを務めている東地中海最大のガス田「ゾフル」の生産が開始された、これが引き金となって近い将来、エジプトの地位が向上し、トルコが敗者になる、という分析だ。

筆者(岩瀬)は、今後の展開の重要な鍵を握るのはイスラエルとパレスチナの和平の行方ではないか、と考えている。イスラエル沖合の巨大ガス田「リバイアサン」の開発は、国内需要以上の供給余力があるため輸出を前提に置かざるを得ず、いつ、どのようなスピードで進むのかも和平の動向次第ではなかろうか。

そう言えば別のメディアの若い友人たちも、中東に転勤となっていたなぁ。考えたら、カイロ、テルアビブ、それとテヘランに知り合いがいることになる。彼らの活躍が楽しみだ。

また近い将来、リヤドにも日本のメディアが常駐できる日が来るといいなぁ。

可能性を秘めた「レバント」

さて、ニックのコラムの要点を次のとおり紹介しておこう。

■新規の巨大ガス田が稼動し、エジプトのエネルギー市場は大きく変わろうとしている。再び輸出国となり、東西市場に理想的な場所に位置しているので、重要な取引ハブの役割を果たすことになるだろう。

■地理は運命だ。国家の位置が可能性と機会とを決めている。たとえばクルディスタンが内陸に位置していなかったら、完全な独立国となっている可能性がある。

■東地中海エジプト沖の150マイル離れた巨大ガス田「ゾフル」の生産が昨年12月に始まった。過去20年間、世界で発見された巨大なものの1つで、30TCF(年間3000万トンのLNG=液化天然ガス=を20年間供給できる量)の埋蔵量を持つ。2019年には日量27億フィート(LNG換算年間2000万トン)の生産量になる見通しだ。2年弱の開発期間は、オペレーターの伊エニ社にとって大成功だ。「ブリティッシュ・ペトロリアム」(BP)が手掛けるエジプトの西ナイルデルタ地域のガス田など近隣の小規模ガス田からのガスもともに供給される。

■「ゾフル」の成功は、今年後半に予定されている新規入札に強い希望を抱かせている。ロシア最大の国営石油会社「ロスネフチ」は「ゾフル」権益に参入しており(2017年末に30%、BPは10%)、米「エクソンモービル」など他社は近隣地域の可能性を追求している。

■エジプトは電源燃料の70%をガスに依存しており、この新規供給により自給できるようになるだけでなく、停電や供給途絶も解消されるようになるだろう。

■エジプトはさらに取引ハブとなるべく、部分的国営会社である「SUMED」(筆者注、下記参照)が、スエズ湾(運河の南)に大規模なLNG埠頭(筆者注、wharf=液化装置を含む基地のことか)を建設中であり、2018年末には完成見込み。地中海側の「Idku」と「Damicetta」のLNG基地に新たな能力を追加することとなる。

(注:スエズ運河の代替ルートとして1977年に、スエズ湾から地中海側まで敷設された日量250万バレルの原油を輸送するパイプラインの運営会社。エジプトが50%、サウジとUAE、クウェートが15%、カタールが5%所有している)

■もし政治的条件が許すならば、エジプトにはキプロスやイスラエルからのガスが、さらには今年ようやく始まるはずのレバノンの入札によるガスなどが集まってくることになる。レバント盆地すべてに大いなる可能性がある、とみなされているからだ。

エジプトの勝利、トルコの敗北

■2度の政権交代があったが、現在のエジプトは北アフリカでもっとも安定した国とみなされている。

■エジプトは、キプロス沖合のガス田「アフロディテ」やイスラエル・ハイファ沖合のガス田「リバイアサン」からの輸出ルートとして他に追随を許さない。両国から地中海を通ってギリシャへの海底パイプライン構想は、多くの現実を無視している。たとえば、低ガス価格時代における経済性、ギリシャから欧州への配管網(grid)がないことなどがある。最も重要なのは、複雑な海底の状況である。これらを考えると、東地中海のガス(さらには石油も)の商業的開発の中心にエジプトが存在していることになる。

■敗者はトルコだ。1月5日、パリを訪問したレジェプ・タイップ・エルドアン大統領にエマニュエル・マクロン仏大統領は、人権問題があり、トルコがEU(欧州連合)に加盟する協議を進めることは不可能だと告げたように、国際社会はトルコの現状に批判的だ。

■トルコは、領土問題解決をからめようとしたことでキプロスのガス輸出ルートを確保することに失敗した。イスラエルとの関係も悪化しており、『アルジャジーラ』によればイスラエルを「テロリスト国家」と呼ぶリーダーを抱える政府が支配権を握るガス取引を、イスラエルが信用することは不可能である。

■中東では、何事も単純ではない。新しい取引パターンが定着するまでにはいろいろなことがあろう。だが、東地中海が発展するためには、地域の取引ハブとしてのエジプトの役割が不可欠だ。(岩瀬 昇)


岩瀬昇 1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同) がある。
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