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「キャメロン」という「愚か者」:英国「EU離脱」の本質(上)

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マッチポンプのつもりで火を付けたら、消火方法を誤って火事になった。一言で表現すると、こんな感じである。

欧州連合(EU)からの離脱か残留かを問う6月23日の国民投票で、「離脱」の結果が出た。世界中が大騒ぎになり、株価は暴落した。これはただ、騒ぎの終わりではない。今後の対応次第では、延焼を重ねて大火となりかねない出来事だ。

今回の英国の騒ぎは、米国のトランプ旋風、フランスやオーストリアでの右翼の台頭と軌を一にする「ポピュリズム現象」として位置づけるべきだろう。そうでなければ、首相のキャメロンがなぜ愚かにも火を付けたか、なぜ消火に手間取ったのか、火が今後どちらに向かうのかを、理解できないからである。

余計な火遊び

島国であり、栄光の大英帝国時代の記憶が残り、米国との特別な親密さを維持してきた英国は、EU加盟28カ国の中でEUへの親近感や帰属意識が最も薄い国だった。ただ、EU離脱を主張する勢力が決して大多数を占めるわけではない。2大政党のうち、与党の保守党、野党の労働党それぞれには一定数のEU懐疑派がいたが、政権を動かすほどのまとまりを持つことはなかった。

以前から強硬に離脱を主張していたのは、英国独立党(UKIP)である。欧州連合条約(マーストリヒト条約)反対のキャンペーンのために1991年に発足した「反連邦主義同盟」を母体として93年に設立され、99年に欧州議会選で3議席を獲得したのを皮切りに、徐々に勢力を伸ばしてきた。

党首はナイジェル・ファラージで、2006年に就任した。彼は、典型的なポピュリストである。政党や団体という仲介を通さず直接市民に語りかけ、EUや移民といった敵を定めて攻撃する。しかも、ポピュリスト特有の明るさを失わない。筆者は3年前にインタビューをしたが、「EUはポンドやオンスでなくキログラムを使えと言ってくる」「メンタリティーの異なる国々を1つに押し込めようとする新しいソ連だ」など、ユーモアとメタファーに満ちた語り口は漫談のようだった。民主主義の制度の中で人気を集めるのがポピュリストの本務だから、明るくないと務まらないのである。

泡沫政党だった英国独立党は次第に支持を広げ、2014年の欧州議会選では27%あまりを得て国内第1党となった。もっとも、小選挙区制の総選挙では振るわず、国政での影響力はほとんどなかった。

この状況は、フランスの右翼「国民戦線」と似ている。一定の支持は確かにあるものの、政治の表舞台には立てない存在である。火を付けなければ、隅っこでくすぶっていただろう。

余計な火遊びをしてしまったのが、首相のキャメロンだった。

毛並みのよいお坊ちゃん

英国がEUの前身であるEC(欧州共同体)に加盟したのは、1973年である。その翌々年にあたる75年、早くも残留の是非を問う国民投票が実施された。当時は67.2%と圧倒的多数が残留を望んだ。結果は今回と同様、法的拘束力を持たなかったが、政府は残留を決めた。

この時に国民投票が問題にならなかったのは、現状維持の結果が出たからである。国民投票は、結果が五分五分で真っ二つに分かれる傾向がある。そういうテーマでない限り投票をする意味がないからだ。逆にいうと、半分近くの人は結果に不満を抱く。その際、現状維持の結果だと、不満を抱いても騒ぎには発展しにくい。前回と今回とでは、そこが異なっている。

今回、41年ぶりとなる国民投票となったのは、英国とEUとの間に切羽詰まった問題があったからでは全然ない。純粋に英国の国内政治の事情、更に絞ると与党保守党の党内事情からである。党内でEU懐疑派議員の発言力が強まり、またUKIPも勢力を広げていたことから、キャメロンら保守党の主流がこれを抑え込もうとしたのだった。

キャメロンは女王エリザベス2世の遠縁にあたり、名門校も出て、英国の政治家の中でもとりわけ毛並みがいい。親族には金融界で活躍した人物が多く、資産家でもある。あまり深く考えることなく行動すると言われるのも、育ちの良さからだろう。つまりお坊ちゃんなのである。

本来なら、こういう人物はポピュリストから最も遠い存在のはずだ。なのに、「国民投票」というポピュリスト御用達の制度を利用しようなどと考えてしまった。

お坊ちゃんは、おとなしく水鉄砲で遊んでいればよかったのである。慣れないくせにマッチを擦ってみようなどと思うから、こんなことになった。

制度としての怪しさ

「国民投票」が、民意を直接政治に反映するというポジティブな面を持つのは否定し難い。間接民主制が機能不全に陥っている現代だけに、このような直接民主主義の制度は、時に魅力的に映る。

一方で、この制度は極めて危険な側面を持つ。何より、多様な意見が棲み分けている世論を無理やり白か黒かの2つに分ける点で、社会に亀裂と分断を生みがちだ。投票結果はその時々の市民感情に流されやすく、デマゴーグにつけいる隙も与えやすい。スケープゴートや敵を定めて攻撃するポピュリストが好んで使うのは、そのためだ。多用したのがナポレオン、ナポレオン3世、ヒトラーだったことは、この制度の怪しさを十分物語っている。

英国に、国民投票の伝統はほとんどない。EC残留を巡る1975年の投票が、英国史上初めての経験だった。以後、地域を限定した住民投票はあったが、国民投票としては2011年に選挙制度を巡って実施された程度である。2014年に「あわや独立か」と話題になったスコットランドの住民投票も、地域を限ったものだった。

つまり、キャメロンにはもともとなじみの薄い手段なのである。だからこそ、その面倒な面に気づかず、手頃な制度だと思い込んだのではないか。

EU残留か離脱かを問う国民投票の実施を、キャメロンと与党保守党が2015年総選挙の公約として掲げたのは、その2年前の2013年だった。総選挙で英国独立党の支持層を切り崩すとともに、与党内の不満も鎮めるうえで、「EU離脱カード」をちらつかせる戦略は有効だと考えたからである。つまり、ここで火を付けたのだった。

狙いは当初、まんまと当たったように見えた。総選挙で、保守党は予想外の大勝を収め、キャメロンは引き続き政権を担うことになった。

摩訶不思議な状況

もともとの計画はマッチポンプだから、いったん付けた火を今度は消しにかからなければならない。そのために、政権は極めて複雑な論法を組み立てた。

▼現在のEUには問題が多いと指摘する。EUと交渉を重ね、改革を促す。

▼EUが改革を受け入れたら、それを成果として掲げて国民投票を実施する。改革が実現したEUは評価に値するとして、英政府は残留を訴える。

キャメロンが昨秋、EUに書簡を突きつけ、「政治統合への英国の不参加を認める」「福祉を受けるために英国に流入する移民を制限する」など4点の改革を求めたのは、このシナリオに沿ってのことである。

人の自由な移動をうたったEUの精神に反するなどとして、他の加盟国は反対したが、大国である英国を無視もできない。つむじを曲げられて本当に離脱すると言い出されても困る。各国は、渋々ながら要求をおおむね受け入れた。キャメロンは、これを受けて国民投票を6月23日に定め、市民に残留を選択するよう呼びかけた。

当時、英国の政権や官僚たちがどのような意識を持っていたかは、今年4月4日に駐日英大使のヒッチンズが東京の日本記者クラブで開いた記者会見に、端的に表れている。彼は、EU改革を評価してこう誇った。

「英国はEU内での特別な地位を得ます。実にユニークな地位、全世界で最良です。英国は加盟国として自国の権益を守りながらも、政治統合、ユーロ、シェンゲン協定から永久免除されるのです」

権利だけ得て義務はなし。英国は大いに得をした。それを、とうとうと自慢して恥じることがないのがお坊ちゃんならではの論理だが、市民には到底理解されないだろうと、どうやら気づいていなかった様子である。

実際には、市民の多くは、キャメロンがEUと交渉していたことさえ知らなかった。

政権がわざわざ国民投票を実施して、しかも現状維持を訴えるという摩訶不思議な状況は、こうして生まれた。本来だと、EU残留を目指すなら、最初から国民投票などしなければいい。なのになぜするか。政権は説明したつもりになったが、市民は全然理解していない。

これでは、火消しになっていない。ホースの絡み具合が複雑すぎて、肝心の水が出てこないのである。

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国末憲人
1963年生れ。85年大阪大学卒。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。富山、徳島、大阪、広島勤務を経て2001-04年パリ支局員。外報部次長の後、07-10年パリ支局長を務め、GLOBE副編集長の後、現在は論説委員。著書に『自爆テロリストの正体』(新潮新書)、『サルコジ―マーケティングで政治を変えた大統領―』(新潮選書)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』(いずれも草思社)、共著書に『テロリストの軌跡―モハメド・アタを追う―』(草思社)などがある。

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(2016年6月28日フォーサイトより転載)