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「ブラッター会長辞任」では終わらないFIFA「巨額汚職事件」の後始末

2015年06月10日 14時35分 JST | 更新 2016年06月08日 18時12分 JST

 FIFA(国際サッカー連盟)会長のゼップ・ブラッター氏が6月2日、会長辞任を表明した。汚職容疑で副会長らが逮捕される異常事態の中で5月29日に会長選挙が行われ、ブラッター氏が5選を果たしたばかりだったが、わずか4日で辞任を決めた。巨大なビジネスに育ったFIFAワールドカップ(W杯)には、誘致や放映権を巡る利権が生まれ、ブラッター体制には常に金銭スキャンダルの影が付きまとってきた。遂にブラッター氏自身にも司直の手が伸びるとの見方が強いが、誰が新会長に選ばれたとしても、"ドン"が消え去った後のFIFAのカジ取りは一筋縄ではいきそうにない。

「カネをばら撒いているからだ」

 欧州のサッカーファンの間で、ブラッター氏ほど不人気な人はいない。欧州でFIFAの試合が行われる際、開会式などでブラッター氏が紹介されると、会場から一斉にブーイングが巻き起こるのだ。2006年のワールドカップ・ドイツ大会の時などはその典型で、組織委員長だった"カイザー(皇帝)"フランツ・ベッケンバウアー氏が大歓声で迎えられていたのとはまったく対照的だった。

 だが、FIFAの運営を担う理事たちの反応はまったく違う。不祥事発覚の最中に行われた会長選はヨルダン・サッカー協会会長のアリ・ビン・フセイン王子との一騎打ちで争われたが、結果は、ブラッター氏が133票、アリ王子が73票と圧倒的な大差でブラッター氏の再選が決まった。会長を支えてきた現職幹部の逮捕に、辞任要求も噴出していたが、組織内での圧倒的な支持は揺るがなかった。

 ブラッター氏は79歳。1975年にFIFAに入って、1981年には事務総長に就任。前任の会長だったジョアン・アベランジェらの後ろ盾もあって、メキメキと頭角を現した。1998年の会長選挙に立候補。UEFA(欧州サッカー連盟)会長だったレナート・ヨハンソンに小差で勝ち、会長に就任した。それ以来、UEFAとの対立が続いている。今回の汚職事件でも、ブラッター氏の責任を最も激しく追及したのはUEFAだった。

 それにもかかわらず、ブラッター氏がFIFA内で圧倒的に支持されてきたのはなぜか。

 加盟国数の多いアフリカ(54協会)やアジア(46協会)の票をガッチリと固めてきたからだ。FIFAの加盟国数は209で、会長選挙ではそれぞれが1票を持つ。反ブラッターで一致している欧州は53とアフリカに次ぐ勢力だが、南米(10)やオセアニア(11)、北中米カリブ海(35)でもブラッター氏支持が多い。アフリカやアジアなど発展途上国の支持が多いことを、欧州の反ブラッター派は「カネをばら撒いているからだ」と批判してきた。

欧州勢の「怨み」

 今回の一連の汚職疑惑でも、2010年のW杯南アフリカ大会の誘致を巡る汚職が1つの焦点になっている。FIFA副会長だったトリニダード・トバゴのジャック・ワーナー氏が、招致を巡って南アフリカ側から12億円余りの賄賂を受け取った疑いが指摘されている。ワーナー氏は南米サッカー連盟会長を務めたニコラス・レオス元FIFA理事や、アルゼンチンのスポーツ関連代理店幹部らと共に、ICPO(国際刑事警察機構)に国際手配された。

 W杯の開催は数兆円規模の経済効果をもたらすとされる。それだけに開催場所を決める投票権を持つ理事たちには、あの手この手の説得工作が繰り広げられる。公然と賄賂が飛び交っているという噂が繰り返し流れていた。

 ブラッター氏が会長就任以来、アフリカやアジアなどにW杯の「恩恵」を配分する政策を取り続けてきたのは事実だ。ブラッター氏は5大陸すべてでW杯を開催することを掲げた。2002年にはアジア初の大会を日本・韓国で開催。2006年のドイツ大会をはさんで、2010年にはアフリカ大陸初として南アフリカ大会が開かれた。サッカー人口が急速に増えているにもかかわらず経済的に大会開催は難しいと見られていたアフリカ大陸での開催を、まがりなりにも成功させた。

 また、2014年にはブラジルで開催。南米各国ではサッカーは国民的スポーツだが、南米大陸でのW杯は1978年のアルゼンチン大会以来だった。そして、2018年にはロシアで、2022年には中東のカタールで開催されることが決まっている。

 W杯は1930年に第1回が開かれたが、ブラッター氏が会長に就任する以前は、ほぼ2回に1回は欧州で開催されることが慣例化していた。1974年から1998年の間で見れば、西ドイツ→アルゼンチン→スペイン→メキシコ→イタリア→米国→フランスといった具合である。8年に1度回ってくるはずだった祭典が途絶えたことが、UEFAなど欧州勢がブラッター氏に反発する背景にある。UEFAからすれば、欧州で育ったサッカーというスポーツの最大のイベントを欧州以外に持って行かれた、という怒りがくすぶっているのだ。

「会長選挙のための賄賂」

 ブラッター氏は、W杯の開催利益を、その地域のサッカー連盟だけでなく、FIFAにもたらす仕組みも作り上げた。テレビ放映権やオフィシャル・スポンサーをFIFA自身が管理し、安売りを排除することでFIFA自身が巨額の資金を手にするようになったのである。

 入場料収入よりも、テレビ放映権やスポンサー料が収入の中心となれば、開催地がどこでも構わない。むしろ、様々な地域で開催した方がW杯人気が高まり、放映権が売れる地域が広がっていく。

 そんなFIFAの収入はどんどん膨らんでいる。FIFAの収入は圧倒的に4年に1度のW杯関連が大きいため、収入は4年単位で見ないと分からない。2011年から2014年の収入は57億ドルだった。2007年から2010年の収入は42億ドルだったから、36%増えている。

 ブラッター氏はその利益をアフリカやアジア、南米などの国々に「還元」する方法も作り上げた。会長就任直後の1999年に立ち上げた「ゴール・プログラム」と呼ばれるもので、もともとは貧しい国々にサッカーのゴールポストとサッカーボールを贈るというものだった。サッカー振興のために助成金を支給するのである。東日本大震災後の日本にもこのプログラムが適用され、福島県に日本サッカー協会(JFA)が設置した「JFAメディカルセンター」も助成を受けた。

 会長就任直後からプログラムを始め、アフリカ諸国に助成を広げていったことから、「次の会長選挙のための賄賂だ」といった批判が欧州勢などから投げかけられた。プログラムによってアフリカ地域でのサッカー振興が進み、結果的にアフリカ勢による現在の圧倒的なブラッター会長支持につながっていったことは間違いない。

「単独インタビュー」の印象

 ブラッター氏が初めて会長になった17年前に比べて、FIFA会長は一段と大きな利権ポストになった。それに伴い、開催地や放映権を巡る巨額の賄賂が動いていると繰り返し指摘されてきた。独占放映権を手にするテレビ局は大きな利益が約束されるだけに、様々な仲介会社が暗躍していると見られていた。そんな"カネまみれ"のFIFAに君臨してきたブラッター氏は、5月末のFIFA総会でも「私自身については全く心配していない」と語っていたが、今度こそは、旗色が芳しくない。米国の司法当局が本気になっているからだ。

 米連邦捜査局(FBI)が汚職容疑でFIFA幹部の逮捕に踏み切ったのには周到な準備があったとみられる。2013年に米国で有罪判決を受けたチャック・ブレーザー元理事が、賄賂の授受などを認めたうえで、FBIに全面的に協力しているのだ。ブレーザー氏はFBIに協力して盗聴器までFIFAの会議に持ち込んでいたと報道されており、すでに証拠は挙がっている、と見ていいだろう。ブラッター氏が再選後わずか4日で辞任を表明したのも、予想以上に捜査の手が自身に迫っていることを感じたからに違いない。FBIがブラッター氏の聴取も行うという報道が相次いで流れている。

 FIFAの本部(チューリッヒ)があるスイスのメディアの中には、今回の逮捕劇の裏に「陰謀」があるという見方を取っているものもある。逮捕が会長選挙の直前に行われたことなど、ブラッター氏を会長から追い落とすのが狙いだったというのである。カタールが選ばれた2022年のW杯には米国も立候補していたが敗退。ブラッター氏のやり方に業を煮やしているのは、欧州も米国も一緒だというのだ。実際、FBIがカタール大会の決定過程についても捜査に乗り出すと報じられている。

 就任以来、様々な疑惑報道に追われてきたブラッター氏は敵味方がはっきりしている。新聞社でチューリヒ支局に勤務していた頃、FIFAの記者会見に行くと、会見前の記者控室にブラッター氏自らが現れ、旧知のスイス人記者たちの間を満面の笑みをふりまきながら握手をして歩いて回っていた。FIFAの身内も含め、自らのシンパには極めて愛想が良い。ところが、会見で英国メディアにスキャンダルを質問されると、一気に表情は硬くなり、発言も攻撃的に一変した。

 私自身、W杯ドイツ大会を前に単独インタビューしたことがある。スポンサーでもある日本のメディアの取材に上機嫌だったが、笑顔の中で時折見せる冷徹な目が印象的だった。「よそ者」に警戒心を解いていない感じを受けたものだ。

難航する次期会長選び

 ブラッター氏の追い落としが米国の国益を守るための陰謀かどうかは別として、ブラッター路線の見直しが一気に進むことは間違いなさそうだ。ロシア大会やカタール大会の開催地見直しという声も上がっている。

 次期会長選びも難航するだろう。欧州勢は自分たちの仲間から会長を送り出し、欧州としての失地回復を進めたいに違いない。だが、加盟国の数で勝るアフリカやアジアの支持が得られるかどうかは分からない。

もう1つは、すでに出馬に意欲を示している元日本代表監督ジーコ氏などのような著名サッカー選手OBが会長になった場合、巨大なビジネスを動かす利権の塊と化したFIFAをコントロールできる能力があるかどうかだ。事務総長時代を含め34年間もFIFAビジネスを牛耳っていたブラッター氏の代わりは、そう簡単には務まらないだろう。下手をすると、FIFAがさらに露骨な利権争いの場と化す可能性もありそうだ。

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磯山友幸


1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)などがある。

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(2015年6月9日フォーサイトより転載)