インフルエンザで「早めの受診」は間違いです!--医療ガバナンス学会

医療機関は、本来は諸外国のように肺炎や脳症等合併症が疑われる人に絞り込んで対応させていただきたいのです。
Yuriko Nakao / Reuters

【筆者:坂根みち子・坂根Mクリニック院長(略歴は文末に)】

インフルエンザが猛威を振るっています。1月15日からの1週間で全国の医療機関を受診したインフルエンザの患者は過去最高の283万人だそうです。

日本ではインフルエンザが疑われたらで早めの受診を呼びかけますが、これは間違いです。息が苦しいとか、意識がおかしいとかではない限り、基本は家で寝て自力で治してください。

医療機関にフリーアクセスが出来る日本で、うつりやすい感染疾患の軽症者が医療機関に殺到したらどうなるか想像がつくでしょう。過去最高の患者が発生している中で、医療現場では、その心配が現実のものとなっています。

考えてみてください。生きるか死ぬかの疾患で救急搬送してもらうとき、大抵の医療機関も救急搬送自体も軽症のインフルエンザ患者に人手と時間が取られ、重症者への対応の障害となっているのです。また自己免疫疾患やがん患者等、インフルエンザを恐れながら暮らしている人達が、通常の治療ために医療機関に行くことで感染のリスクにさらされるのです。自分や家族がそんな状態だったら、どうでしょうか?

私たちがどちらを優先すべきか明らかでしょう。

軽症者は診断確定の必要なし

国の方針がまず間違っています。

厚労省と首相官邸のホームページには次のように記載されています。

【厚労省】 Q.11:インフルエンザにかかったらどうすればよいのですか? (1)具合が悪ければ早めに医療機関を受診しましょう。

【首相官邸ホームページ】 発症から48時間以内に抗インフルエンザウイルス薬の服用を開始すれば、発熱期間の短縮などの効果が期待できます。早めに医療機関を受診し、処方された薬は医師の指示に従って服用しましょう。

厚労省も首相官邸も医療資源には限りがあるということをご存知ないのでしょうか。このような広報の仕方でどうやって国全体としての感染拡大を防げるというのでしょうか?

インフルエンザの大流行を受けて、1月26 日には、なんと加藤勝信厚労大臣が「早めの受診」を呼びかけていました。厚労省担当者はいったいどのようなブリーフィングを大臣にしているのでしょうか?

インフルエンザが疑われるとき、国やメディアがすることは、早めの受診を促すのではなく、基本は自宅療養だと伝えることです。

そもそも、熱が出たり節々が痛かったりしているということは、体内に何かしらのウイルスが入って戦っているということです。でもそのウイルスがインフルエンザなのか、ただの風邪なのかは私たち医療者でもわかりません(他に細菌感染のこともあります)。

軽症者はいずれにせよ特別な治療が必要なわけではないので、診断を確定させる必要もないのです。医療機関はこの時期、診断を付けてほしい人や軽症の受診者の対応に追われます。

昨日からのどが痛いけれどインフルエンザではないか検査してほしいと来院されることも多いのですが、迅速検査の診断は陽性の時はインフルエンザであると確定出来ますが、陰性の時は、インフルエンザではないとは言えないのです。インフルエンザは軽い感染で済むことや熱の出ないこともよくあります。その人達に迅速検査しても陽性になることは希です。会社や学校は、病院へ行ってインフルエンザかどうか検査してくるように、というのは止めましょう。迅速検査で診断出来る頻度はそう高くないですし、検査が受けられる条件があります。検査を繰り返す人もいますが、迅速検査で陽性になるのを待っているうちにどんどん周囲の人にうつしてしまいます(どうしても検査したい人のためには、迅速検査はもっと簡便なキットで市販されるのを期待します)。

限界を越えている診療現場

医療機関は、本来は諸外国のように肺炎や脳症等合併症が疑われる人に絞り込んで対応させていただきたいのです。

医療機関のスタッフがインフルエンザをうつされてしまう例も後を絶ちません。現場は更に少ない人数で対応しなければならなくなっています。当院でもある人数までは、受付でトリアージし、感染症の人は隔離し対応出来ますが、キャパシティを越えて患者が殺到した時は、感染症の人も感染しやすい持病のある人も待合室で一緒に待って頂くしかなくなります。さらに問診も診察も説明も不十分となり、見落としのリスクも上がります。これはどこの医療機関でも同じです。千葉のある診療所では、休日の来院患者数が半日で200人を超え、これを医師一人で対応していました。限界を越えた診療は、患者にとってデメリットが大きいだけでなく確実に前線の医療者を疲弊させます。後方支援(広報支援でもありますね)なく、このような状況が続けばどうなるか、厚労省の担当者や大臣には是非一度現場を見て頂くことをお勧めします。

医療機関がパンクしないよう、重い疾患で通院中の患者さんが安全に治療を受けられるよう、軽い症状の人は自宅待機で治してください。基本は保湿と休養、熱や頭痛が辛ければ、市販の小児用バファリンやタイレノール(アセトアミノフェン)を使ってください。麻黄湯や葛根湯もいいようです。抗ウイルス薬は、発症後48時間以内の人は使えますが、軽症者には必要ありません。抗ウイルス薬を使っても回復までの時間は半日ほどしか短縮しないと言われています。家は加湿し、他の人に感染させないようにマスクをして、人とのやり取りはアルコール消毒した手でしてください。熱が出た人は、解熱後48時間まで登校や出社は避けてください(解熱剤は飲んで結構ですが、解熱剤を飲んで下がったのは解熱した時間に含めないでください)。熱が出ず体調が悪いだけの人は症状が回復するまで自宅療養してください。最近の研究では、インフルエンザが空気感染する可能性に言及していますが、そこでも、自宅待機(stay home)とワクチンを打っておくことを勧めています。実際、よりたくさんの人がワクチン接種を受けていれば「集団免疫」で助かる命も多いのです。

「疑わしい人は自宅待機」を徹底

今後感染症との闘いは、更に過酷なものになっていきます。

これが致死性の高い新型インフルエンザウイルスならどういうことになるか、想像してみてください。まず「疑わしい人は自宅待機」を徹底させないと、今のように「早めの受診」を勧めていては会社でも学校でも医療機関でもあっという間に感染が広がります。各組織は誰かのお墨付きを待つのはなく自らの判断で休むという体勢を整えないと、今後予想されるパンデミックで壊滅的な被害が出るでしょう。 それは取りも直さず、組織として不可欠なリスク管理でもあります。

日本の医療システムは「お互い様」と言う意識で支え合わないとこれ以上持ちません。しわ寄せは本当に医療が必要な人に医療が届かない、という形で現れます。

今こそ、メディアは本当の専門家の声を聞き、諸外国の例もしっかり取材して、早めの医療機関受診は方針として間違っていると、その中でどういった人が病院に行く必要があるのか(喘息持ちの人、免疫が落ちる持病のある人、妊婦、呼吸困難や意識障害のある人など)を正しく伝えてください。国民の受診行動を変えるためにメディアが果たす役割は大きいのです。

【筆者略歴】筑波大学医学専門学群、筑波大学大学院博士課程卒業。循環器内科医として約20年勤務ののち、2010年10月つくば市に現クリニックを開業。2014年4月1日より「現場の医療を守る会」代表世話人。同年より「日本医療法人協会 現場からの医療事故調GL検討委員会」委員長。

(本記事は「MRIC」メールマガジン2018年1月31日配信Vol.021よりの転載です)

医療ガバナンス学会 広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。

(2018年1月31日
より転載)
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