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意外にも常識的な「トランプ外交」--村上政俊

2017年02月11日 17時08分 JST

 トランプ外交が本格的に始動したが、その背景にある考え方は極めて常識的であり、同盟国日本としては大いに歓迎すべき滑り出しだ。トランプ外交の最大の特徴は同盟国重視の姿勢であり、これを端的に示すのが外国首脳の訪問受け入れ順序だ。

まずは米英同盟の強化から

 1月20日のトランプ政権発足後にまずワシントンを訪れたのは、アメリカにとって最も緊密な同盟国であるべきイギリスの首相メイだった。

 オバマによって大統領執務室から不当にも撤去されていたチャーチルの胸像がトランプによって元の地位を無事回復。トランプ、メイ、チャーチルの「3人」で撮影された集合写真は、米英同盟に新たな息吹が吹き込まれたことを象徴していた。

 そもそもチャーチルはフランクリン・ルーズベルトにぴったりと寄り添って連合国を第2次世界大戦の戦勝に導いたアメリカの大恩人だ。そんなチャーチルを追い出すとはオバマもとんだ忘恩の徒である。なおルーズベルトもチャーチルの帝国主義者としての顔を内心苦々しく思い、むしろ共産主義国家ソ連の独裁者スターリンとの方が、馬が合うと思っていたようだ。

 ルーズベルトにしてもオバマにしても、民主党の大統領はチャーチルのことがどうもお好きではないらしい。逆に共和党トランプとチャーチルと同じ保守党メイの仲を取り持ったのがチャーチルだったということになる。

 米英同盟を重視するトランプの姿勢は共和党主流派とも軌を一にする。メイが外国首脳の中で最初にトランプのもとを訪れたことは、トランプが従前の2国間同盟を重視していることの表れであり、アメリカから大西洋に架かる米英同盟、太平洋に架かる日米同盟というアナロジーで考えれば、日本にとっても喜ばしいことだ。

 先月、我が国はこのイギリスとの間で日英ACSA(物品役務相互提供協定)に署名したが、日本とイギリスの防衛協力強化はこうした考えとシンクロしており、現代の日英同盟ともいうべきレベルに関係が徐々に深化しつつある。なお、イギリス側の署名者は、昨年のEU離脱国民投票で離脱派の先頭に立ち、『チャーチル・ファクター』という本を著すほどチャーチルを尊敬する外務大臣ボリス・ジョンソンだった。

オバマ時代とは違って日本重視?

 メイに続いて2番目に訪問が予定されているのが安倍晋三首相だ。8年前のオバマ政権の発足時、私は外交政策の全体調整にあたる外務省総合外交政策局総務課で勤務していたが、当時の麻生太郎首相の訪米へのオバマの対応は、冷淡そのものだと感じた。

 2009年2月24日の日帰り訪米は確かに外国首脳の先陣を切ってではあったが、午前中の会談が終わると麻生はホワイトハウスを後にせざるを得なかった。オバマからは前日夜の非公式夕食会はおろか昼食会すら用意されなかったからだ。麻生は、アメリカでの政権交代にかかわりなく日米同盟の理解者である、共和党きっての知日派アーミテージら外交安全保障サークルの重鎮らと食卓を囲む以外になかった。

 これとは対照的だったのが、オバマの習近平に対する歓迎ぶりだった。

 習近平はそれまでの慣例を破って国家主席就任から僅か3カ月弱という早期の訪米を実施。オバマは丸々2日間にわたりカリフォルニアの別荘地で習近平を歓待し、軍事的圧力ではなく話し合いによって米中関係を安定させようとした。しかし、それが完全な逆効果となり中国の南シナ海や尖閣周辺での挑発行動をエスカレートさせたことは読者ご案内のところだ。

 オバマの麻生への冷淡な対応と比較すれば、トランプが安倍訪米を如何に重視しているかがわかるだろう。トランプは安倍を既に友人、もっといえば身内として遇しているのだ。

 それが最初に表れたのが大統領選挙直後のトランプタワーの自宅への安倍訪問だった。普通の人間関係でもそうだが、プライベート空間に招き入れるということは友情と信頼の証だ。先月の安倍訪比では大統領ドゥテルテが、元々市長を務めていたダバオの私邸に安倍夫妻を招待して朝食をともにしたが、これも同様の意味があった。ドゥテルテは寝室にまで案内したという。

 フロリダのトランプの別荘で、ゴルフも含めた形で2月10日に予定される日米首脳会談の行方を見守る必要があるとはいえ、安倍トランプ関係、いやシンゾー・ドナルド関係は極めて順調な滑り出しを見せていると言ってよい。

 日米首脳のゴルフ外交といえば安倍の外祖父岸信介とアイゼンハワーの故事が思い起こされる。アイゼンハワーは、ゴルフは好きな相手としかできないと述べたという。こうして培われた首脳間の個人的信頼関係を梃子に実現したのが、日米安保条約の改定だ。なおこれも現在と同じ共和党政権での出来事だった。

 こうして考えれば共和党政権下の方が日米関係は順調であり、毀誉褒貶があるトランプのいまのアメリカも、ホワイトハウスだけでなく連邦議会の上下両院をも共和党が握っているという事実はもっと強調されてもよいだろう。

韓国を優遇した米民主党政権

 国防長官マティスの日本訪問にも同盟国重視の姿勢が貫かれていた。最大のポイントは、報道の通り尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用がマティスによって改めて確認され、習近平中国への強烈な牽制球となったことだが、私が注目したのは日米防衛相会談後の記者会見でマティスが、日米同盟はアジア太平洋地域における平和と繁栄の「礎石(cornerstone)」だと述べたことだ。

 このcornerstoneという語は、アジア太平洋における日米同盟の重要性を端的に表現する語で、歴代政権で引き継がれてきた言い回しだ。日米同盟は日本とアメリカという当事国のみが利益を享受するのではなく、21世紀の世界経済のエンジン役であるアジア太平洋の安定と経済的繁栄を下支えする公共財として機能しているのだ、という考え方から導き出された表現であり、これをトランプ政権も継承することが明確となった。

 また、訪日に先立つ韓国訪問で米韓同盟はlinchpin(要の意味)だとして、前政権の表現を踏襲した。それまで日米同盟のみに使用されてきたlinchpinを米韓同盟に初めて転用したのは、2010年6月のG20サミット(カナダトロント)に出席したオバマだった。

 当時、日本では日米関係を混乱に陥れた民主党の鳩山由紀夫が退陣した直後であり、混迷を深める日米同盟に代わって米韓同盟に期待したいという、オバマの個人的な願望による表現の変化だったといえよう。時に日米同盟よりも米韓同盟を重視しようとする定石から外れた姿勢は国務長官クリントンも同じであり、同年9月のスピーチでアジア太平洋の同盟国を韓国、日本、豪州という順に挙げた。

 日本よりも韓国を先に言及するなど前代未聞であり、日本の外交安保関係者を驚愕させた。もし昨年の大統領選挙でクリントンが当選し民主党政権が継続していたなら、日韓逆転の不正常な路線が続いていた可能性が高い。

軍人国防長官の面目躍如

 こうしたオバマ前政権が好んだ言葉遊びによる日米同盟への揺さぶりをトランプ政権は繰り返さないと宣言したといえる。linchpinという表現を米韓同盟に引き続き使うことには不満が残るものの、マティスは最初の外国訪問として日本を望んだとされる。

 これは我が国の国会日程との関係で果たせず、ソウルを訪問してからの東京入りとなったが、アジア太平洋においては日米同盟が最優先であり、日本よりも国力が圧倒的に劣る韓国との間でいたずらに序列を競わせようとするオバマ前政権の不愉快な遣り口には完全に終止符が打たれたとみてよいだろう。

 軍人国防長官としての面目躍如は、外交安全保障に関する基本的かつ重要な認識が表れた中国の南シナ海進出への対応策についてだった。まず、東シナ海及び南シナ海での中国の活動はアジア太平洋地域における安全保障上の懸念だとの前提を確認。この前提で、尖閣諸島が所在する東シナ海に先に言及したところに我が国への配慮が滲み出る。

 南シナ海問題の解決については、現時点においては劇的な軍事行動(dramatic military moves)の必要はないと述べ、一部のメディアはこの発言を特出しで報じている。

 しかし、文脈全体を捉えなければマティスの真意は見えてこない。彼は現時点においては外交官(diplomat)によって解決されるのが最善だとしたが、ここで安全保障の教科書を紐解くと外交と軍事及びそれを担う外交官と軍人の役割分担について書かれているはずだ。

 いわく外交官による解決が優先的に図られるが、それが行き詰った場合に軍人の出番がやって来る――外交と軍事は断絶して別個に存在するのではなく、外交の延長線上に軍事が位置付けられるということだ。こうした古典的な安全保障理解に立てば、マティスが現時点ではという留保を付けた上で軍事行動の必要性を否定したことにこそ意味がある。

 外交による解決が行き詰った場合は、南シナ海で軍事行動に踏み切る可能性を示したとみてよいだろう。これは尖閣への安保条約5条適用と同じく中国への強烈な牽制球となり、経済だけでなく安全保障でも、対中強硬がトランプ政権の基本スタンスであることを如実に示しており、日米同盟には強い追い風となる。

外交の先に見据える「軍事合理性」

 なお軍人は軍事合理性、つまりは最少の手負いで最大の戦果を挙げられるかどうかに基づき判断を下す。そこで最も嫌うのが戦力の逐次投入だ。

 相手がエスカレートした度合いだけこちらも戦力を増強するやり方は、自分の側が致命傷を負うリスクを低く抑えることはできるが、戦局が膠着して最終的には消耗戦に突入し、人命、物資を含めた国力を摩耗する可能性が却って高い。戦力の逐次投入による最大の失敗例がベトナム戦争だ。

 海兵隊大将として中央軍司令官まで務めた優秀な軍人であるマティスには、アメリカ軍のこうした苦い記憶が当然念頭にあるはずだ。目下の南シナ海情勢をみれば、埋め立てによる人工島造成などの中国の侵出速度はアメリカ側の予測を遥かに上回っている。

 中国初の空母「遼寧」の南シナ海航行もアメリカの制海権に対する重大な挑発行為だった。仮想敵が急速に態勢を整え戦力格差を縮めつつある現在のような状況下では、軍事的手段を行使するつもりがあるのであれば、できるだけ早い段階の方が軍事合理性が高いということになろう。

 南シナ海でベトナム戦争のような失敗を繰り返さないために残された時間はそう長くはない。マティスが南シナ海問題の外交的解決の追及を現時点に限定した背景には、以上のような考えがあってのことだと考えられる。

 このように外交安全保障の定石を踏まえた上でトランプ外交の始動を評価すれば、教科書通りの手を矢継ぎ早に打っていることがよくわかる。常識通りのトランプ外交の始動は日本外交にとって有利に働くといえそうだ。(文中敬称略)

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村上政俊

1983年7月7日、大阪市生まれ。現在、同志社大学嘱託講師、同大学南シナ海研究センター嘱託研究員、皇學館大学非常勤講師、桜美林大学客員研究員を務める。東京大学法学部政治コース卒業。2008年4月外務省入省。第三国際情報官室、在中国大使館外交官補(北京大学国際関係学院留学)、在英国大使館外交官補(ロンドン大学LSE留学)勤務で、中国情勢分析や日中韓首脳会議に携わる。12年12月~14年11月衆議院議員。中央大学大学院客員教授を経て現職。著書に『最後は孤立して自壊する中国 2017年習近平の中国 』(石平氏との共著、ワック)。

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(2017年2月10日フォーサイトより転載)