仏情報機関長官が警戒した「ハイブリッド型テロ」が起きた

今回の同時テロを防止できなかった問題として、3点が挙げられている。

フランスの2015年1月は、パリの風刺週刊紙シャルリエブド襲撃などの連続テロ事件で幕を開けた。あの時は、計17人の犠牲者を出したが、追悼デモにフランス全土で計370万人もの人々が参加してテロに対する市民の団結姿勢を示し、パリのデモではメルケル・ドイツ首相ら欧州首脳も隊列に加わった。その後パリで、イスラム過激派への対応策を協議する緊急閣僚会合も開かれた。

あれから10カ月余、その教訓が生かされず、今度の同時テロでは500人近い死傷者を出す未曾有の事件となった。しかし、オランド仏大統領が、「これは戦争行為だ」と言葉で非難するだけで、具体策など打ち出せず、ただ強烈な衝撃に圧倒された形だ。

内と外からの脅威が同時に

実は、事件の2週間前、フランスの対外情報機関「対外治安総局(DGSE)」のベルナール・バジョレ長官(66)はワシントンで、米中央情報局(CIA)などとシリア内戦や対テロ対策などについて緊急協議するため、訪米していた。

その際、CIAとジョージワシントン大学の共催で開かれた米、英、イスラエル情報機関トップとのインテリジェンスに関するパネル討論にも参加、次のような発言をしていた。

「今われわれは2種類の脅威にさらされている。1つは内なる脅威だ。それに加えて、外部からの脅威がある。それは、外部で計画され、指令されたテロ、あるいはわれわれ諸国に帰還した戦士によるテロだ」

バジョレ長官はキャリア外交官だが、ヨルダンやイラク、アフガニスタンの大使を務め、サルコジ政権で国家情報会議議長も経験したインテリジェンスのプロである。

長官の言う2つの脅威とは、換言すれば「ハイブリッド型の脅威」だ。つまり、「内なる脅威」と「外からのテロの脅威」を同時に警戒しなければならない、という意味である。

前者は、「ホームグロウン(自国育ち)」のテロリストの増殖である。それに、対外活動強化へ方針を転換した「イスラム国(IS)」からのテロの危険性が高まった。

今度のパリ同時テロでは、長官の予測通り、まさにこれら2つの脅威が同時にパリを襲った、ということになる。犯人はフランス人を含めた多国籍で、6人はISから帰ってテロを起こしたとみられている。またフランス国内の支援組織もあったようだ。

コンサートホール攻撃をとの指示

ISは、イラクとシリアの支配地区を確立して拡大することにエネルギーを費やしていた。

しかし、この数カ月間は、国外の狙いやすいソフトターゲットを襲撃し始めた。チュニジアの博物館やビーチリゾート、クウェート、イエメン、サウジアラビアのイスラム教シーア派モスク、カイロではイタリア総領事館に自動車爆弾で攻撃を仕掛けた。さらに先月はロシア旅客機に爆弾を仕掛けた疑いが濃厚だ。

バジョレ長官によると、シリアやイラクで現在戦っているフランス国籍を持つ戦士は約500人。両国に入った後、死亡した者やフランスに帰国した者を合わせると、その3倍、計約1500人に上るという。

そして、ワシントン・ポスト紙によると、ISは「フランスでは警備の隙を狙った」(米政府高官)というのだ。ISがテロを組織し、「イラクやシリアで訓練を受けて帰国したイスラム戦士も使って」、防御の穴を突いたというわけだ。

今年8月15日にフランス警察がパリで逮捕した男(29)はISの拠点であるシリアのラッカから帰国した人物で、帰国したら、まさに今回襲われたコンサートホールのようなところを攻撃するよう指示された、と供述していたという。

準備していたサッカーのチケット

現地からの情報によると、今回の同時テロを防止できなかった問題として、次の3点が挙げられている。

①事件の1週間以上前ドイツ国内で、パリに向かっていた自動車内に、事件で使われたのと同じ自動小銃AK47・8丁などを積んでいた男が警察に検挙されたにもかかわらず、警察官がこれをテロ担当者に連絡していなかった。

②2010年から監視対象になっていたパリ生まれのオマル・イスマイル・モステファイ容疑者(29)=バタクラン劇場で自爆テロ死=を厳密に尾行していなかった。

③ギリシャ入りしたシリア難民のセキュリティチェックを怠っていたため、難民を装ったテロリストが入国した。

こうした事態を受けて、フランス与党・社会党のスポークスマンは「インテリジェンス上の失敗があった」と認めている。

1月の連続テロは「ホームグロウン」のテロリストが起こしたが、同じような対策の失敗が指摘されていた。DGSEに加えて、国内の対テロ対策を担う国内治安総局(DGSI)も責任追及はまぬかれないとみられている。また、テロ容疑者監視要員を2000人増員する計画が現在進行中と伝えられ、テロ対策の強化が急がれるだろう。

フランスとドイツのサッカー親善試合が行われていた国立競技場では、テロリストは本物のチケットを差し出して場内に入ろうとした、といわれ、テロ組織は周到な準備をしていたことがうかがえる。

幸い、競技場のガードマンの機転で爆弾を装備したチョッキを着ていたことが分かり、追及したところ、犯人は逃走しようとして自爆、死亡し、国立競技場での被害は最小限に抑えられた形となったという。今後、テロ対策の徹底が求められる。

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春名幹男

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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(2015年11月17日フォーサイトより転載)

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