案の定「トランプ」にかき回された「G7シチリア・サミット」--青柳尚志

今回のG7サミットでも分かるように、世界はわるいやつらだらけ。

イタリア・シチリア島の保養地、タオルミーナ。

ローマ帝国時代の遺跡の宝庫というべき、人口1万人あまりのこの街が、今年の主要7カ国首脳会議(G7サミット)の舞台になった。

暴れん坊のトランプ米大統領が乗り込むことで、ちゃぶ台返しが起きるのではないか。そんな懸念がささやかれたが、米国と欧州の首脳はすんでのところで踏みとどまった。

1年前とは大違い

今さらG7サミットという気もするが、年後半の国際政治と世界経済の方向を占ううえでは大切なので、ちょいとおさらいしておこう。まずは5月27日に発表された首脳宣言から。パラグラフ12は、北朝鮮を名指ししてこういう。

「北朝鮮は、国際的な課題における最優先事項(a top priority in the international agenda)であり、度重なる、また、現在進行中の国際法違反を通じて、国際の平和及び安定並びに不拡散体制に対しなお、一層、重大な性質を有する新たな段階の脅威(new levels of threat)となっている」。

こう述べて、北朝鮮に核・ミサイル計画の「完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄」を求めている。

核実験と弾道ミサイルの発射に対しても「最も強い言葉で(in the strongest terms)非難」する。北朝鮮による日本人拉致問題についても「即時解決」を要求している。

日本のメディアの好む表現を借りれば、核・ミサイル、拉致の問題で、北朝鮮への非難を「国際社会の声」にすることに成功したのである。安倍晋三首相がトランプ大統領との間で結んだ兄弟仁義が、G7外交の場で生かされた形となる。これを1年前の伊勢志摩サミットの首脳宣言と比較しよう。

安倍首相が議長を務めた伊勢志摩サミットの宣言では、昨年1月の核実験および弾道ミサイル発射を「最も強い表現で非難」から始まり、国連安保理決議や朝鮮半島をめぐる6者協議の合意順守を訴えている。

もちろん拉致問題へも「国際社会の懸念に直ちに対処する」ことを求めている。当時は、日本が無理に北朝鮮の問題を押し込んだなどという解説も聞かれたが、今年の宣言と比べれば何と微温的なことだろう。

因みにドイツの保養地エルマウで開かれた2015年のG7サミットの首脳宣言では、延々とウクライナ問題が語られ、北朝鮮問題は次の1文だけ。

「我々は、北朝鮮による核及び弾道ミサイル開発の継続、並びに甚だしい人権侵害及び他国の国民の拉致を強く非難する」。

アジアのことは中国でのビジネスにしか関心のないメルケル独首相や、ウクライナの失策を糊塗しようとすることしか念頭になかったオバマ大統領(当時)の、心根がクッキリと透けてみえるような中身だった。

急所を突かれた中国

そうした来歴を踏まえると、今回の首脳宣言は、日本にとって死活的に重要な北朝鮮問題に関しては、十二分に評価できるものだった。もっとも、サミットの首脳宣言など北朝鮮の独裁者にとっては、カエルの面に何とやら。

北はミサイル実験で応じたが、米国は大陸間弾道弾(ICBM)の迎撃実験で応じ、空母カールビンソンに続き、ロナルド・レーガンを日本海に差し向け、さらにニミッツも西太平洋に向ける形で圧力を高めている。

G7サミットでは、東シナ海や南シナ海に対する、中国による覇権主義的な行動に対する姿勢も際立っていた。タオルミーナの宣言のパラグラフ14は次のようにいう。

「我々は、東シナ海及び南シナ海における状況を引き続き懸念し、緊張を高め得るあらゆる一方的な行動に対し強く反対する。我々は、全ての当事者に対し、係争のある地形の非軍事化を追求するよう要求する」。

中国と名指しは避けたものの、誰を指さしているかは明らかだろう。「係争のある地形の非軍事化(demilitarization of disputed features)」とはよく言ったものだ。中国が「シマ(縄張り)」と主張する埋め立て地は「島」ではない、という意味である。

「国際法を口実にしたあら探しに強烈な不満を表明する」。中国がさっそくG7に対する抗議の談話を発表したのは、急所を突かれたことへの不快感だろう。

当事国との直接協議で問題解決を目指していると主張し、「G7や域外国は無責任な発言をやめ、地域の平和安定に建設的な役割を果たしてほしい」と強調する気持ちも分からぬではない。

それにしても、2年前のエルマウ・サミットの首脳宣言が東シナ海や南シナ海の問題をやり過ごし、何の言及もしなかったことを思うと、今昔の感である。

中国に対して事なかれ主義で対処したオバマ大統領と、中国のお友達であるメルケル首相、ドイツとの間で中国に媚びを売ることを競い合ったキャメロン英首相(当時)。彼らがG7を牛耳っていた時代には、「遠いアジアの問題」で日本はしばしば煮え湯を飲まされた。

それが今回のサミットでは、完全とはいえないまでも、いうべきことはだいぶ反映されたようにみえる。米国に暴れん坊のトランプ大統領が登場し、外交の世界に軍事リアリズムを持ち込んだからにほかならない。

土俵際の踏ん張り

もっともメディアの関心事は、「保護貿易主義」をめぐる首脳宣言の言い回しであったり、地球温暖化をめぐる「パリ協定」から米国が離脱するかどうかであったりする。

トランプ氏はサミット期間中はパリ協定離脱の明言は避けつつ、翌週になって離脱を宣言する運びとなった。

笑止なのは、「反保護主義」の一語が宣言に入ったことをもって、欣喜雀躍する人たちの心持ちである。貿易に関するパラグラフ19はこううたう。

「我々は、不公正な貿易慣行に断固たる立場を取りつつ、我々の開かれた市場を維持するとともに、保護主義と闘うという我々のコミットメントを再確認する」。確かに、「保護主義と闘う」という表現は、土俵際の踏ん張りのような形で残った。ただし、1年前の伊勢志摩サミットの首脳宣言とは大きな変更が加えられているのが分かる。

「我々は、我々の開かれた市場を維持すること並びにスタンドスティル(現状維持)及びロールバック(水準後退)によることを含むあらゆる形態の保護主義と闘うとの我々のコミットメントを再確認する」。

伊勢志摩サミットの宣言における「反保護主義」は非常に明確であり、「あらゆる形態の保護主義と闘う」と宣言している。

それに対し今回の首脳宣言は、(a)「不公正貿易」に対する反対と(b)「保護主義」への闘いとを併記している。いうまでもなく、(a)はトランプ政権の立場、(b)は欧州や日本の立場である。

米国にしてみれば、マルチ(多国間)の貿易交渉で大衆討議を重ねているうちに、時間ばかりが空費され、米国の企業にとって不利となる「不公正な貿易慣行」が横行している、何とかすべきだというメッセージが、(a)「不公正貿易」に対する反対に込められている。

仮に「不公正な貿易慣行」を改めない国がいるなら、何らかの対抗措置も講ぜざるを得ない。(b)「保護主義」への闘いは理解するが、それはあくまで「不公正な貿易慣行」が是正されればの話。

そこのところは釘を刺しておくぞ、というトランプ大統領の気持ちが、(a)「不公正貿易」に対する反対と(b)「保護主義」への闘いの併記となって表れているのである。

一触即発の米独首脳

ガラス細工のような言い回しを日米首脳会談の席でトランプ氏に説得したのは安倍首相とされる。一方、今回のタオルミーナ・サミットで腸が煮えくり返った人物がメルケル首相なのはいうまでもない。

サミット終了後の集合写真の位置取りが、米独の離間を象徴している。

メルケル氏は安倍首相と並んで2列目に。1列目は議長国イタリアが真ん中で、向かって左隣がトランプ氏、右隣が就任直後のマクロン仏大統領といった具合だ。伊勢志摩サミット終了後の集合写真でオバマ氏とメルケル氏が仲良く隣同士だったのとは好対照だ。

5月26日午前10時35分頃から約55分間、安倍首相とトランプ大統領はタオルミーナで差しで会談し、北朝鮮や南シナ海の問題について意見交換した。

「安倍総理は私の友人であり、いい関係を構築することができた、北朝鮮について話すこともあるし、テロの問題について話すこともある、特に北朝鮮の問題は世界的な問題であり、絶対解決しなければならない問題である」。

トランプ氏のそんな冒頭発言が、今の日米関係を雄弁に物語る。

これに対し、米独首脳の間は一触即発だった。それどころか、タオルミーナにやって来る前日の5月25日、ブリュッセルで行われた米国と欧州連合(EU)との首脳会談で、トランプ氏からこんな言葉が飛び出した。

「ドイツとの関係は悪くないが、ドイツとの貿易はとても悪い」。EUのトゥスク大統領、ユンケル欧州委員長との会談のなかで、ドイツが抱える巨額の貿易黒字を批判したものだ。

ブリュッセルの首脳会談でのトランプ発言は、米国家経済会議のコーン委員長が記者団に明かした。独誌『シュピーゲル』の電子版によると、発言の内容はもっと尖ったものだったらしい。

「米国内でドイツ人が売っている数百万台もの車を見てくれ。ひどいものだ。我々はこれをやめさせる」。

コーン氏が紹介したトランプ氏の言い回しは、ドイツが東西に分断されていたころの、ドゴール仏大統領の言い回しを想起させる。「私はドイツが大好きだ。好きなドイツは1つより、2つあってくれた方が良い」。

コーン氏は「サミットで何が起こるか分からない」とも述べている。一種の恫喝である。

ドイツの隣の小国ルクセンブルク出身のユンケル委員長は、慌ててドイツを庇い、「自由貿易は誰にとってもプラスになる」などと取りなしたというが、いかにもとってつけた感じである。G7サミットを前に、メルケル氏はさぞやムッときたに違いない。

ただし、ここで喧嘩別れという訳にはいかない。メルケル氏はひと呼吸おいて、サミットの席で反論した。

「ドイツの貿易黒字の原因には、ドイツ政府が管理できない要因が含まれる。米国へのドイツの直接投資でどれほどの雇用が創出されているか理解すべきだ」。

『ロイター通信』によると、米独両首脳は、2国間の経済関係に関する情報を交換する合同作業部会の設置で合意した。両国の経済関係の不完全な理解に基づき米政府が制裁措置を導入するのを防ぐ狙いがある、とドイツ側は説明する。

「ベルリン・コンセンサス」

正直いってトランプ大統領の言動は大人げないし、危なっかしい。安倍、トランプ両首脳の仲が良いから、満座の前で日本車批判が飛び出さなかったようなもの。

3月の米貿易収支の発表に際しては、ロス商務長官が「メキシコと日本に対する貿易赤字は持続不能な水準」などという声明を発表したくらいだ。単月の貿易統計に、商務長官が他国を名指しした声明を発表するなど、極めて異例だ。

しかも北朝鮮問題で世話になっている中国に対する赤字は「改善した」などと、リップサービスしてみせる。

粗にして野にして卑でもある米政権のダークサイドを垣間見る思いもするが、メルケル首相の率いるドイツを一方的な被害者であるかのように論じるメディアも、全体像を見逃しているといわざるを得ない。

何しろ、ドイツの経常黒字は大きすぎる。経常黒字の国内総生産(GDP)比は8%強と、この日本も経験したことのない水準だ。ユーロ圏内の分業が進むなか、ドイツ1国との収支を論じても意味がないなどと釈明されても、詭弁のにおいが立ち込めている。

なぜならユーロを構成するメンバーには、優等生のドイツばかりでなく、PIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)と呼ばれた経済力の弱い国々も含まれているからだ。

いま最も問題なのは、マイナス成長の続く今年のG7サミット議長国イタリアである。何とか大統領選で極右のルペン候補の当選を阻んだフランスも、経常収支は赤字で欧州の病人であるといってよい。

これら弱い国々を抱えているおかげで、外国為替市場でユーロは、ドイツマルクが取引されていた時代に比べて割安になっている。ドイツの企業、なかでも製造業は、「ユーロという衣」をまとうことで、有利な競争条件を享受している。

この点をトランプ政権が突くのは理にかなっている。しかもユーロ圏の財政、金融のポリシーミックス(政策組み合わせ)もいかにも「ベルリン・コンセンサス(ドイツ主導の欧州の政治・経済体制)」である。

ドイツ流の財政規律をユーロ圏全体に適用する一方、域内の需要不足には欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利と量的緩和で対処する。その結果、ユーロは割安となる。そんな構図が通用しなくなっていることは、メルケル首相自身、先刻ご承知である。

だから、サミット前に「低すぎる金利と弱すぎるユーロ」がドイツの大きすぎる黒字の原因と認めたのだ。その認識は全く正しいし、ECBが金融緩和の出口を探り、ドイツがユーロ安の是正を志向するなら、文句をいう筋合いはない。

問題は、その過程でイタリアなどの不良債権問題が火を噴かないか、ユーロ高の圧力が円にも飛び火しないか、である。

今回のG7サミットでも分かるように、世界はわるいやつらだらけ。森友や加計の鬼ごっこをやっているうちに、日本全体が足を引っ張られないか、気になるところである。

青柳尚志

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(2017年6月1日フォーサイトより転載)

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