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「その後のギリシャ」と「難民ロード」を歩く

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[ギリシャ、ハンガリー発]9月20日に行われた今年2度目のギリシャ総選挙で、チプラス首相率いる急進左派連合(SYRIZA)が議会第1党を死守して、政権を維持した。これで、さらなる緊縮財政を迫る欧州連合(EU)の第3次救済策が進みだすが、高失業率に苦しむギリシャ国民の「無力感」を悪化させるだけだと心理学の専門家は警告する。債務粉飾の発覚から約6年、緊縮策でギリシャ経済は4分の3以下に縮小した。自由と民主主義が繁栄をもたらすというEUの理念は「負け組国家」に屈辱と絶望を焼き付ける呪いと化している。シリア和平への無策が拡大させた難民危機への対応もギリシャやイタリアに押し付けられ、EU域内では国境が再び強化され始めた。

 SYRIZAが政権についた今年1月の総選挙で取材した市民支援団体「KIPODA」を再び訪れた(2015年1月30日「ギリシャ現地レポート:『破綻国家』を救うのは『EU』か『中国』か」参照)。
 チプラス首相が緊縮策の緩和を求めるためEUに示した強硬姿勢と瀬戸際戦術で、ギリシャの金融システムは崩壊寸前まで追い込まれた。KIPODAの事務所は電気が消され、薄暗い。昼間の電気代を節約するためだ。
「チプラス首相には少しだけ夢と希望を抱いていましたが、この8カ月間で起きたことは悲劇でした。電気、電話、水道代を納めるのが精一杯で、スタッフへの給与支払いは止まっています」
 事務局長のパナギョティス・マガロニス氏(42)は肩を落とした。
「選挙にもチプラス首相にも何も期待していません。政権が早く発足してEUからの援助が再開するのを待つのみです」という。8カ月前のKIPODAには活気があった。しかし、マガロニス事務局長の表情は憔悴し、オフィスは意気消沈しているように見えた。

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所持金は200ユーロというKIPODAのソフィアさん(右)(写真はすべて筆者撮影)

 アテネで独り暮らしをしている女性スタッフのソフィア・チロキさん(28)の所持金は200ユーロ(約2万6900円)しかない。
「今でも資本規制が続いており、銀行から1日60ユーロ(約8000円)しか引き出せませんが、私には関係ありません。そもそも引き出すお金が口座にないからです。両親が賃貸住宅の家賃、光熱費を振り込んでくれるので何とかやりくりしています」
 同世代の若者の多くが仕事を求めて国外に脱出した。NPO(民間非営利団体)エンデバー・ギリシャによると、債務危機以降、祖国を去った人は20万人を超える。この多くは海外でも十分に通用する即戦力の若者だ。
 ソフィアさんは「ギリシャを離れることは今のところ想像もできません。しかし、付き合っている彼から一緒に外国に出ようと言われたら、そうするかもしれません」と力なく笑った。

 それにしても、ギリシャ国民はなぜ、国民投票でEUの緊縮策に明確なノーを突きつけながら、従来よりもさらに厳しい緊縮策をのんだチプラス首相を再選したのか。「国民は1974年に軍事政権が終わったあとにできたすべての民主政権に対する信頼を失いました。責任は新民主主義党(ND)と全ギリシャ社会主義運動(PASOK)にあると大多数が考えています。SYRIZAに失望しましたが、それでも他に選択肢はないと信じ続けているのです」。こう解説するのはアテネ大学のベッティーナ・ダボウ教授(心理学)だ。
 ダボウ教授は債務危機がギリシャ国民に与えた心理的な影響を研究している。国民は長期にわたって回避できない苦境に置かれたため、その状況から逃れようとさえしなくなる「学習的無力感」に陥っていると警鐘を鳴らしている。債務危機は失業などによる心理的外傷を伴い、ギリシャの人々は無意識のうちに自分の心を守るため、何が起きているのか考えることやそれに対して反応することができなくなっていた。
 さらに同教授によれば、主要紙やオンラインメディア計6媒体の記事947本を調べたところ、そのうち71.8%が苦境に陥っている人々のストーリーに焦点を当て、論争を呼び起こす激しい言葉で報道していた。34.6%の記事が政党やエリート批判を展開し、危機の解決策を提示していたのは、たった4.3%だった。こうしたメディアによる刷り込みで、集団的な「学習的無力感」が増幅された。もし緊縮策に反する行動を取れば単一通貨ユーロ圏を離脱しなければならない恐れがある。かと言って行動しなければ緊縮策はますます強化されるというジレンマ。ユーロ圏離脱がもたらすカタストロフィへの恐怖心がギリシャ国民にさらなる無力感を植え付けている。

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総選挙キャンペーンで支持者に応えるチプラス首相

 EUの緊縮策はギリシャに「縮小均衡」という下降スパイラルを強いてきた。社会保障はカットされ、4人に1人が失業という苦しみの中で、チプラス首相は失業者対策として、再雇用や月70ユーロ(約9400円)の無料買い物カード支給、公共交通機関のフリーパス、医療アクセスの確保などを実行した。こうした歳出を拡大する政策が財政規律のタカ派、ドイツのショイブレ財務相らを激怒させた。
 しかし、チプラス首相の政策はギリシャ国民にとって緊縮地獄の中に投げ込まれたクモの糸だ。それはみんなでぶら下がればすぐに切れてしまう、まやかしの糸に過ぎない。EUやギリシャの前政権がギリシャ国民にプライマリーバランス(基礎的財政収支)や長期金利といった「数字」を押し付ける優等生なら、チプラス首相は「数字」ではなくギリシャの国民感情に寄り添っている。

 欧米の主要メディアは、ギリシャ国民はとんでもない怠け者だと報じているが、結構まじめで、お人好しの印象を筆者は受ける。パン屋で買い物をすれば、小さなお菓子をオマケにつけてくれる。タクシーに乗っても不当料金をふっかけられることはない。逆にチップを渡したくなるぐらいサービス満点だ。
 大量のシリア難民らがボートでトルコから押し寄せているギリシャのコス島やレスボス島では、ギリシャ当局の取り扱いが劣悪で、難民の人権がないがしろにされていると徹底的にたたかれた。

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ギリシャ・コス島に密航してきた難民

 しかしコス島を実際に訪れて受けた印象はまったく違っていた。難民を乗せたボートが漂着する埠頭で毎日のように釣りをしているギリシャ人のバス運転手が言う。「1年のうち夏しか稼げないのに、難民が大量にやってきて売り上げが7割も落ちました。それでも私たちは難民を排除しようとしたことは1度もありません。政治亡命かどうかはっきりしないパキスタンやバングラデシュからの難民が登録手続きに時間がかかり騒ぎ出したら、ギリシャがシリア難民を弾圧しているように報じるなんてひどすぎます」
 レスボス島で支援活動をしている国際子供支援団体「セーブ・ザ・チルドレン」のケイト・オスリバンさんも「地元の住民は本当に良くやっています」と話す。
 経済協力開発機構(OECD)によると、欧州では今年すでに70万人の難民登録申請が行われ、年内に100万人に達する見通しだという。そのほとんどがギリシャとイタリアにボートで押し寄せる。最終目的地の北欧スウェーデンやドイツへの通り道になっているハンガリーでも難民があふれ返っている。そもそもEU加盟28カ国が協力して取り組まなければならない問題だ。なのに、クルド人のシリア難民アラン・クルディちゃん(3歳)が遺体になってトルコの海岸に打ち上げられるまで、EUやその要であるドイツはギリシャやイタリアに対応を押し付け、知らん顔をしてきた。

 ギリシャ経由で難民が大量に押し寄せたハンガリーでは、オルバン首相が「難民の流入は他の宗教、まったく異なる文化を欧州の中で膨れ上がらせる。彼らの大半はキリスト教徒ではなく、イスラム教徒だ。これは重要な問いかけだ。というのは欧州とそのアイデンティティーはキリスト教に根ざしているからだ」との考えを表明。領域内を旅券なしで移動できるシェンゲン協定の最前線を防衛するとして、セルビアとクロアチアとの国境に高さ3.5メートルのカミソリ付き有刺鉄線のフェンスを構築している。さらには自動小銃や装甲車で武装した部隊を国境検問所に展開し、イスラム女性の持ち物検査まで行っている。オルバン首相は世界金融危機で新自由主義経済の餌食にされたとして「非自由主義国家」宣言を行い、中国やロシアのような国家資本主義への志向さえにおわせている。
 EUは難民計16万人の自主的受け入れや10億ユーロ(約1345億円)の追加支援で合意し、「欧州国境沿岸警備隊」の創設などを協議している。年内に100万人の難民が登録申請を行う見通しなのに、EUの対応は遅すぎるし、少なすぎないか。

 欧州統合は第2次大戦後、戦争の原因となってきた石炭と鉄鉱石を共同開発することで平和と繁栄を目指し、その歩みを始めた。東西を隔てていたベルリンの壁が崩壊し、1993年にEUが発足、統合のシンボルとして単一通貨ユーロとシェンゲン協定が導入された。国境をなくして人やモノ、カネ、サービスが自由に行き来できるようにすることが平和と繁栄をもたらすという理念があったからだ。
 しかし、ユーロは債務国に絶望と屈辱を焼き付ける残酷な通貨となってしまった。難民危機では、ハンガリーだけでなく、ドイツやフランスでも国境管理が強化され、EUの根幹をなす「人の自由移動」の有名無実化が進む。国家のエゴイズムが噴出する場となったEUは原点に帰る必要がある。前出のマガロニスKIPODA事務局長が言う。「EUは債務危機でも難民危機でも対応を誤りました。日本の方々にお願いがあるのです。中古のパソコンでも軽トラックでも何でも良いのです。寄付して下さい。KIPODAはギリシャを頼ってやってくる難民の支援も始めたいのです」

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セルビアとの国境を封鎖したハンガリーの国境検問所

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木村正人

1961年大阪府生れ。84年京都大学法学部卒業後、産経新聞社に入社。大阪府警・司法キャップなど、大阪社会部で16年間事件記者を務める。2002-03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、07年からロンドン支局長。12年7月独立し、ロンドンを拠点に活動するフリージャーナリストに。日本国憲法の改正問題(元慶応大学大学院非常勤講師=憲法)や日英両国の政治問題、国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。公式サイト「木村正人のロンドンでつぶやいたろう」
http://kimumasa2012london.blog.fc2.com/

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(2015年9月28日フォーサイトより転載)

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