羽生善治「永世七冠」決め手は「捨てる」--村上政俊

棋界の常識を、遥か昔に捨て去っているのだ。
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すべてを持つ男になった。12月5日、「竜王」を奪回し、「永世七冠」を達成した羽生善治(47)だ。創設されたばかりの「叡王」を除く全7タイトル戦の永世称号を手に入れた羽生は、いわば「七全達人」(清朝最盛期を築いた乾隆帝が、10回の遠征にすべて勝利したとして自讃自称した「十全老人」に掛けて)という、将棋界の生ける伝説となった。

しかし、永世称号を全て手中にしたという快挙の表面だけを追うと、羽生の強さの真髄を見落とす。羽生の凄味は「捨てる」ことができるところにある。絶対王者でありながら、自分が手にする冠を捨て、現状維持ではなく脱皮を続けようとするからこそ、活路を開き続けているのだ。

「王位」も「王座」も捨てて

「永世竜王」を獲得する前の今年の羽生には、限界説も囁かれていた。

8月30日、阿波踊りの余韻冷めやらぬ徳島市の料亭「渭水苑」。この地で羽生は、それまで6期連続で保持していた「王位」を失冠した。敗れた相手は25歳の菅井竜也7段。菅井は、平成生まれで初めてタイトルを獲得した。

続いて10月11日には、5期連続で保持していた「王座」も失った。ここでも29歳の中村太地6段に敗れたことで、すわ世代交代か、と浮足立つ向きもあった。羽生は13年ぶりに一冠(「棋聖」)に沈んだ。

タイトル戦を戦うためには、尋常ではない体力と精神力が必要だ。2日制のタイトル戦であれば、0日目として将棋ファンや開催地の地元関係者と懇親する、前夜祭が開かれるのが常だ。1日目は午前9時に開始。2日目は深夜にまで勝負がもつれ込むこともある。対局相手を変えながら全国各地を転戦し、ファンサービスにも心を砕きつつ、タイトルを防衛するのは並大抵のことではない。羽生が「永世竜王」となったのは鹿児島県の「指宿白水館」。砂風呂が有名だ。終局後にはファンの前でトークも披露している。

今振り返ってみれば、羽生は「王位」も「王座」も捨てたのだった。どちらのシリーズでも羽生はわずか1勝しかできなかった(菅井4勝、中村3勝)。将棋の内容もどこか淡泊に感じられた。

しかしそれは、羽生の衰えの表れというよりも、合理的な選択と集中の結果だったといえよう。普通の棋士にとっては、1期獲得するのも至難の業であるタイトルを弊履の如く捨て去り、最後に残った永世称号を「竜王」戦で獲得することに照準を合わせていたのだった。「竜王」戦決勝トーナメントで対局した棋士たちも、「永世竜王」に賭ける羽生の意気込みを感じていたという。

棋界の常識も捨てて

羽生にあったのは、現状を打破しようという飽くなき探求心だ。この「竜王」戦第3局で、羽生は中飛車という振り飛車戦法を採用した。将棋の戦法は、最強の攻め駒である飛車の動きによって、居飛車と振り飛車に大別される。振り飛車はアマチュアの間では根強い人気を誇るものの、現在のプロ棋界では居飛車が主流。羽生自身も居飛車の採用率が圧倒的だ。にもかかわらず、大一番で迷うことなくわずか3手目で振り飛車を採用した。単純な勝ち負けを超えたところで将棋を指す姿勢が、ここに表れている。

AI(人工知能)への関心も、将棋の現状に飽き足らないことの表れだろう。超多忙なスケジュールの合間を縫って「NHKスペシャル 天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」に出演。問題意識は将棋とAIとの関係にとどまらず、AIが人類にどのようなインパクトを与えるかにまで広がっている。

1996年版『将棋年鑑』には「コンピューターがプロ棋士を負かす日は?」というアンケートが掲載されていた。今年6月に引退した加藤一二三9段を始め、そんな日は来ないとい意見が大勢の中、羽生は「2015年」と回答。その予言がほぼ的中したこともさることながら、1996年に谷川浩司9段から「王将」を奪取して史上初めての七冠王となり、絶頂期にあったにもかかわらず、その頃から将棋とAIの関係にドライな視点を持ちながら着目していた。棋界の常識を、遥か昔に捨て去っているのだ。

何かを捨てることで前に進み続けてきた天才棋士。まさに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」を地で行く棋士人生だ。羽生の今後にますます注目したい。(文中敬称略)

村上政俊 1983年7月7日、大阪市生まれ。現在、同志社大学嘱託講師、同大学南シナ海研究センター嘱託研究員、皇學館大学非常勤講師、桜美林大学客員研究員を務める。東京大学法学部政治コース卒業。2008年4月外務省入省。第三国際情報官室、在中国大使館外交官補(北京大学国際関係学院留学)、在英国大使館外交官補(ロンドン大学LSE留学)勤務で、中国情勢分析や日中韓首脳会議に携わる。12年12月~14年11月衆議院議員。中央大学大学院客員教授を経て現職。著書に『最後は孤立して自壊する中国 2017年習近平の中国 』(石平氏との共著、ワック)。

(2017年12月7日
より転載)
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