「雨傘運動」の若者に実刑判決! 北京政府に「忖度」した香港司法--野嶋剛

香港高等法院は、2014年民主化要求デモ「雨傘運動」で活躍した若者たちに違法な集会への参加や扇動を行ったなどの罪で、禁錮6カ月から8カ月の実刑判決を言い渡した。

香港が転換点を迎えていることを象徴する判決だった。

香港高等法院は8月17日、2014年の民主化要求デモ「雨傘運動」で活躍した学生リーダーだった若者たちに、違法な集会への参加や扇動を行ったなどの罪で、禁錮6カ月から8カ月の実刑判決を言い渡した。

判決を受けたのは、元立法会議員の羅冠聡氏(24)、香港の学生団体幹部の周永康氏(26)、そして、雨傘運動のときに高校生で一躍ヒーローになった政党幹部の黄之鋒氏=ジョシュア・ウォン氏(20)。3人は2014年9月、仲間たちと香港政府本部前の広場に柵を乗り越えて侵入し、警察官と衝突した罪に問われていた。

雨傘運動のきっかけの1つになったとされる重要な事件で、1審では、社会奉仕や執行猶予付きの有罪判決で、3人はすでに社会奉仕も終了させていた。しかし、香港政府が「判決が軽すぎる」と控訴していた。今回の判決は、羅氏が禁錮8カ月、周氏が禁錮7カ月、黄氏が禁錮6カ月だった。

3人と一緒に香港の民主化を求めて闘ってきた若者たちはこの日、高等法院に集まり、実刑判決が伝わると悲鳴があがり、涙を流した者も多かった。判決言い渡しの後、3人はすぐに収監され、香港の刑務所などに送られた。

抽象的な判決理由

前日までにメディアの取材に対し、すでに有罪判決を予想していた3人はこんな言葉を残している。

黄氏はいま通信大学で学んでいる途中だった。

「祖母からは監獄に入っても読書はしなさいと言われた。気持ちはまだ折り合いがつかない。人生の自由な時間をしばらく失うわけだから。1970年代の韓国や台湾、中国の劉暁波に比べれば、私たちのことは犠牲とは言えない。どの国でも民主への転換に際して、(誰も)刑務所に入らないで済んでいるところはない」

羅氏は、「政治に参加した時点で、入獄の危険があることはわかっていたが、こんなに早く事態が変わるとは思わなかった。みなさんは私たちの実刑を悲しまないで欲しい。このことをさらなるエネルギーにして社会の進歩につなげてほしい」。そして周氏は、「3年前に学生運動に加わった我々の世代には、この道を歩み続ける使命がある。収監されても若者の心をくじくことはできない。世界は必ず変わる」と語っていた。

彼らの清々しいまでの態度に比べて、高等法院の判決理由は、「香港には最近、法律が与えた権力を自由や理想を追い求めるために使う口実で使う誤った風潮が広がっており、一部の知識人も含めて、違法行為によって目的を達成するスローガンで他人をそそのかしている」などと、およそ刑事事件らしからぬ抽象的な内容で、説得力に欠けたものだった。

確かに、政府に抗議するために、公的機関の壁を乗り越えることは違法である。それが罪に問われることは、ある部分ではやむをえない。その行為への代償として、第1審による判決は妥当なものだった。それを覆した今回の判決には、司法を超えた政治的な意味があると見るべきである。

「政治犯」の出現

前日には、別のデモ関係の案件で、13人の政党幹部や活動家、若者らが、同じように1審の社会奉仕などの判決を覆されて実刑判決を出されており、その判決を下したのも、この日と同じ裁判官だった。

これは、事実上の「政治犯」に対する判決と言っていいだろう。早々と15日付の社説で政治犯の出現に警鐘を鳴らした米紙『ニューヨーク・タイムズ』はさすがだった。

同紙は、「香港で政治犯が現れるということは、中国がさらに香港問題に干渉することの象徴であり、本来は政治の影響を受けない香港の裁判所が、中国共産党の圧力に直面し始めており、1国2制度の約束が徐々に1国1制度の現実に取って代わられつつある」と指摘している。

政治犯とは、反政府的な態度や言動を取っただけで、政府から罪を犯したと見做され、司法罰を受けることになった人々である。民主社会には本来、出現してはならない人々で、政治犯が存在するかしないかは、権威主義体制か民主主義体制かを区別する指標であるとも言える。

中国では、先日肝臓ガンで亡くなった劉暁波ら人権活動家や弁護士は、本来、罪に問われることをしていないが、中国の司法で「国家転覆を企てた」「社会の秩序を乱した」などの罪名で裁かれている政治犯である。香港においてはそうした政治犯は存在しないはずだったが、今回の判決によって、香港が「中国化」しつつあることをさらに印象付けた。

「1国2制度」から「1国1制度」に

タイミングもあまりにもあからさまだ。習近平国家主席が7月1日の香港返還20周年で香港を訪問し、「中央の権力や『香港基本法』の権威への挑戦は絶対に許さない」と語った。その直後から、香港では、民主化運動に絡んだ案件で過去に遡っての量刑の見直しが本格化する動きが始った。

今回、香港の司法が、過去の判例などではありえない形で、特段明確な新証拠のないなか、第1審の判決を覆したことは、民主化運動や法律にかかわっている人々にも想像を超えたものであり、北京政府に対する香港政府および司法機関の「忖度」以外の合理的な理由は考えられない、というのが一致した見方だ。

香港の法律では、3カ月以上の実刑を受けると、5年間は選挙に立候補することができない。2018年初めに行われる立法会の補欠選、2020年の立法会選挙などにも出馬できない。3人とも知名度が高く、民主化運動の中心人物だっただけに、ここで彼らの政治活動が中断されることは、各政党や民主化運動に対する大きな打撃となる。それだけに、むしろそれを狙いとした判決だと見ることも可能だ。

今回の一件で、香港の司法への信頼性が揺らいでいることも、次第に明確になってきている。少なからぬ香港人は、声を潜めてこの「変化」を見守りながら、なかには香港を見切って外国に行く道を考え始めている人もいるだろう。

返還のときに中国が保証した「1国2制度」が「1国1制度」に変質し、「50年不変」が「20年不変」に過ぎなかったことが明確になりつつある。香港の未来に対する「約束」が次々と損なわれていくことを目撃させられるのが、習近平時代の香港政策の特徴のようである。(野嶋 剛)

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野嶋剛

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2017年8月18日フォーサイトより転載)

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