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「イラン核合意」の行方(上)精緻に設計された「枷」

2015年09月04日 01時52分 JST | 更新 2016年09月01日 18時12分 JST
ASSOCIATED PRESS
Secretary of State John Kerry testifies on Capitol Hill in Washington, Tuesday, July 28, 2015, before the House Foreign Affairs Committee hearing on the Iran Nuclear Agreement. Kerry pitched the administration's controversial nuclear deal with Iran before a skeptical House Foreign Affairs Committee on Tuesday, pushing back against the allegation it would ease crippling sanctions forever in exchange for temporary concessions on weapons development. (AP Photo/Andrew Harnik)

2002年に地下に建設された秘密のウラン濃縮施設が発覚し、2003年からEU3(英仏独)によって始められたイランとの核交渉は、2013年のロウハニ大統領の就任をきっかけに急速に交渉が進展し、12年の月日を経てようやく今年7月14日に包括的合意がまとまった。筆者は核合意成立の直前(7月9日)まで国連安保理決議1929号に基づいて設置された専門家パネルの一員として、国連によるイラン制裁に関連する情報収集と分析の仕事に従事していたこともあり、イランの核開発関連活動と核交渉の経緯を業務として観察してきた。

今回のイラン核合意は159ページにも及ぶ長大な文書であり、加えて国連安保理決議2231号でイランの核開発のみならず、これまで制裁の対象となってきたミサイル開発と武器禁輸についても言及されているため、大変複雑でわかりにくい合意となっている。本稿ではこの合意について、わかりやすくおさらいしてみたい。

核合意の「アメ」と「ムチ」


まず、今回の合意の基本は、イランの原子力平和利用の権利を認めながらも、核兵器への転用が出来ないように国際原子力機関(IAEA)による査察を厳しく行い、最低でも15年間は合意で認められたこと以外はできないようにする枷(かせ)をはめることが目的である。そうした制約の見返りに、過去の国連安保理制裁決議を廃止し、米国と欧州連合(EU)による経済制裁を解除することで、イランが国際社会に復帰し、経済の立て直しを可能にするための条件を整える「アメ」を提供する。もしイランが合意を履行しなければ、制裁が復活する、いわゆる「スナップバック」が起こるという「ムチ」も用意されている。

では、イランに認められた原子力平和利用の活動とは何か。

第1に5060基の遠心分離器を使ってウラン濃縮をすることが認められた。既にイランには1万9000基の遠心分離器があるが、その数が4分の1に縮小され、しかも旧式の遠心分離器のみが認められたため、核兵器に必要なウランを獲得するまでには長い時間がかかると想定されている。

第2に現在10トン(1万キログラム)ある蓄積された濃縮ウランを300キログラムにまで減らして保持することが認められた。蓄積された低濃縮ウランが大量にあれば、それを兵器級のウランに濃縮するまでの時間が短縮されるが、その量が少なければ兵器開発もそれだけ遅くなるという算段である。

第3に現在建設中の重水炉を取り壊し、新たな設計の重水炉を建設することが認められた。重水炉は濃縮ウランを燃焼した際に、取り出しやすい形で核兵器に使えるプルトニウムが発生する。新たな重水炉は、その規模を縮小し、プルトニウムの量を少なくすると同時に、使用済み核燃料からのプルトニウムの取り出しが難しい設計となる。

これらの3つ以外の原子力活動は制限されるが、イランが秘密裏に核兵器開発を目指そうとする可能性もあるため、IAEAが常時査察を行える体制を整え、イラン国内にあるウラン鉱山での採掘からウラン濃縮、原子炉の燃料製造、使用済み核燃料の再処理までを監視し、見えないところで核兵器を作ろうとしても、その兆候を察知できるようにしている。また外国から濃縮ウランや核兵器開発関連の資材を輸入しようとする可能性があるため、あらゆる原子力関連の輸入に関しては「調達チャンネル」と呼ばれるルートを通して透明性を高める、ということが定められている。「調達チャンネル」とはP5+1(安保理常任理事国である米英仏中ロとドイツ)とイランによって構成される「合同委員会」が、原子力関連資材の輸入を全て審査し、核合意で認められた活動に限って許可するという仕組みである。これは今回の核合意を受けて採択された安保理決議2231号の中でも書かれているため、核交渉に関わったP5+1だけでなく、国連加盟国全てに拘束力のある約束事となっており、日本も原子力に関連する製品や素材をイランに輸出する際にはこのルートを通し、「合同委員会」による許可を得なくてはならない。

核合意に対する空虚な批判


このように、核合意は想定されるイランの核兵器開発の可能性を出来る限り縮小し、IAEAの監視下に置くことで「核なき世界」を実現するための第一歩である、核兵器開発可能国家(Nuclear Threshold State)を日本と同様の非核保有国として原子力平和利用に限定した国家に留めることを可能にするものである。この合意は、かつてないほど制約的であり、将来の核兵器開発可能国家への対応策のモデルにもなり得るものと考えられる。

しかし、こうした画期的な合意に対し、イスラエルのネタニヤフ首相や米国議会の政治家たち(特に共和党議員)は強く反発している。彼らは、合意の有効性が失われる15年後に、イランが核兵器開発へと猛進することを許してしまったと非難し、イランの保守派が軍事施設の査察拒否を主張していることを受けて、軍事施設を隠れ蓑にして核兵器開発を秘密裏に進めるに違いないと考えている。仮に軍事施設で核兵器開発が行われた場合、IAEAは強制査察を行う権限を持つが、そのためにはIAEAがイラン政府に通達し、24日以内に対応すると定められていることを受け、24日間もあれば証拠隠滅するので実効的な査察が出来ないと主張している。

だが、これらの批判はともすれば「批判のための批判」であり、合意の価値を低めるものではないと筆者は考える。

第1に合意の有効性が切れる15年後に核兵器開発を進めるとしても、少なくとも今後15年間はイランが核兵器を持つことはない。現状であれば、イランが核兵器を開発しようとすれば、かなり短い時間(数週間から数カ月)で核兵器を持ちうる可能性がある。またIAEAが常時入念な査察を続けることで、イランの原子力活動の透明性が高まり、IAEAの査察を最も多く受けている日本と同様に、その活動に対する予測可能性が高まることが期待される。

軍事施設の査察に24日間を有するという問題も、大きな障害ではないと考えられる。核兵器開発で放射性物質を扱えば、キセノンなどの特有の希ガスや自然界にはない放射性物質が施設の周辺に拡散する。そうした証拠を土を掘ったり、アスファルトやペンキを上塗りして全て隠蔽するのは困難であり、IAEAの査察チームは隠蔽された状況でもサンプリングが出来るような技術も持っている。

また、反対派はイランが信用できる国ではなく、合意を遵守しないだろうと見積もるが、2013年11月にまとめられ、2014年1月から施行された「第1段階の合意(JPOA)」が定めた約束事をイランは全て遵守している。JPOAに伴ってイランとIAEAの間で結ばれた「枠組み協定」では13の項目が定められたが、2つを除く11の項目については約束通りの履行を果たしている。この履行されていない2つの項目はPMD(Possible Military Dimension)と言われる、過去の核兵器開発に関するものなのだが、イラン側はPMDが軍事施設の査察と核科学者への尋問を要件としているため、その履行に消極的な姿勢を示してきた。しかし、2015年7月の核合意では、PMDに関する協定を結び直し、軍事施設の査察と科学者への尋問も認めており、積極的に合意履行をする姿勢を見せている。

もちろん政権交代や最高指導者ハメネイ師の後継者が誰になるかによって、その履行状況は左右される可能性はある。しかし、これらの状況を踏まえると、イランは少なくとも合意が有効な15年間は、きちんと履行する可能性が高いと思われる。(つづく)

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鈴木一人


すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。

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(2015年9月2日フォーサイトより転載)