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「イスラム国事件」を中国はどう見たか

2015年02月09日 16時11分 JST | 更新 2015年04月10日 18時12分 JST
Ray Laskowitz via Getty Images

「イスラム国」が起こした後藤健二さん、湯川遥菜さんの人質事件について、世界各国では、衝撃的に受け止められるとともに、残酷に殺害された2人への同情の声や「イスラム国」への譴責(けんせき)の声が広がっている。では、隣の大国・中国はどのようにこの事件を受け止めたのだろうか。

最も「中国的」な反応は、日本の安倍政権が、この事件をきっかけにさらに強硬路線を歩むようになり、集団的自衛権の全面的解禁や、自衛隊の国防軍化、海外派兵、憲法改正などの「右傾化」にますます舵を切っていくのではないかという不安に焦点を当てる報道だ。

中国の常套手段

中国新聞社の『中新網』というニュースサイトは、東京発の報道で「安倍は人質事件を利用し、海外への軍備拡張に動くかも知れないと日本世論が不安を感じている」というタイトルのニュースを流した。

内容的には、日本のリベラル寄りの学者や野党の意見を集中的に紹介することで、日本に不安が広がっている雰囲気を強調する内容になっており、しばしば中国の外国情勢の報道では使われる手法であるとも言える。

例えば、上智大学の中野晃一教授の「安倍政権はこの問題を切り口に、集団的自衛権の解釈拡大に動き、最終的には平和憲法の改正に向かうかも知れない」というコメントを紹介している。

さらに、安倍首相の「償わせる」という言葉をもって「この種の報復を誓う言論は、欧米の政治指導者ではよく聞く話だが、日本では非常にまれなことで、安倍の言論は体制派の人々も驚かせ、日本人が第2次世界大戦後に歩んできた平和主義を捨てるかどうかの分岐点に立っていると危惧させる」と書いた。

日本を時に軍国主義に、時に平和主義に、批判する場合によって柔軟に入れ替えるところもなかなか中国らしい報道の仕方である。

人民日報の報道や新華社の配信でも、首相官邸前などで行われている安倍政権に対する小規模なデモを大きな動きのように報じて、日本で安倍政権の対応に異論が広がっている印象を広げたい思いが見て取れる。

日本人の気質に対する驚き

一方、後藤さんについては、中国メディアの間でも、その真摯な報道姿勢について高く評価する報道が目立っている。後藤健二という名前は、かなり中国でいい意味で有名になったと言っていい。

「この日本人はどうして評価するに値するのか」という『フェニックスニュース』のウェブサイトで掲載された記事は、後藤さんの危険地域での仕事ぶりを事細かに紹介。最初は一部で日本をこうしたトラブルに巻き込んだことで批判する声もあったが、後藤さんの人柄や仕事ぶりが知られるに従って圧倒的に同情の声が強まり、こうした現象は日本の過去の人質事件ではあまり見られなかったことだと指摘した。確かに、言われてみればそうかもしれない。

後藤さんが人質としてオレンジ色の囚人服を着せられている動画で、まばたきがモールス信号で「自分を助けなくてもいい」という気持ちを伝えているという誤解(?)は、中国や台湾でかなり一気に広がったのだが、後藤さんの英雄伝説化に大きな効果を発揮したようである。

また、いかにも中国らしい反応だなと納得させられたのは、人質となって殺された後藤さんや湯川さんの家族がどうして日本政府を批判せず「みなさんに迷惑をおかけしました」と謝罪するのか、と疑問に感じるところだった。

これは、日本人の表現方法や文化的気質に対する異文化からの驚きということであり、中国人だけではなく欧米社会にもよく見られる反応である。東日本大震災でも、被災地で人々が静かに行列をつくって配給品を待つ姿が世界の驚きを呼んだことがあったが、日本人の抑制された感情表現に対しては、世界はいつも驚きを感じるのだろうし、逆に、日本人のそういう一面をどこかに見つけて報じたい、という先入観もあるのだろう。

私から見れば、今回の事件では、後藤さんの母の石堂順子さんや英語でメッセージを発した奥さんなど、家族の反応がまちまちで興味深かったというくらいで、確かに台湾や中国ならば「政府が息子を殺した」と泣き叫ぶところだろうが、日本ではそれは起きない。

このあたりは、常に「日本人と中国人の違い」で話題を呼ぶ点である。

公益を優先させる日本人

邱永漢の著作『中国人と日本人』(中央公論新社)にはこんなくだりがある。「中国人と日本人とを比べて一番違うところはどこだろうか。それは中国人の行動原理が利己主義(家族を含めた)を中心としているのに対し、日本人がグループの利益もしくは、公益を優先させていることではないかと思う」

この見解はまことに透徹したもので、こうした大事故、大事件などが起きたときは、だいたいこの方程式にあてはめると世論の動きは分析できるような気がする。今回も、日本人の公益を重視した「政府や国民の皆さんにご迷惑をおかけしました」という発言は、日本人のなかではまったく違和感がなく、それを言わないとむしろ「自分勝手な人」と見られてしまうだろう。結局、家族や仲間の生命の喪失という究極の個人益がかかった局面で「まず皆さんに謝罪を......」と語る日本人の姿が中国のみならず世界の人々に奇異に映ることは、やむを得ないのかもしれない。

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野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)。

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(2015年2月8日フォーサイトより転載)