ジャッキー・チェン息子逮捕:中国での「薬物犯罪」の考え方

ジャッキー・チェンの息子の房祖名(ジェイシー・チャン、31)と、台湾の若手人気俳優・柯震東(クー・チェンドン、23)の2人が、大麻使用に絡んで北京市公安当局に逮捕された事件は中華社会に大きな衝撃を与えた。何しろジャッキー・チェンは映画界の世界的大物であり、中国でも全国政治協商会議の委員をつとめ、「愛国芸人」(愛国的芸能人)の代表格として長く共産党の覚えめでたい人物だった。

ジャッキー・チェンの息子の房祖名(ジェイシー・チャン、31)と、台湾の若手人気俳優・柯震東(クー・チェンドン、23)の2人が、大麻使用に絡んで北京市公安当局に逮捕された事件は中華社会に大きな衝撃を与えた。何しろジャッキー・チェンは映画界の世界的大物であり、中国でも全国政治協商会議の委員をつとめ、「愛国芸人」(愛国的芸能人)の代表格として長く共産党の覚えめでたい人物だった。房祖名も親の七光りもあってそこそこ俳優として活躍していた。また、柯震東は台湾映画界の新星と誰もが認める人で、日本でもヒットした映画「あの頃、君を追いかけた」で主役に抜擢されて一躍スターになった。主演の映画の公開も年末に控えており、中華圏の芸能界に与えた衝撃は限りなく大きい。

芸能ニュースの価値は別にして、面白かったのは、今回の事件を通して、中国における薬物問題への対処や背後の思想が理解できるという点だ。

2人の逮捕後の詳細な状況が今週火曜日、中国中央テレビの朝のニュース番組「朝聞天下」で流された。公安の捜査官が房祖名に対して自宅の隠し場所から大麻を供出させ、「これは何だ」「大麻です」「ほかにないか」「ありません」などとやり取りするところや、柯震東が涙を流して「ほんとうに私は最も愚かなことをしてしまった」と悔恨する姿を赤裸々に伝えた。

房祖名、柯震東とも大麻の使用が判明しているが、中国では使用だけでは刑事犯にならない。その点は、使用で刑事犯になる日本などとは違う。ただ、前述のように房祖名の自宅からは100グラム程度の大麻が見つかった。そのため房祖名は、他人に薬物使用を教唆した容疑で刑事罰が科されることになり、3年程度の懲役となる可能性が高い。しかし、柯震東は初犯で使用だけということもあり、刑事犯にはならず、「行政拘留」を15日間受けたあと、釈放され、その後は監視・更正プロセスに入ることになる。芸能人生命が断たれることはないかもしれないが、活動は当分難しくなるだろう。

ここから分かるのは、中国は薬物の使用についてはあくまでも「不良行為」であっても「犯罪行為」とは見なしていないということだ。その背後には、中国はかつて国内に大量のアヘン患者を抱え、そのなかで薬物の使用については社会的な病理の一部として更生手段を講じる対象と見なす一方、覚せい剤やアヘン、大麻など薬物の種類によって多少の量刑の違いはあるものの、総じて、使用者の蔓延につながるような密輸、販売、製造、使用教唆などの行為については死刑や無期懲役を含めて、非常に厳しく刑事罰を科すのである。

これはアヘン戦争以来の薬物問題に対する中国での薬物撲滅の戦いの歴史が反映された法思想であり、国ごとの法律のありようとして考えると非常に興味深いものがある。例えば、殺人や盗み、放火、詐欺などが犯罪であることについて普遍的な合意を人類は持っているが、死刑の可否を含めて、その量刑においてはそれぞれの国家や地域、文化、歴史的背景などによってかなり違いがある。特に薬物に関しては、使用の可否すら、欧州やアフリカの一部に大麻の使用を認める国もあるなど、大きな違いがある。

歴史的に深刻な薬物汚染の経験のない日本と、現代以前に薬物が一種の社会習慣として定着していた中華圏では対応に差があることは理解できる。一般に、香港、台湾、シンガポール、マレーシアなどは、薬物犯罪に対して日本に比べてはるかに重罰主義でのぞんでおり、その最たるものが中国なのだ。日本から中国に覚せい剤を密輸しようとして逮捕され、死刑に処されるケースが相次いでいるが、それは中国で薬物の拡散に加担することのリスクの大きさを知らなかったケースも含まれていたとされる。

今回、一部メディアでは房祖名が死刑に処される可能性があるという報道も流れたが、キロ単位の薬物の密輸や製造、販売に関わっていない限り、それはあり得ない。しかし、一方で房祖名は長い間、父親名義のマンションを薬物パーティの隠れ家に使っていたとされ、中国、香港、台湾の超一流の芸能人を含めて120人もの「仲間」の名前を公安当局に自供したとも言われている。しばらく中華圏の芸能界はこの薬物問題で戦々兢々とするだろう。

また、共産党の幹部子弟の「官二代」の腐敗が問題となって習近平指導部による猛烈な反腐敗運動が全国的に展開されるなか、ジャッキー・チェンのような特権をもった芸能人やその「富二代」にも習近平指導部は例外を認めないという姿勢を示すうえでも、今回の事件は大きなインパクトを生むことは間違いなく、習指導部の宣伝材料として利用された可能性も高い。

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野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)。

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(2014年8月22日フォーサイトより転載)

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