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徹底検証:岩波書店『広辞苑』の「台湾記述」どこが問題か--野嶋剛

岩波書店『広辞苑』の台湾関係の記述が、日本、中国、台湾で、大きな波紋を広げている。

2017年12月29日 16時03分 JST | 更新 2017年12月29日 16時03分 JST

岩波書店『広辞苑』の台湾関係の記述が、日本、中国、台湾で、大きな波紋を広げている。1972年の日中共同声明において、日本政府が、中華人民共和国に台湾が帰属すると認めたと書かれていることが、この問題の最大の論点である。累計発行部数1000万部を超え、日本を代表する大型辞典の記述のどこに問題があるのか綿密に検証を試みた。

岩波書店の「主張」

現在発行されている広辞苑の「日中」の項目のなかにある「日中共同声明」の欄には、こう書かれている。

「1972年9月、北京で、田中角栄首相・大平正芳外相と中華人民共和国の周恩来首相・姫鵬飛外相とが調印した声明。戦争状態終結と日中の国交回復を表明したほか、日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と認め、台湾がこれに実質的に帰属することを承認し、中国は賠償請求を放棄した」

これに対して、台湾の大使館にあたる台北駐日経済文化代表処や、日本における台湾出身僑民団体「全日本台湾連合会」が、訂正を求めて岩波書店に抗議を行った。一方、中華人民共和国外交部のスポークスマンは記者会見でこの問題を問われ、「台湾が中国の1つの省ではないとでもいうのか。台湾は中国の領土の不可分の一部だ」と広辞苑の記述を擁護し、国際問題化した。

広辞苑は現在の第6版から第7版に改訂されたものが新年1月12日に刊行されるタイミングもあり、岩波書店の対応が注目されるなか、12月22日、同社ホームページ上で公開した「読者の皆様へ――『広辞苑 第六版』『台湾』に関連する項目の記述について」で、第7版では変更がないことを明らかにするとともに、「(前略)小社では、『広辞苑』のこれらの記述を誤りであるとは考えておりません」として、以下の主張を展開している。

〈中華人民共和国・中華民国はともに「一つの中国」を主張しており、一方、日本を含む各国は「一つの中国」論に異を唱えず、中華人民共和国または中華民国のいずれかを正統な政府として国交を結んでいます。

日中共同声明は、1971年10月25日国連における中華人民共和国による中国代表権の承認と中華民国の脱退、また1972年2月21日のニクソン訪中の流れを受け、日本が中華人民共和国を唯一の合法政府と認めたものです。

同声明中で、日本は中華人民共和国が台湾をその領土の一部とする立場を「十分理解し、尊重」するとし、さらに「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と加え、これによって日本は中華民国との公的関係を終了し、現在の日台関係は、非政府間の実務関係となっています。このような状況を項目の記述として「実質的に認め」たと表現しているものです。〉(岩波書店ホームページより)

抗議を受けて訂正

岩波書店の対応は、会社としての明確な立場を公式声明でしっかりと発表した点は評価できる。しかしながら、この声明には、意識的に隠されて語られていないと思われる部分がある。それは、この「実質的に認め」た、という部分が、外部からの抗議を受けて、変更されたものだったという点だ。

まずは広辞苑における「台湾の帰属」をめぐる記述の変転について、その経緯を丁寧に振り返ってみたい。振り返ってみたい。ちなみに、ほかの大型辞典の『大辞林』『広辞林』『大辞泉』 などを確認したが、「日中共同声明」の記述で台湾の帰属に触れたものは1社もなかった。

これまで、岩波書店の広辞苑は6回の改版を出している。現在は第6版にあたり、前述のように、新年1月12日に発刊されるものは第7版である。

広辞苑第1版は1955年5月に刊行された。「中華人民共和国」の項目はあるものの、日中共同声明より前の時期であるので、特段、問題になるような記述はみられず、1969年5月の第2版でも変わりはない。

その後、日本と中華人民共和国は1972年に日中共同声明を出した。これがいわゆる「日中国交正常化」だ。「日中平和友好条約」は1978年に交わしている。広辞苑は1983年12月に第3版を刊行しているが、「日中共同声明」の項目はなく、「日中平和友好条約」があるのみである。現在問題化している台湾の帰属をめぐる記述は見当たらない。

次に広辞苑の第4版が出たのは1991年11月であった。ここに初めて「日中共同声明」の項目が登場し、「日本側は中華人民共和国を中国の唯一の政府と承認、中国側は戦争賠償請求権を放棄した」と書かれている。しかしながら、ここでも台湾の帰属には触れられていない。

 そして、1998年11月に改訂された第5版になると、「日中共同声明」の箇所において、「日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と認め、台湾がこれに帰属することを承認し、中国は賠償請求を放棄した」という問題の箇所が登場してくる。

ここで注目すべきは、「台湾がこれに帰属することを承認し」た、と断定的に書かれている点である。第5版に続く第6版は2008年1月11日に刊行されているが、「日中共同声明」のところの台湾帰属に関する記述は第5版から変更されておらず、第5版のものがそのまま継承されている。

これに対して、日本の台湾関係の民間団体「日本李登輝友の会」の会員が2008年2月、つまり第6版の発売直後に、岩波書店に対して、その記述の正確性に疑問を呈して、訂正を要求している。

同会によれば、岩波書店は「辞典編集部」の編集者の名前で、「日中共同声明の文言と広辞苑の解説の一部とがくいちがっております。恐縮でございます。刷を改める機会があり次第、訂正いたします」という回答を行っている。同会でも抗議が認められたものと理解し、いったん推移を見守ることになった。

逃げをつくった記述

その後、岩波書店では第6版の「第2刷」で、従来の「日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と認め、台湾がこれに帰属することを実質的に認め、中国は賠償請求を放棄した」という形で、断定調から「実質的に認め」た、への書き換えを行っている。この第2刷は第1刷ほど流通していないとみられるので、実際は改訂前の広辞苑を手元に持っている読者にとっては、12月22日の岩波書店の声明は意味が通じにくかったに違いない。

つまり、一度、岩波書店は「承認し」という記述が不適切である可能性に鑑み、「実質的に認め」という形で逃げをつくった記述に変更している。新年1月12日に刊行される第7版でも継承されるのは、この第2刷で改められた内容ということになる。

なお、台湾を「台湾省」とする地図を載せている点についても、台湾人団体や台湾の代表処から抗議が出ている。岩波書店は、声明で「中華人民共和国」の項目であり、同国の行政区分を載せているに過ぎない、と説明している。あえて外国の行政区画まで載せる必要があるのかという点はよくわからないが、あまり生産的な議論になるとは思えないので、とりあえず措いておきたい。

私は岩波書店の声明を受けて、同社に質問を送った。それは主に次の3点に関してのことだ。

■第6版改訂版で「実質的に」を入れたのが日本李登輝友の会の抗議を受け入れたことによる措置であるとするなら、なぜ修正が必要だと判断したのか。

■共同声明が出された直後の第3版や第4版で書かれなかった日中共同声明における台湾の帰属問題が第5版で入ってきたのはどうしてか。

■ほかの大型辞典類が、解釈が分かれる台湾の帰属に踏み込まないなか、なぜ広辞苑だけがこの台湾の帰属について記述をしているのか。

これに対して、岩波書店は書面で、最初の質問について「読者からの指摘を受けて検討し、よりよい記述に改めたものです」と回答した。残りの2つの質問については「辞典はすべて編者・執筆者の解釈によって成り立つものです。論文・条文などをそのまま引用するのではなく、対象となる読者向けに解説を施します。客観的・中立的な記述に努める一方、唯一の正解を提示するものではないと考えます」と述べている。

いずれによせ、ここからは、問題点をしっかり整理しておきたい。

玉虫色に処理した日米政府

実際のところ、国際法上における「台湾の帰属」ほど厄介な問題は少ない。そこには、日本の戦後処理の問題、戦後国際体制の問題、中華人民共和国と中華民国の本家争いの問題、台湾独立の理論的根拠の問題などが絡んできて、それを語る側の立場と問題設定によって、議論が永久にでも続きかねない。

それゆえに、私は、台湾問題を長年書いてきたジャーナリストとして、特定の立場の主張に与することは、謹んできたつもりである。その私にとっても、今回の岩波書店の対応には、疑問を禁じえない。

なぜなら、「実質的に認めた」というのは、岩波書店自身が認めているようにあくまでも解釈であり、その解釈を「誤りであるとは考えておりません」と主張しているからである。

だが、それは認識がずれている。この場合、誤りであるかどうかは論点ではなく、書くべきかどうかが論点なのである。

日本政府が中華人民共和国と日中共同声明を交わしたとき、日本政府はその交渉において、中華人民共和国政府が要求した「1つの中国」のなかで、「中華人民共和国は中国の唯一の正統政府」ということは承認したが、「台湾は中華人民共和国の領土である」という部分については玉虫色に処理した。

その結果、用いられたのが「理解し、尊重する」という文言であった。この「理解し、尊重する」というのは、外交的に練り上げられた文章で、お互いに解釈可能な余地を残している。肝要な点は、日本政府として「中国の主張については承知しており、反対は唱えないが、実態として、台湾の地位つまり帰属はまだ最終解決に至っていない」という認識に尽きている。

その前に、リチャード・ニクソン米大統領(当時)の訪中で米中が交わした「米中共同コミュニケ」のなかでも、米国は中国の主張を「認識する」とだけ述べている。これは、中国がそのように語っていることを「知っている」とする以上でも以下でもない。

言わぬが花

なぜ、米国や日本がこの点を守り通そうとしたか。理由の1つは、日米安保体制や台湾の安全の問題にも直結するからだ。もし台湾が中華人民共和国の領土であると100パーセント完全に認めてしまえば、万が一、中華人民共和国による台湾への武力行使が起きたとき、それは中華人民共和国のなかで起きている「内戦」になってしまい、日米安保条約でも介入する正当性を失ってしまう。

もちろん、1970年代と今日に比べて、台湾海峡の緊張度は大幅に下がっているが、それでも武力統一を中華人民共和国が放棄していない以上、そのリスクは存在しているので、この「曖昧さ」は台湾問題の生命線であるとも言える。

ただ、日中交渉のなかで、中国側が簡単には折れてくれないことを承知していた日本側は、「ポツダム宣言」という逃げ道を用意することにした。ポツダム宣言には「カイロ宣言を履行する」としてある。カイロ宣言では、台湾は中華民国に返還される、と書かれている。中華民国の後継政権が中華人民共和国ならば、将来、台湾が中華人民共和国に返還されることになったとしても日本は異を唱えない、という暗黙の意思表示でもあった。

ここのポイントは「1つの中国に基づく台湾問題の解決を日本は支持する」という立場である。これにより、日本は台湾の独立にコミットすることが外交上はできなくなり、その点を中国は評価して日中共同声明が交わされた、という経緯であった。

ゆえに導き出される結論は、「台湾が中華人民共和国に帰属することを日本が認めた」という記述は、「実質的に」をつけたとしても、書きすぎであるということだ。「日本が認めた」とは、日本政府は口が裂けても言わない。だからこそ、この広辞苑問題を問われた菅義偉官房長官は「政府の立場は日中共同声明の通りだ」としか語ろうとしなかった。言わぬが花、なのである。

それをあえて広辞苑が両論併記でもない形で書いてしまうのは、その背後にもしかすると特定の政治的立場があるのではないかとといった要らぬ憶測や疑問を招きかねない。

台湾の人々の苦闘

もう1つ、岩波書店の声明や広辞苑の記述に欠如しているのは、近年、台湾で起こった民主化への無理解ではないだろうか。広辞苑の「台湾」の項目には、台湾の民主化について、一言も触れられていない。

岩波書店の声明では、「中華人民共和国・中華民国はともに『一つの中国』を主張しており」と書かれている。確かに、現在も台湾で用いられている中華民国憲法では「1つの中国」をうたっている。2008年から2016年までの国民党・馬英九政権は、対中関係のうえで「1つの中国」も受け入れてきた。

しかし、2016年の選挙で圧倒的勝利を飾った現在の民進党・蔡英文政権は、「1つの中国」の受け入れを中国から求められても拒み続けており、こう着状態が続いている。政治的な現実として、現在、台湾のなかで世代を重ねるごとに「中国への帰属」という意識自体がほとんど消失しつつある。台湾は1990年代以来、20年以上にわたって台湾のなかで繰り返し選挙によって民主的な意思決定を行ってきた。そのプロセスに、中華人民共和国は一切関わってきていない。

こうした重い経緯を差し置いて、台湾の帰属について「中華人民共和国に帰属する」などと断言することは、軽率のそしりを免れない。台湾の将来の決定権は、台湾の人たちが主張する「台湾人民2300万人が決める」にせよ、中華人民共和国が主張する「台湾人民を含んだ中国人民13億人が決める」にせよ、そのなかには日本人は含まれていない。日本人は、その成り行きを基本的にそれぞれの思いで見守ることしかできない。

もちろん日本人でも、言論や運動として、どの立場につくかは自由である。日本李登輝友の会のように、基本は台湾独立支持の運動を行っている団体のような主張もある。反対の立場もあるだろう。しかし、これだけ複雑かつ対立のある問題で、解釈の領域に踏み込んでしまうことは、辞典としての性格上望ましくないということである。

この記述が、大変に多い台湾の広辞苑ファンを傷つけることは間違いない。かつて台湾には、戦後の国民党の言論弾圧に際して「台湾にも岩波書店のような出版社が必要だ」と立ち上がって出版社をつくる計画を立てたことを理由に、逮捕・投獄され、処刑された人々までいる。彼らがこのことを聞いたらどう感じるのか、岩波書店は思いを馳せてほしい。

国際情勢のなかでは、いまの中華人民共和国は優勢であり、強大であり、日本とも正式な国交を結んでいる。台湾=中華民国は、確かに劣勢であり、その立場は弱いようにみえる。しかしながら、マイノリティへの同情や支援を旨とするリベラリズムに依拠すると日本社会から評価されている岩波書店であるからこそ、台湾の人々が直面した苦しい状況への配慮が求められることではないだろうか。民主や自由を掲げて、自らの「帰属」、つまり未来を求めて苦闘している台湾の人々への「共感ゼロ」にもみえる今回の対応には、伝統あるリベラルの牙城としての岩波書店の名が泣く、というしかない。


野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
関連記事 (2017年12月28日フォーサイトより転載)