「韓国外相」が見せた異例の「日本への気遣い」

10年来、このフォーラムに参加しているが、今年は憂うつだった。安倍晋三首相の戦後70年談話が出たばかりで、議論がトゲトゲしいものになるのではないかと思ったからだ。しかし杞憂に終わった。

8月末、ソウルで2泊3日の日程で開かれた日韓フォーラムに参加した。このフォーラムは年1回、日韓両国の研究者、政治家、ジャーナリストらが一堂に会し、クローズ・ドアで忌憚なく議論を交わす。しかし今年は北京でもたれる抗日戦争勝利70周年記念の軍事パレードの式典に朴槿惠大統領が参列する直前という微妙な時期だっただけに、日本に気兼ねする韓国の心内がのぞいた。

穏やかだった「安倍首相談話」への反応

10年来、このフォーラムに参加しているが、今年は憂うつだった。安倍晋三首相の戦後70年談話が出たばかりで、議論がトゲトゲしいものになるのではないかと思ったからだ。しかし杞憂に終わった。

初日8月27日、第1のテーマ「日韓関係50年の総括」でさっそく安倍談話について意見が交わされた。韓国側出席者から、

「安倍談話には韓国外しが窺える」

とのコメントもあったが、それ以上の強い批判はなく、総じて穏やかだった。

韓国のメディアは厳しい談話を予想していたため、「侵略」「植民地支配」などのキーワードがすべて入って、拍子抜けした感がある。朴大統領も留保をつけながら一定の評価をした。両首脳の反応がセットとなって、両国関係打開の契機になるとの期待が両国出席者に共有され、会場の空気を穏やかなものにしたようだ。昨年、福岡でもたれたフォーラムは、両国関係の緊張を反映してトゲトゲしかっただけに様変わりだった。

一方、朴大統領の中国での軍事パレード出席について、韓国側の何人かの識者は、

「北朝鮮を念頭においた訪問で、日本を標的にしたものではない」

と述べた。しかし休憩や食事の時に、面識ある韓国の識者と個人的に話すと、

「私は訪問に反対だ」

と語る人が多かった。韓国側には日本に通じた人が多く、訪問が両国関係にプラスにはならないと分かっている。しかし決まったことは仕方がないとの思いも韓国側にはあった。

あわただしい夜なのに

韓国が想像以上に日本に気を遣っていると感じたのは翌28日夜、尹炳世外相主催の歓迎晩餐会でだった。フォーラムがソウルで開かれる時はこれまでも外相が一席持ってきたから、晩餐会自体は珍しいことではない。珍しかったのは、対日強硬派といわれる同外相がこれまでにない気遣いを見せたことだった。

外相公邸に一足先に到着したフォーラム参加者が食前酒をやっていると同外相が姿を現し、

「直前まで打ち合わせがあったため遅れてすみません」

と、約40人のメンバー1人ひとりとにこやかに握手した。

同外相は朴大統領と共に中国の軍事パレードの式典に出席するが、その前に米アラスカのアンカレッジに飛び、ケリー米国務長官と会談する。式典に出席する韓国の立場を伝え、理解を得るためだが、出発前日のあわただしい夜にもかかわらず、代理を立てずに駆けつけた。

緑が目にしみる広大な公邸の庭を望む広間で晩餐会が始まった。円卓が6、7卓配置され、フォーラムの幹部らとメインの円卓に就いた同外相は、

「皆さんが韓日の友好と理解のために果たしている役割を高く評価しています」

と挨拶。答礼挨拶に立った韓国側フォーラム会長の柳明桓氏は、

「前回(2013年)、ソウルでもたれたフォーラムんの晩餐会では外相から厳しいご挨拶がありました。今年は穏やかでホッとしています」

と語った。会場から小さな笑いが起きた。

メニューの表紙デザインはシンプルながら品がいい(筆者撮影、以下同)

白ワインで乾杯し、食事が始まった。

お世辞でなく美味しい料理

帆立貝と人参のサラダ

松の実のお粥

アスパラガスの炒めとメロのみそ焼き

ノビアニ(味付き焼き肉)と焼き野菜

御飯と車海老のみそ汁

熟み柿のジュースと餅

韓国料理で、小皿に盛ったキムチが数多く出された。飲物はフランスワインで、白は乾杯の時の〈シャブリ 2012年(ルイ・ラトゥール)〉。魚介類にピッタリで、フローラルな香りと、やや硬質な味わいがある。格付けされていないが、定評高い造り手のルイ・ラトゥールらしく酸味と渋みのバランスが非常にいい。

メロ(銀むつ)のみそ焼きからは赤の〈シャトー・タルボ 2011年〉。ボルドー地方サンジュリアン地区の格付け4級だ。さほど重くなく、飲みやすい。韓国の外相公邸には何度か招かれているが、専属料理人の料理は洗練されて、お世辞でなく美味しい。

「韓国は庶民料理は美味しいが、高級になるほど美味しくなくなる」

と韓国通は言うが、外相公邸に限っては当たらない。

韓国が「中国と日米」の橋渡しを

それぞれの円卓で盛り上がり、宴もたけなわという時、予告なく尹外相がマイクの前に立った。会話がピタリと止み、全視線が外相に注がれた。末席にいた通訳があわてて駆けつけた。

「私のテーブルの話を他のテーブルの皆さんとも共有した方がいいと思い、お話しさせていただきます」

と外相は切り出した。

「日本は朴大統領の訪中を懸念していると思います。私たちはマイナス面を最小限にして、前向きの効果を最大限にしたいと思っています」

と、次のような内容を約20分にわたって諄々と語った。

▽我々は中国と北朝鮮の関係が悪化してほしいと望んではいないが、現実として韓中関係は最良だ。これは北東アジアの平和と韓半島の統一にプラスとなる。朴大統領の訪中も(韓中日)3国サミットに前向きの効果がある。

▽韓国は中国側に「式典が特定の国を狙ったものになってはならない」と何度も伝えてきた。中国側からもそう考えているとの発言があった。

▽韓国の中国への傾斜を心配する人がいるが、韓米同盟は歴代政権で最も強い。我々は変わりつつある現実が、日米のためにもなると思っている。

▽(北京の式典で)朴大統領がどうテレビに映るか見るより、(中国と)血の同盟で結ばれたという北朝鮮代表がどう映るか見てほしい。

最後に同外相は、

「懸念があるとしたら、この会食で解消していただければと思います」

と、笑いながら締め括った。

韓国は中国と日米の橋渡しをする。それは日米にとってもプラスになるとの表明だったが、食事を中断してまで語ったことに、日本政府からの懸念伝達がなまじっかでないことを窺わせた。

翌日、同外相はケリー国務長官との会談のためアンカレッジに飛んだ。会談後、韓国政府は、

「朴大統領の行事出席が韓半島全体に及ぼす意味を十分に理解するとのコメントを米国務長官からもらった」

と発表した。

洗練されたメニューだった

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西川恵

毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)が発売中。

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(2015年9月15日フォーサイトより転載)

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