「韓国経済」がグローバル競争から「脱落」する構図

韓国経済がグローバル競争から脱落し始めた。イノベーションによる突破力が身につかないまま成長を目一杯追った結果だ。

韓国経済がグローバル競争から脱落し始めた。牽引車のスマホ、テレビ、半導体など電子・電機産業は中国製造業の猛追で、サムスン電子すら足元が揺らぐ。造船は業界存亡の時を迎え、鉄鋼、自動車も勢いが落ちた。イノベーションによる突破力が身につかないまま成長を目一杯追った結果だ。

1997~98年の「IMF危機」以降の競争至上主義とグローバル化も、限られた企業を強くしただけで、産業全体の底上げにはつながらなかった。次の成長ステージに進めなければ、韓国は先進国の地位からずり落ちる恐れもあるだろう。

致命的なバッテリー事故

「『ギャラクシーノート7』の機内での使用は全面禁止、貨物としての預け入れもお断りします」。

世界の航空会社の多くがサムスンの最新スマホを忌避している。内蔵のリチウムイオン電池が爆発、発火するなど、韓国はもちろん欧米各国で事故が多発、サムスン自身も一時はユーザーに使用中止を薦めた。ギャラクシー・シリーズのスマホの世界的ヒットで世界のエレクトロニクス業界の頂点に立ったサムスンだったが、中国をはじめとする新興国景気の急減速と軌を一にするように2014年あたりから業績が悪化していた。

今年3月に発売した「ギャラクシーS7」の好調でなんとか持ち直し、8月に発売した「ノート7」も発売直後は人気を呼び、シェア回復に弾みが付きかけていたところだった。

だが、「スマホ史上最大規模」となるバッテリーの不具合で、勢いは止まった。今後、リコールにかかる費用とユーザーからの損害賠償請求の負担は決して軽くはないが、それ以上に深刻なのはサムスン本体と「ギャラクシー」ブランドが受けた傷だ。

バッテリー事故を抜きにしても、サムスンの置かれた状況は厳しい。営業利益の7割を稼ぐといわれるスマホを核とするモバイル部門は「華為技術(ファーウエイ)」「ZTE」「広東欧珀(OPPO)」「小米(シャオミ)」「TCL」など中国勢にシェアを急激に浸食され、2013年には31%を超えていたスマホの世界市場シェア(米市場調査会社『IDC』調べ)は、2015年には25%を割った。

シェア急降下の様子は、かつて世界の携帯電話(フューチャーフォン)市場を支配したノキアの急激な凋落を思い出させる。サムスンが狙う上級機種ではアップルが依然として圧倒的な支持を得ており、韓国国内でも20~30歳代ではiPhoneユーザーが増えている。

世界最大の液晶パネル生産国は「中国」に

スマホ以前に韓国ブランドを世界市場に浸透させた液晶テレビでも、主役の転換が急速に進んでいる。「ハイセンス」「TCL」「スカイワース」など中国メーカーの追い上げが激しい。今年第1四半期の世界シェア(米市場調査会社『IHS』集計)ではサムスン21%、LG13.2%と韓国が1、2位を維持してはいるが、中国メーカーの合計は31.4%まで急伸、韓国2社の合計に迫っており、通年では中国勢が上回る可能性が出ている。

その裏付けとなる液晶パネルの生産拠点については、中国企業が第8世代以降の新鋭工場を続々立ち上げ、世界最大級の第10~11世代のプラントも合肥(安徽省)と深圳(広東省)で建設が進んでいる。業界の予想では、2017年第4四半期には中国が韓国を抜いて、世界最大の液晶パネル生産国になる。

過去10年以上、韓国がリードしてきたDRAM、フラッシュなど半導体メモリーも中国メーカーが政府支援を受け、5兆円ともいわれる巨大投資で新鋭プラントの建設を進めており、韓国との差を一気に縮める可能性がある。テレビ、スマホという最終製品でトップに立ち、組み込むデバイスでも日本、韓国、台湾などに追いつこうというのが中国の産業高度化戦略であり、韓国は狙い撃ちされている。

それは、かつて日本メーカーが液晶パネル、半導体、スマホで韓国、台湾勢に追いつかれ、主導権を奪われていった姿に重なる。

「サンドイッチの具」

サムスングループを個別に見た場合、中国との競り合いは企業の存亡にかかわることがわかる。今回、不具合を起こしたバッテリーの主力サプライヤーは、リチウムイオン電池で世界トップを争うサムスンSDI社であり、中国に浸食される液晶パネルはサムスンディスプレイ、カメラモジュールやLEDはサムスン電機、半導体メモリーは本体とデバイスの大半をグループ企業が内製しており、スマホ、テレビの売り上げが落ちれば、グループ全体が連動して沈む構造だからだ。

「日本と中国のサンドイッチにされる」。10年以上前から、韓国では自国の産業が高付加価値のハイテク分野では日本に押さえ込まれ、低付加価値の分野では中国に追い上げられ、結果的に上と下から挟まれ「サンドイッチの具」のようになるという危機論が語られてきた。それがある意味で、サムスンや現代自動車、鉄鋼のPOSCOなどの奮起を促し、規模の拡大に駆り立ててきた。「サンドイッチの具」が成長することで上と下のパンの圧力を跳ね返したわけだ。

「サンドイッチ」から「ピザ」へ

だが、今、韓国製造業の状況は「具の厚いサンドイッチ」から「ピザ」へと急速に変化しつつある。なぜピザか?

まずはサンドイッチの変化をみよう。"上のパン"だった日本メーカーは、韓国の得意とするコモディティ化した商品分野から、高付加価値で、差別化しやすい分野に重心を移し、韓国産業にとって重しではなくなった。

日本の製造業は、例えばテレビやスマホから、高速複写機などデジタル事務機器やCT、MRI、内視鏡など医療機器、自動車向け電子部品、放送・映像機材、さらに航空宇宙や鉄道車両、電力システムなど社会インフラなどに軸足を移した。

あれほどテレビにこだわり、総額で1兆5000億円もの資金をプラズマディスプレー工場に投じ、さらに液晶事業も日立製作所から買収したパナソニックは、今やディスプレイをLGなどから調達している。

小型車で世界第5位の自動車メーカーにのし上がった現代・起亜自動車グループと北米、欧州で競合していたトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車は、商品の軸をハイブリッド車、電気自動車など技術的に差別化できる分野やプレミアムカーなどに移し、研究開発は燃料電池や炭素繊維、高機能樹脂利用による軽量化や自動運転などに移っている。従来型の内燃機関の低価格小型車中心の現代・起亜と市場が離れてきている。

猛烈な火勢が

このように、韓国製造業にとって「上のパン」は消えたことで、ピザの具のように直接、熱を浴びることになった。「下のパン」である中国はピザ生地にあたるが、生地を焼きあげる熱もまた具を容赦なく熱する。それは中国製造業の高度化そのものである。

例えば、今世紀初頭に日本勢を追い落とし、世界首位に君臨していた韓国造船業は今や中国造船メーカーに追い付かれ、タンカー、バラ積み貨物船、コンテナ船はもちろんLNG船でも中国にシェアを奪われて、トップから陥落。電子・電機分野ではすでにみたようにテレビ、液晶パネル、スマホ、半導体まで中国メーカーに追い上げられている。

鉄鋼も、世界の50%以上を生産する中国メーカーの輸出攻勢でアジアの市場を奪われている。中国市場で成長した現代・起亜自動車の中心商品は今、中国地場メーカーの草刈り場にされつつあり、中国市場でのシェア低下は深刻だ。

韓国製造業の危機の構造はサンドイッチ状態からピザ状態に変わったが、このままの状況が続けば、下手をすれば"具"である韓国製造業は焼け焦げにされかねない。しかも、韓国にとってさらに深刻なのは、中国に続いてASEAN(東南アジア諸国連合)やインドメーカーも韓国の得意分野で大いに成長し、下から猛烈な火勢を上げ始めている点だ。

韓国経済「失速」の隠れた要因

8月末、韓国最大で、世界でも第7位の海運会社である「韓進海運」が経営破綻した。世界各地の港で、同海運所属の80隻近いコンテナ船、貨物船が荷揚げできなくなり、世界の物流にも影響を与えた。同社は大韓航空なども傘下に持つ財閥の基幹会社で、財閥オーナーの娘が「ナッツの出し方が悪い」と怒って滑走路に向かっていた航空機をゲートまで戻させた「ナッツリターン」事件で世界に悪名をとどろかせた。

韓進の破綻は中国による鉄鉱石、石炭など資源輸入の減少、中国からの輸出不振による海上物流の落ち込みが原因といっていい。それはまさに中国経済の高成長の波に乗るだけで、独自技術で目立った進化を遂げられず、量的拡大と韓国国内の生産拠点から世界に輸出するというモデルに安住してきた韓国製造業の弱点を象徴的に映し出している。

日本ではサムスン、現代自動車はじめ韓国製造業はグローバル化で先行したと考えられてきた。だが、マーケティングでのグローバル展開は見事に成功しても、生産・開発のグローバル展開という点では、韓国製造業は規模と広がりの両面で日本に及ばない。

当然ながら中堅・中小企業のグローバル化も遅れている。実はそこに韓国経済失速の隠れた要因がある。

日本は、大手企業の海外への生産移転についていったり、人件費の安い拠点を求めたりする形で世界に乗り出していった中堅・中小企業が多いが、韓国の中堅・中小企業ではそこまで達しなかった。韓国は、財閥グループとその他企業の間に経営体力、技術力、人材などで大きな格差があるからだ。日本のように「グローバル・ニッチ(限られた特殊な製品・技術分野で世界トップの中小企業)」は多くはない。

韓国製造業はただ「ピザ」のように焼かれてしまうのか、新たな成長モデル、分野を見つけ、体質を変えて、窮地を脱するのか。存亡の秋(とき)を迎えつつある。

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後藤康浩

亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』ナビゲーター、ラジオ日経『マーケットトレンド』などテレビ、ラジオに出演。講演や執筆活動も行っている。著書に『ネクスト・アジア』『アジア力』『資源・食糧・エネルギーが変える世界』『強い工場』『勝つ工場』などがある。

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(2016年9月28日フォーサイトより転載)

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