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京都大学「霊長類研究所」を詐欺的と訴えた「新証拠」--内木場重人

京大側は本件につき、公表しているコメントはとくにないとしている

2017年11月30日 13時56分 JST | 更新 2017年11月30日 13時56分 JST

11月、チンパンジーをめぐる研究で世界的な成果が相次いで発表された。1件目は、2頭のチンパンジーが互いに役割分担して数字を順に並べ、連続的な協力行動で課題を解決する能力があることを実証した。もう1件は、手の届かない場所の食べ物を要求する際、距離に応じて身振りを使い分ける能力があることを実証した。ともに世界初の成果として英科学誌に掲載され、注目を集めた。

両研究の舞台は、京都大学の霊長類研究所。「『ヒトとは何か』あるいは『ヒトはどこから来て、どこに向かうのか』という、わたしたち人類にとって不滅の課題を総合的に研究する国内唯一の霊長類の研究所」(HPより)で、サル学の国際的権威である河合雅雄博士がかつて所長を務めていたことでも知られる。

この名門研究所の施設工事をめぐり、京都大学および同研究所の教授と准教授(ともに当時)を被告とした訴訟が2年前から続いている。原告は工事を受注した業者で、東京地方裁判所で行われた1審では2017年5月、原告が敗訴したものの、現在係属中の東京高等裁判所での控訴審では新証拠が提出され、一挙に形勢が変わっている。

訴えの主張をひと口で言えば、「詐欺」である。問題の工事は、国からの補助金対象事業にかかわるもの。だが、裁判で明らかになった証拠などからすると、その使途の経緯は、杜撰というより犯罪的にすら見える。

約5億円の損害賠償を請求

被告の1人は、冒頭の研究1件目の中心となったM氏。事案発生時は同研究所の教授であり、所長も務めていた。チンパンジーに言葉を教える「アイ・プロジェクト」主宰者として知られ、文化功労者にも選ばれた。現在は京大高等研究院の特別教授である。もう1人は、研究2件目の中心となったT教授(当時准教授)。

事案の概要を1審判決文、控訴理由書などでたどるとこうだ。

原告の「株式会社イシハラ」(東京都練馬区)は、動物実験施設の設計施工会社で、同研究所とは30年来の取引相手。

まず2011年9月、熊本県宇土市にある同研究所の施設内に、チンパンジーの飼育研究施設である「比較認知科学実験用大型ケージ」一式の設置工事の一般競争入札が行われた。京大側の予算は約1億6000万円のところ、約2億7000万円の入札もあったが、イ社が約1億2500万円で落札した。これを「本件工事(1)」とする。

続いて同年11月、熊本市にある「京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ」内に、「大型類人猿用連結型ケージ」一式の設置工事の一般競争入札が行われた。京大側予算約6000万円のところ、他社の応札がなく、イ社が約4600万円で落札した。これを「本件工事(2)」とする。

そして同年同月、愛知県犬山市にある同研究所の施設内に、(1)と同種の施設工事の一般競争入札が行われた。京大側の予算は約1億2000万円のところ、約1億8000万円の入札もあったが、イ社が約1億1200万円で落札した。これを「本件工事(3)」とする。

この3件の工事それぞれで、イ社は最終的に赤字が発生。その額は(1)約1億5000万円、(2)約1億2000万円、(3)約1億8000万円、合計約4億5000万円であった。これら「損害金」に金利分などを含め、総額約5億円の損害賠償請求訴訟を起こした、というわけである。

通常、入札においては是が非でも落札したい業者は他社より1円でも安い額を提示し、また本来は事前に知り得ない予算額を見込んでそれよりできるだけ低額を示すのが経済常識。提示額の算出にあたっては採算ぎりぎりまで切り詰め、あるいは、次回以降の継続取引を見込んで当該工事は赤字覚悟で落札することもあるだろう。その意味では、本件工事3件での上記経緯は、表面上、あくまでもイ社側の経営判断で行った行為であり、そのために発生した赤字を発注側に賠償せよとは理不尽な要求と見える。

事実、東京地裁もほぼそうした見方に沿った判断を下し、イ社側の訴えを退けた。が、控訴審での新証拠により、事案の様相が大きく変わったのである。

「確認書」に署名押印でも「責任なし」

イ社の主張は、おおむね以下の通りである。そもそも3件の工事すべて、京大のM教授、T准教授らより事前の計画段階から相談されており、当初から大学側の予算額も聞いていた。予算額を知っていればそれより低い額で応札すれば落札可能性が高まるのであるから、本来、一般競争入札ではありえない。この一事だけでも、国立大学である京大とイ社とのこの行為はいわゆる「官製談合」である。

しかも、工事内容はいずれも予算額で収まらず、相当額の赤字が発生することは事前の打ち合わせで教授らもよくよく認識承知しており、それどころか、赤字分は以後、別の仕事を順次随意契約で発注し、その額に別予算で上乗せして補填する、という確約までしていた。加えて、文部科学省主管の補助金交付事業(最先端研究開発戦略的強化費補助金交付事業)として指定を受け、実際に交付を受けた事業の一環として行うものであるから予算を流すことはできない。だから是が非でも応札してほしい。こういう(談合の)話は長年の取引先であるイ社としかできないからと懇願され、赤字補填の確約を信じて応札、落札に至った。が、実際に補填の話になると言を左右にして応じてくれない。やむを得ず提訴した――という主張だ。

これに対し、京大、教授らは、事前の相談は日時も含めて認めたものの、赤字発生は認識しておらず、従って補填の確約などしていないの一点張りだった。

注目すべきは、そうした主張に対する東京地裁の認定判断である。

まず、「官製談合」については認定した。ただし、動物実験施設の製造という「特殊な市場性格を反映して」(判決文)いるものだからさもありなん、という程度で、特段厳しく論評することもないまま。

そして肝心の「赤字補填確約」があったか否かについては、複数回の打ち合わせ内容を立証するにあたり、ほぼすべてが口約束であったが、イ社側からはいくつもの有力な物的証拠が出ている。打ち合わせ内容のメモや後日作成した「議事録」、これに訂正があるならば申し出てほしい旨のメールと、そのメールを教授側が消去した記録、さらには、具体的な赤字額とそれを補填すると明記した後日作成の「確認書」(教授らの署名押印あり)などが存在した。

ところが、東京地裁はこれらの証拠をほぼ否定的に認定した。あたかも、京大および教授らの主張を「忖度」するかのように。

たとえば、メモは、作成者が伝聞に基づいて記したものであるから信用性がない。議事録では赤字の埋め合わせを確約したとまでは認められないし、「議事録についても(被告が)特に内容を確認しなかった旨を供述するところ、その供述の信用性を疑うべき事情も見当たらない」(判決文)。

「確認書」の署名押印は事実であるが、これは取引銀行向けに取り繕うためだけのもので、とくに意味のない書面だからとイ社側に頼まれたもの。だから内容もロクに確認せず署名押印しただけであり、「初めて文面を見せられたその場で、金額等の確認をすることもなく、たやすく署名押印に応ずることなど到底考えられない」(同)から、これで補填を確約したつもりはないという教授らの説明は整合性があり真実と認められる、といった具合である。

とにかく、ほぼ一貫して「約束していない」「知らない」「聞いていない」「覚えがない」「そんなつもりではなかった」という類の主張をそのまま丸ごと「真実と認めるに足る」と評価している。

とりわけ署名押印した「確認書」など、本来であれば通常の契約書と同等の効力を有すると考えられるが、その書面を「内容の意味もよく考えずに頼まれたからやっただけ」という主張だけで責任を否定しているのだから、京大側にとっては実に有り難い裁判官だったろう。

被告側に「優しい」認定

ほかにも、判決文によれば、

「被告京都大学として、その損失補てんに充てるような支払をする理屈が立たないことは自明のこと」

「研究所の枢要な地位にある被告M(原文実名)がこのような損失補てんの約束をしたとすれば、それを履行する意思があろうがなかろうが、その地位を直ちに失いかねない重大な職務違反行為として非難されることは必至である。当時、被告Mがこのような行為をあえて行うべき切迫した事情があったことをうかがわせるような証拠はない」

など、何とも被告側に「優しい」認定である一方、原告側には実に厳しい。

「(損失補てんは)原告の一方的な期待にすぎないのであって、原告の主張する詐欺の不法行為が何ら基礎づけられるものではない」

「仮に、原告から赤字受注の見込みを告げられていたとしても、これが、被告Tをして原告の主張するような欺罔行為を行わせる理由になったとは考え難い」

これらの東京地裁の認定を覆すべく、控訴審では新証拠が提出された。それが、録音テープである。3件の入札が決まった直後の2011年12月、イ社側とT准教授との打ち合わせの際の録音記録だ。1番時にも提出すべく記録を探していたものの見つからず、控訴の段階になって発見された。その音声と反訳分を提出し、控訴理由書に要約も盛り込んである。

「皆さんにもご迷惑をお掛けしている」「足りてない」「(赤字補填をどこから捻出し、どのくらいの期間がかかるか問われて)霊長研の特別経費っていうのが、もう少し付くので、そういうところとか、あとは僕たちの研究費をうまく活用していくっていうことを考えると、5年、6年、まあ、5年ぐらいかな」

ほかにも様々なやりとりが記録されているが、これらを前後の会話の流れで読む限り、当初から赤字を認識し、それを補填する密約があったと解されて不思議ではない。

1審の判決文とこの控訴理由書を仔細に検討したこの種の事案に詳しい宮崎明雄弁護士はこう言う。

「この録音証拠によって、原判決の認定の誤りを明確に立証していると思います。京大側の責任が問われる可能性が大きくなったのではないかと思います」

果たして東京高裁がどう判断するか。控訴審の判決は11月30日に下る。

なお、京大側は本件につき、公表しているコメントはとくにないとしている。

内木場重人 フォーサイト編集長

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(2017年11月29日フォーサイトより転載)